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【自己紹介】ADHDグレーの私が「生きづらい」を克服して夢だったキラキラコンサルになれた話。

    誤って記事を削除してしまったので再投稿です。
    コメントくださっていた方、申し訳ございません。

    はじめまして、のんこです。

    自己理解セッションで
    仕事の「生きづらさ」を抱える
    ADHDさんのサポートをしています。


    まずは、簡単に自己紹介をさせてくださいね。


    • 東京住み、31歳。
      (かわいいかわいい1歳の娘がいます😊)

    • 仕事はコンサルタント。
      10名以上のメンバーを率いる
      チームリーダーを務めています。


    仕事内容で言うと

    • 大企業の部長クラスから業務改善のコーチングを依頼されたり

    • お客様社員100人の前で講義をしたり

    • 自分の会社の社長に向かって組織変革のプレゼンをしたり

    おそらくみなさんが想像するような
    「ザ・コンサルタント」って感じだと思います。


    こんな風に書くと、

    「すげー、バリキャリだ」
    「きっともともとデキる人なんだ」

    と思われるかもしれません。


    でも、ここだけは本当に
    はっきり否定しておきたくて。

    本当に、ポンコツなんです。

    いや、本当に。笑

    みなさんが想像する500倍はポンコツです、私。


    どのくらいかというと

    学生時代は
    遅刻&忘れ物クイーンという
    非常に不名誉なあだ名を2つ拝命していたくらいで

    中学のころ、
    年間の遅刻が100回を超えて、
    親が学校に呼び出されました。

    これまでに
    スマホや財布を無くした回数は、
    なんと50回以上です。


    さすがにと思い
    大学時代に病院に行ったところ
    ADHDグレーの診断を受けました。
    (親呼ばないと確定できなかっただけでほぼほぼクロです💦)


    要領がよかったわけじゃないんです。

    むしろ「普通の人」より
    出来ないことの方が多かった人です。


    じゃあ、そんなわたしがなぜ、
    今こうやって
    やりたかった仕事ができているのか?


    特性が治ったから?
    何か特別な才能が開いたから?


    全部ちがくて、
    「自分を理解」して「取り扱い方」を知った。

    それだけなんです。


    これだけだとなんのこっちゃ?という感じだと思うので
    ちょっと詳しくお話させてください。


    私がどんな子どもで、
    どこで壊れて、
    何が転機となったのか。


    ライトノベルのように
    お話仕立てで書いているので

    仕事や家事の合間に、
    ゆる~く読んでもらえたら嬉しいです。


    それでは、昔話のはじまりはじまり。


    日課のランニング。


    小学生の話です。
    登校班の集合に、なんでか毎回遅れるんです。

    目覚ましも鳴らしてるし
    前日に荷物も用意してる「はず」。


    なのになぜか、
    集合時間に間に合うように
    家を出ることができないんです。

    だから毎朝ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。

    先に歩いてるみんなの背中が、もう小さい。
    追いつくために、走る、走る、走る。

    「ごめん…!はあっ…おは…よう…!」

    息が切れて、やっと列に入る。
    それが、毎朝の景色でした。


    私の悪癖は遅刻だけではなくて。

    プリントも、集金袋も、消える。
    もらったはずなのに
    足でも生えているのか
    必要な時に見つからない。

    手に持ってたはずの着替え袋まで、
    登校の途中で、ない。

    「さっきまで、持ってたじゃん…」


    笑っちゃうかもしれないんですけど、
    (いや笑えないんですけど)

    実は、このころはまだ
    そこまでの問題じゃなかったんですよね。


    のんこはうっかりさん。

    これで何とかなってました。


    私って、やっぱり「おかしい」んだ。


    大学に入ってしばらくしてのこと。
    ついに、ほころびが出てきました。


    運営をやっていた
    サークルのイベントの日。

    運営のメンバーだけ、少し早く集まることになってました。


    あたりまえのように、その集合にも遅刻。


    集合場所に着いて、
    みんなにへこへこ謝りながら自分の荷物を見る。

    ゲームで勝った人にあげる景品が、ない。

    家に、ある。

    たしか、お菓子みたいなやつで、
    何だったかも、もう覚えてないんです。
    (覚えてないこと自体が、ポンコツなんですが)


