メインコンテンツへスキップ
見出し画像

落し物帳|拝啓文芸部「落とし物の持ち主」

    公園のベンチで、古い手帳を拾った。
    表紙には、かすれた墨の字で「落し物帳」とある。開くと、罫線に沿って、日付と時刻、場所、品名だけが並んでいた。持ち主の欄はない。
    日付は、どれも明日以降のものだった。
    十月二十五日 八時二分 駅南口 定期入れ。
    翌朝、半信半疑で駅へ行った。八時二分、改札へ急ぐ女性の鞄から、定期入れが滑り落ちた。拾って渡すと、彼女は何度も頭を下げた。
    それから毎日、手帳の通りに落とし物を拾った。手袋。スマートフォン。結婚指輪。
    持ち主に返すたび、ありがとうと言われた。悪い気はしなかった。
    異変に気づいたのは、一週間ほど経ったころだ。
    品名が、少しずつ変わり始めていた。
    十一月二日 十四時十分 商店街の古書店 店の鍵。
    十一月三日 九時三十分 同 店。
    十一月四日 二十一時五分 同 家族。
    店主に知らせようかと迷って、やめた。何と言えばいいのか、わからなかった。
    三日後、古書店は閉まった。シャッターに貼り紙が一枚。理由は書かれていなかった。
    次のページには、こうあった。
    十一月八日 十六時四十分 区立病院 右目の光。
    翌日、病院の前を通ると、眼帯をした男がベンチに座り、ぼんやりと空を見上げていた。
    私は、手帳を読むのをやめた。
    やめたつもりだった。けれど夜になると、枕元で手帳が勝手に開く。紙の擦れる音がして、新しい行が、ひとりでに書き足されていく。
    最後の行は、こうだった。
    十一月十日 二十三時五十八分 観音橋 命。
    誰が落とすのかは、書いていない。
    けれど誰かが、あの橋で死ぬ。
    今度こそ見過ごしてはいけない、と私は思った。店も、家族も、右目の光も、私は落ちると知っていながら、何もしなかった。けれど命なら、その場にいれば、落ちる前に拾えるかもしれない。
    十一月十日の夜、私は観音橋に立っていた。
    雨が欄干を叩いている。腕時計の針が、五十七分を指した。
    辺りを見回した。橋の上にも、袂にも、川沿いの道にも、誰もいない。車も通らない。
    五十八分まで、あと一分。
    そのとき、ようやく気づいた。
    この橋の上には、私しかいない。
    五十八分。
    背後で、濡れた足音が止まった。
    「落としましたよ」
    振り返るより先に、冷たい手が、私の背中をそっと押した。
    欄干を越える一瞬、手帳が指から離れていくのが見えた。
    橋の上に落ちたそれを、誰かが、拾い上げた。

    あとがき
    最後までお読みいただき、ありがとうございました。
    今回は、Mr.Qさんの企画「拝啓文芸部」のお題「落とし物の持ち主」に参加しました。
    もし、明日の落とし物が分かる手帳を拾ったら。皆さんなら、次のページも開いてみますか。
    企画元のお題記事はこちらです。
    https://note.com/mrq3/n/nebaf45580902
    ほかの記事や作品は、こちらのマガジンにまとめています。
    家族との日常や、AIを使って感じたこと。
    → くらしのひとこま|あおのエッセイ⁠
    創作企画のお題から生まれた作品たち。
    → お題から生まれた物語|企画参加作品集⁠
    短編や連載、二次創作などの物語。
    → 物語の本棚|小説・創作作品集⁠
    はじめましての方は、こちらもどうぞ。
    → あおと家族の自己紹介⁠

    #拝啓文芸部 #落とし物の持ち主 #落し物帳 #ショートショート #短編小説 #小説 #ホラー #創作 #不思議な話 #あお

     
     

    あお

     
     
    AIクリエイター。看護師13年目、3児の父。IT経験ゼロからAIで小説やアプリを作っています。作品は無料、作り方は有料で公開中。

    あなたへのおすすめ