
村上龍さんの思い出。
と言うほど濃い思い出ではないのだが、
私は村上龍さんと
同じ空間にいたことが二度ある。
見出し画像の「村上」は村上龍さん。
私は、2009年に
村上さんとハイブリッドカー「プリウス」三代目の
開発者との対談を2千字弱にまとめたのだが、
これはその原稿の一部だ。
ただ、対談の司会をした訳でもなく
もちろん村上さんと言葉を交わすこともなかった。
対談会場に来る前、「気難しい」という評判を
広告代理店担当が話していたのだが、
対談はやわらかな空気のなかで始まり、
そのまま終わった。
また、原稿にはぎっしり朱字が入ると
おどされていたが、
数箇所に修正が入った程度で、
代理店の担当者に少し褒められた。
*
残る一度は、その20年近くも前、
「広告批評」主催の
伝説の「広告学校(2期)」での出来事だ。
ゲスト講師に来られた村上さんの講義の最後に
当時まだメーカー勤めだった私はこう質問した。
「『だいじょうぶマイ・フレンド』のラストに
降る金粉にはどんな意味があるのでしょうか?」
村上さんは、とてもつまらなそうな顔で
「特に意味はないです」と返したのみだった。
とかくメタファーは批評家が関心をもつもので、
作家はたまたまそこで
ひらめいたに過ぎない
気がする。
それにしても村上龍さんは
年齢的に私より少し先輩なだけだ。
「コインロッカー・ベイビーズ」のあの
他の小説にない疾走感を
またもう一度味わいたかった。
