
晴れ時々曇りと、曇り時々晴れのあいだ
新しい社員が入った。
大手企業からの転職だった。
スキルシート。
キャリアシート。
そこには、一等星のような経歴が並んでいた。
私は、少し眩しかった。
オンボーディングが始まった。
社内の規定を説明する。
業務の流れ。
使っているツール。
判断に迷ったときの相談先。
ひとつずつ話していく。
受け答えは、しっかりしていた。
反応も早い。
質問も的確だった。
ポイントを外さない。
だから、困った。
話は通じている。
むしろ、よく通じている。
言葉だけを見れば、晴れていた。
でも、なんとなく違った。
言葉と表情の天気が、合っていない。
晴れているのに、少し曇っている。
いや。
曇っているのに、晴れているのかもしれない。
その違いが、うまく掴めなかった。
天気予報なら、
「晴れ時々曇り」
と、
「曇り時々晴れ」。
どちらも、晴れと曇りでできている。
材料は同じだ。
でも、主役が違う。
私は、その曇り具合を測れないまま、話を続けていた。
おかしなことを言っているわけではない。
態度が悪いわけでもない。
むしろ、丁寧だった。
筋も通っている。
だから、どこを指摘すればいいのかわからなかった。
こちらの説明が、その人の中に入る前に、
どこかで薄く弾かれている。
そんな感じがした。
でも、それはあまりにも薄かった。
言葉にすると、こちらのほうが意地悪になる気がした。
しばらくして、その人が言った。
「常識ですよね」
あ。
それだ。
そう思った。
さっきまで合わなかった空の具合に、
少しだけ名前がついた気がした。
常識。
便利な言葉だ。
同じ前提を持っている人同士なら、
それだけで話が進む。
だから、仕事ではよく使う。
私も使う。
「普通そうですよね」
「一般的には、そうですよね」
「まあ、常識的に考えたら」
何度も言ってきた。
たぶん、これからも言う。
でも、ときどき。
その言葉を口にした瞬間、
何かが閉じる。
それ以上、聞かなくていい。
それ以上、説明しなくていい。
そんな空気が、少しだけ混じる。
その人が悪い、という話ではない。
私も同じだ。
むしろ、自分のほうがよく知っている。
「常識ですよね」
と言われたとき、
私はたぶん、
「そうですね」
と言いかけていた。
そこで、ほんの少しだけ止まった。
なぜ、それが常識なのだろう。
誰にとっての常識なのだろう。
今も、そうなのだろうか。
そんなことを考えた。
すると、
さっきまで曇っていたところが、
少しだけ見えてきた。
何が正しいのかではない。
何が違うのかも、まだわからない。
ただ、
同じ言葉を使っていても、
見ている空が違うことがある。
それ以来、
「常識ですよね」
と言われると、
私は少しだけ立ち止まる。
疑うためではない。
否定するためでもない。
ただ、
その人の空が、
どちらなのかを見る。
晴れ時々曇りなのか。
曇り時々晴れなのか。
どちらも、間違ってはいない。
でも、
同じではない。
あの日から、
人の受け答えを聞くとき、
私は少しだけ天気を見るようになった。
まだ、
うまく説明できない。
だから、
もう少し見ている。