    頭の中は、真っ白。

    「ごめん!取りに戻る!」

    「それじゃ間に合わないに決まってんじゃん」

    みんな、
    心底、あきれてました。

    呆然としててあまり覚えてないんですが
    誰かが代わりを買いに走ってくれたはずで、
    わたしはぽつんとその場に残ってました。


    その時に、メンバーに言われたひとことが


    「あんた、どっかおかしいんじゃない?」


    言い返せませんでした。


    この一言が、きっかけで
    自分で病院へ行きました。


    ADHDグレー。
    名前が、ついたんです。

    「やっぱり、わたしっておかしいんだ…」

    ショック半面、ホッとした気持ちもありました。


    開始ボタンが、押せなかった。


    「生きづらさ」が本格的になってきたのは
    社会人になってから。


    メールの宛名を、間違えて送る。
    慌てて送った定性メールの文面を、また間違える。

    打ち合わせの会議室が取れていない。

    任されていたタスクを忘れる。


    「またやっちゃった…」
    「どうしてわたしは、普通にできないんだろう」


    次第に怒られるのが、怖くなりました。

    朝、品川駅の改札を出たところで
    足が動かなくなることもしょっちゅうでした。


    社会人2年目か、3年目。
    突如訪れたコロナ禍で、
    慣れない在宅勤務が始まったんですね。

    ローテーブルに衣装ケースを置いて、
    それを椅子にして座っていました。


    ある日の午後。
    会議の、数分前。


    涙が、止まらなくなったんです。


    画面の端に通知が出てきます。
    「あと5分で会議です」


    「出られないって言わなきゃ」
    「言ったら怒られるかな」
    「でも出なかったら怒られる」


    時計が刻一刻進んで、
    開始の時間になる。

    目の前にあるのは、開始ボタン。

    押せない。


    震える手でチャットを開いて、打ちます。

    「体調が悪くて、欠席させてください」

    一回、消す。
    もう一回、打つ。
    また、消す。

    送信のボタンも、押せなくて
    時間だけ、過ぎていきました。


    「あなたのままで戦いなさい」


    その日のあと、病院に行きました。

    病名は適応障害。

    はじめて任されたプロジェクトは、外されました。


    しばらくして、体調は戻りました。

    病院で出してもらった薬が効いて、
    「うっかり」症状が少し落ち着いたのも
    大きかったと思います。


    でも、気持ちは抜け殻のまま
    戻ってこれませんでした。


    なんでかというと
    私はいつか子どもが欲しかったので
    薬はいつかはやめなきゃいけないんですね。

    依存性の観点からみても
    できれば飲み続けたくない薬でした。


    でも、薬がないと
    また元の自分に戻ってしまう。


    「薬がないと仕事ができないなんて
    私の人生、もう詰んでるんじゃないか…」


    そんな絶望した気持ちのまま
    当時の上司との1on1に向かいました。


    場所は、会議室。
    上司の背中越しに
    いつもホワイトボードがある部屋です。


    何を言われるかびくびくしてた私に
    上司が投げかけた言葉は、


    「のんこさんは、もっと『生きやすく』なった方がいいです」


    マジで
    さっっっっっっっっっっっぱり
    意味が分からなかったんですけど。


    「のんこさんは、人より少し『受け取る』人なんでしょう。
    だから人より少し『生きづらい』。」

    「でも、あなたはあなたのままで戦うんです。
    他の誰かが戦ってくれるわけじゃありません。」

    「のんこさんが『生きやすく』なる方法を
    一緒に見つけませんか?」


    それまでの私は
    自分を変える方法ばかり探していました。

    他の人はできるのに、なぜ自分だけできないのか。

    きっと頑張り方が足りないだけ。
    自分も頑張ってるつもりだけど
    みんなは、きっと、もっと頑張っているんだ。

    もっと頑張れば
    きっといつか私も「みんなのように」なれる。


    でも、その上司は
    「変わらなくていい」と言ってくれた。

    会社であれほど泣いたのは
    後にも先にも
    あれが初めてだったと思います。


    それから私は、
    毎週のようにその会議室に通いました。


    最初は本当にとりとめもない話で。

