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【800字コラム】 女性天皇と古代史

    女系天皇派の方が「天皇家の始祖・天照大神は女性だ!」と嬉しそうに指摘することがある。

    しかし、伊勢の祭神は元々「大日孁貴」という男神だったという説があり、天照大神になったのは『日本書紀』成立の過程で、持統天皇が孫の文武天皇に皇位を継がせる為、自らの正統性を示す神話を創作したのではないかとも言われ、天子降臨ではなく天孫降臨なのもその傍証とされる。

    背景には天智系と天武系の対立、さらには天武が本来の皇統とは異なる血筋だったとの説がある。
    政略結婚で天武の妻となった持統天皇が、父の天智の血筋を守るため、他の候補者を押しのけて自らの血を引く文武に皇位に据えたという論考である。
    持統という諡も漢籍の「継体持統」に由来し、継体天皇と同じく皇統を守った意味だとされる。
    しかし、持統天皇は文武天皇に皇位を継がせても元明・元正天皇の女系を認めることはなかった。

    また、天武系最後の天皇・称徳女帝の時代には、道鏡による皇位簒奪騒動が起こり、和気清麻呂が阻止した。
    これは当時から女系という発想が存在しなかったことの証左ではあるまいか。

    一方、卑弥呼や神功皇后など、古代史には重要な局面で活躍する女性も多い。

    神功皇后が九州の山門(ヤマト!)の女酋を倒したという『日本書紀』の記述から、これを邪馬台国の末裔と結びつける説もある。
    資料や史跡に乏しいが、九州の一勢力でしかない山門が、畿内の大和王朝を僭称していたとの論考もある。
    魏の使いを伊都国に留め置いた理由はそれで説明できる。

    さらに謎を深めるのが宇佐神宮。
    道鏡事件で皇位の神託を求めるため、なぜ伊勢ではなく宇佐へ勅使を派遣したのか。
    そして宇佐神宮では、第一祭神が応神天皇、第二祭神が比売大神、第三祭神が神功皇后。特に比売大神は卑弥呼を思わせる謎の女神で、第二祭神にもかかわらず中央に鎮座する。
    その理由は神社側にも分かっていない。

    古代史の女性にまつわる伝説には興味が尽きない

     
     
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