
糖質は 嫌われたとして 摂り方次第
いろんな事情で摂取制限に選ばれがちな糖質の優秀さを改めて知るお話。
現代は糖質主食になってきているから良くない。
糖質を制限すれば体重は簡単に落ちるよ。
こんな感じで謳われる「糖質制限ダイエット」、みなさまはやったことありますか?。私はもちろんあります。自分の身体を使った実験は生の情報が得られる格好の機会ですから。で、結論を書いておくと、ダイエットとしては確かに有効、体重減るもんね。ただ今回は、糖質制限ダイエットの是非の話ではありません。
今の一日三食食べようということになったのは江戸時代からとか。明治時代に大きく普及した三食食べるという行為に私は最初から疑問を持っていました。最初からというのはいつかって?意外と早いと思う(笑)、自分でも。中学生くらいからですね。部活で身体を動かしてお腹は空くのに、三食食べると身体がしんどいんです。
朝起きて学校行く準備してる間に朝ごはんができる。早く食べろと促されるままに食べて学校へ。午前中の授業が眠くて仕方ない。三食の消化に胃が休まらない?という感覚を持っていましたね。そしていつか、たまたま朝ごはんを食べずに学校に行くことが1週間ほど続いたとき、
身体の中から 何かが作り替わったような気がした
今思えば、そのころの母親は子供のご飯に命をかけていたくらい考えて作っていました。量、栄養、飽きずに食べられる工夫。そのしんどさは計り知れないけれど、面倒でしんどかったでしょう。その結果として提供されてきた食事は、私の身体を量・栄養で飽和させていたことに自分で気づかなかったんですね。
三食食べないと病気になるよ。
朝ごはん食べないと朝礼で倒れるよ。
なんでも食べないと大きくなれないよ。
いろんなことを三食に乗じて言われました。でも、今だからこそ思うのですが、三食、とりわけ現代の日本人の主食とされている糖質(米、パン、小麦など)は正しい摂り方があると。今、その摂り方が無視され続けているなと。
糖質のエネルギーへの変換効率が高いのは事実。そして変換されたエネルギーの余剰分は脂肪に変わっていくのも事実。年齢が若い頃は、エネルギー使用率が糖から変換されたエネルギーよりも高い。だから糖が持つ本来の凄さに気づきにくい。
でも歳を重ねて、エネルギー使用率が糖から変換されたエネルギーよりも低くなったとき、糖って実は身体に悪いんじゃね?ということを、体の不調感を以って体感する。そして疑い始めるんです。糖を取り過ぎたらだめだって。その流れから糖質ダイエットなるものが言われたりして。
でも、いろいろな経験を総合して考えてみると糖が悪いわけではない。悪いのは、自身の体内にどの程度の糖が存在していいのか?を認識せずに、定刻が来たから糖を摂るということ。これ、無意識にやっちゃうんだよなぁ(笑)。アカンとわかってはいても。
ただね、そういうやっちまった時にはいつも思い出すようにしてることがあります。
それが、糖のメリットを最大限享受できたときの体感と感動。
身体が、体内のエネルギーが不足してきて新たなエネルギーを欲するようになったとき、適切な糖を口から入れることで必要なエネルギーにすぐ変換され、備蓄という反応にはいかずにエネルギーがすぐに消費される。このとき体感はどういうものだったのか。
そういうときは決まって、糖を食べているのに消化時に胃もたれすることなく、食後の満腹感が感じられるのに気持ち悪くなったりすることもなく、げっぷもなく、消化に体力が使われている感じもしない。いわゆる、必要になったエネルギーを必要なときに必要な分だけ補給できている感がする。食べ疲れしていない。そんな、食べた後の身体のモニタリングで「食べなければよかったな」のような後ろ向きな気が起きないこと。こういう状態が、糖のメリットを最大限受け取れているものだと思うのです。
食事はおいしく、たのしく食べることが大切なのは当たり前。でもその当たり前は、エネルギー・栄養の補給行為として身体と栄養の需要と供給バランスが取れている状態ではじめて成り立つこと。
世の中には背徳メシなるものがあって、私たちは大いにそれに騙されてはいますが(笑)、基本はやっぱり身体と栄養の需要と供給バランスを平衡に保つことが大切なんだよなー。ほんとに、これだと思う。
生きるのに必要な要素である糖。それを良くするのも悪くするのもまた、人の食への意識と行いなんだな~って思います。みなさまも一度、自分と糖の関係を見直してみるいい機会にしてみてくださいね。
ちなみに私はひさしぶりにその感覚を、今日の昼ご飯戦で味わえました。メニューはきつねうどん白ご飯です(うどん定食とも言うw)。
さぁ、明日は何を試そうか。
#うどん #ごはん #胃もたれしない #腹調 #食べ方 #生活のコツ #生きるコツ #エンタメ食