    最近あったこと。
    何がうれしかったか。
    何が悲しかったか。


    回を重ねるごとに
    だんだんと「自分」というものが
    見えてくるようになりました。


    ああ、わたしってこれが苦手なんだ。
    こういう時にこんな反応をする癖があるな。


    「じゃあどうすればミスをしないようになるだろう」


    その答えは、
    ふと気が付いたら
    自然と自分の手元にありました。


    厳しいトレーニングをしたわけじゃありません。


    やったことといえば、
    ホワイトボードの前に二人並んで

    話した。書いた。それだけ。


    「自分の取扱説明書」を手に入れただけ。


    それさえあれば、あとはそれを
    ガイドブックのように開きながら
    歩くだけでいいんです。


    なりたかった自分ってこれ。


    最近の私はというと、

    平日は、案件をいくつも掛け持ちで、
    出勤から退勤まで
    カレンダーは会議が詰まっています。


    あの日と同じ、開始のボタン。

    押す。入れる。

    「待ってたよ~」
    「のんこさんのおかげで、話がまとまったよ!」


    こんな光景、
    あの日のわたしが見たら
    絶対に信じないでしょう。


    会議が終わると、PCを閉じます。
    保育園まで、お迎えダッシュ。

    帰りは、娘がハマっている電車を10分ほど眺めて。

    薬屋の熱帯魚にバイバイして、
    銀行のア〇パンマンにバイバイして、
    飲食店のパンダにバイバイして、家。

    いつも同じ順です。笑


    そこからは怒涛の夕飯・お風呂を済ませた後
    娘を寝かしつけするのですが

    布団の中で、娘はいつも私の頭を撫でます。


    「かか、えらいえらい」


    ありがとう。今日も頑張れたよ。


    必要なのは〇〇と〇〇。


    ここまで読んで、
    こう思われるかもしれません。

    「そんな簡単に変わるわけないじゃん」


    確かに、私も
    自分の「生きづらさ」に悩んでいたころ
    本当にたくさんの本を読みましたし
    自己啓発セミナーなんかも
    めちゃくちゃ行きました。


    でも、簡単には変わりませんでした。

    よく考えたら、そりゃそうです。


    本棚がぐちゃぐちゃなのに
    何なら棚板すら外れてひん曲がっているのに
    そこに新しい本を入れようと思っても
    無理ですよね?


    大事なのは、
    新しい「何か」を取り入れることじゃない。

    「自分を正しく理解すること」


    自分を「理解」し、扱い方を知れば、
    人はいつからでも変われます。


    そしてもう一つ大事なことが…


    絶対、ひとりで戦わないこと。


    こういうことって
    人に相談しづらいし

    こんなこと知られたら嫌われちゃうんじゃないか
    知られるのが恥ずかしい

    そんな風に思って
    誰にも言えずに
    ひとりで何とかしようとしている人が
    ほとんどだと思います。


    何ならわたしも
    今でこそこうやって発信していますが

    リアルの知り合いには
    ほとんどADHDという名前は出さずにいます。


    だからこそ
    一人で戦うことの孤独さを
    誰より知っています。


    私がここまで変われたのは
    間違いなく、あの時の上司がいてくれたおかげです。

    ひとりじゃ
    絶対に歩き続けられなかったと
    本気で思います。


    もし、あなたが
    「生きづらさ」を感じていて
    一人で抱え込んでいるなら、伝えたい。


    私がいます。


    ひとりじゃない。
    これだけは絶対に忘れないでほしいです。


    長くなっちゃいましたが、
    ここまで読んでくれてありがとうございました。


    これから
    自己理解の方法や仕事で成果を出すためのヒントを
    お届けしていきますので
    楽しみにしていてください!



    ではでは。


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    アラサー1児の母|20歳でADHDグレー診断|中学生の頃には年間遅刻回数が100回超え|人生でスマホや財布を失くした回数は50回以上|怒られすぎて適応障害→「自己理解」と「仕組み化」で大変化|今では六本木でキラキラコンサル|改善方法は全て実体験

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