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544.過去と仲直りして生きるのよ~昔に戻ることなんてできっこない~だから過去と大切に仲直りしましょう~

    【お馬鹿なcoucouさんの自主出版論③】


    人ってね、誰もが物語を持っているんだ~
    その物語がね、ある人を支えたり、救う場合だってあるんだ~

    coucouさんはね、追い詰められて、辛く苦しかったときに随分とさの物語によって支えられてきた気がする。

    そしてね、その物語は無限に世の中に存在しているのだけれど、知らないということと、出会いがないということで静かに眠っているような気がするんだよ~

    幸いにして、このnoteの世界のクリエイターさんたちにはそのドラマがあって、それを表現する場もあるよね。何よりも、自分の考えたこと、自分の体験や経験したことを伝える力を、みんなが持っているんだ~

    これって、凄いことだと思うんだ~

    それが本になったら、と思うとゾッとする…。
    もう、出版社の必要ない時代が来る可能性があるんだもの~


    確かにブログの世界、電子書籍の世界、ペーパーブックの世界は、デジタルの世界とは違うよね。ある意味、目的も違うかもしれない。

    でもね、伝える、残す、という部分。
    読む、読んでもらう、という部分はおんなじ~
    大きな違いはパソコンやスマホから読むのと、紙媒体を使うペーパーブックとの違いだけ。でもその違いは大きいよね。

    ペーパーブックは手に触れて、自分の意志(手)でページを開いて、読むんだものね。音楽だって、おんなじだよね~CDアルバムなんていらない時代だとは言え、その大好きな歌手や音楽の入っているそのもの、パッケージが欲しい人もたくさんいる。

    coucouさんはね、デジタルブックも、ペーパーブックも両方スキ~

    ただね、もう一つだけ違う部分があるんだ~
    それはね、ペーパーブックの場合はね、「社会性」を重んじていることなんだ。
    そう、「公共性」ともいう。noteもある意味同じなんだけれど、公序良俗に属するもの、反社会的なもの、差別、虐め、暴言や個人攻撃、その他人を傷つける行為、プライバシーやパブリシティに触れるもの、盗作、盗用、著作権侵害行為、その他などが求められている。それが現在も続いている出版文化となっている。
    そして、本の発刊までに十分に精査されて出版されている。noteやブログの場合は、あくまでも個人的見解なども多い。

    本って、発行したら終わりじゃあないんだよ~
    本のはじまりって、ここがはじまりなんだ~

    そして、それは商売、販売するという商取引となる。
    そして、さらに本の使命は売ること~売れること~儲けを出すこと、利益を出すことなんだ~

    だから、coucouさんはね、この【お馬鹿なcoucouさんの自主出版論】でね、現実の出版社のお話や、実体も含め、さらに自費出版ブームともいわれているこの時代に、まったく違う発想と考え方で新しい出版の在り方を問いたいと考えているんだ。

    きっと、みんなにお役に立つことを願いながら、本来の本の在り方、考え方、これからの出版の文化を全体を通してリアルに、現実的に、単なる夢ではなくてお伝えしたいと願いながら連載シリーズにしたんだ~

    ねえ、みんな~


    少しばかり遠回りかも知れないけれど、みんなと違って、初めてチャレンジする人たちも含めた本の目的や使命、実例、応用、販売、売り方まで進めていく予定なんだ~

    よろしくね~

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    ©NPО japan copyright association Hiroaki


    1.どんな本にも社会性が必要!


     
    さて、下手に書く、気軽に書く、楽しみながら書く。
    テーマは自らの体験や経験の中から探す。
    あとは「社会性」が必要~

    この社会性というのは、一体何んだろうね? 

    というと、どうせ本を書くならわずかな人たちでもいい、喜んでもらいたい、役に立ってもらいたい、というのが本の使命ともいえるもんだよね。

    たとえば、「わたしの恋愛体験」であっても、単なるおのろけや自己満足だけではつまんない~
    この本を読んでくれる人たちに、喜んでもらうために、アドバイスとなるような本は共感を与えることができる。
    人の自慢話ほどつまらないものないもんね~

    だから、社会性って、このように世の中に役に立つこと、わずかな人たちでも喜んでもらいたいという願いが込められたものでならない気がするんだ。

    やっぱり、読んでみて参考になったよ~
    読んでみてとても良かったよ~
    うれしかった、役に立った、助かったといわれることで本に生命を与えることができる気がするんだ。

    だから本って、感動を与え、喜んでもらえるのが大切な役目といえるんだね。
    coucouさんの場合はね、失敗体験、経験を多くの人に知らせることによって、同じようなことを味わってもらいたくない、悲しんでもらいたくない、苦しんでもらいたくない、役に立ってもらいたい、と心から願って書き続けているんだよ~
    それほど、coucouさんの失敗は大きかった~
    痛かった~悲しかった~辛く、苦しかったんだもの~
     
    だけど… 
    えっ~本当に自分の本が出るの?

    こんな簡単に本はつくれるの?

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    ©NPО japan copyright association Hiroaki



    2.100歳からの出発

    もう、歳だ~
    歳だ~
    と言っている人へ~

    そして、若い人たちへ
     
    ドイツの映像作家レニ・リーフェンシュタールは、30年ものブランクを経て、60歳でカムバックし、71歳で潜水資格を取った。そして水中撮影を始め100歳まで海に潜り続け、新作映画『原色の海』を完成させた。
     
    イギリスのレン・ベール・オンズロウは、100歳になって、バイクで2000キロ近くを走行した。
     
    ビヤン・マラウドは100歳でパラシュート降下に初挑戦し、成功を収めた。デンマークのエストリッド・ゲールツェンも、100歳で高度400メートルからのスカイダイビングで成功。
     
    カルフオルニア大学名誉教授のジョエル・ヒルデブランド博士は100一歳まで論文を発表し続け、インドのカウロマル・チャンディラマニは、100歳まで開業医として働き続けた。
     
    日本では有名な「きんさん」、「ぎんさん」は「老後のために働いています」といい、100歳から芸能活動を開始した。
     
    ギリシャのコンスタンティン・カリアスは、101歳でエッセイを出版。イギリスのレジナド・プレイは101歳を過ぎてなお、ベルチームで演奏を続けている。

    アメリカのキャデイ・クラウン・バイオラは、101歳にして高飛び込みの現役選手であり、マスターズ王座を保持している。
     
    ヨゼフ・マラダスは、101歳まで議員を務めた。
    ウイリアム・ジョージは、101歳まで弁護士を務めた。
     
    大宮良平さんは、一度は歩けなくなったものの、リハビリで脚力を取り戻し、102歳で5キロマラソンを完走した。
     
    アリス・ポックは、102歳で処女作『我がビクトリア青春時代の肖像』を出版。
     
    ブリジット・ディレーンは、103歳でアイルランド国立大学から名誉学位を授けられる。

    ハーマン・ヨハンソンは、103歳でクロスカントリースキーを続けながら「長寿の秘密は、多忙、運動、適度なアルコールだ!」という。

    三沢たきは、103歳で句集を発表。
     
    ピアニストのチェルラ・ドラブンチェアは、103歳で引退リサイタルを開き、6回ものアンコールに応えたという。

    ブラジルのジャーナリストであるバルボーサ・リマ・ソブリンニョは、95歳でコロラド大統領弾刻運動の筆頭人に選ばれ、103歳で亡くなる直前まで記事を書き続けたという。
     
    アメリカのモード・タル婦人は、91歳で運転免許を取得し、さらに104歳で更新した。
     
    アルバート・アレクサンダーは105歳まで判事を務め、バイオリニストのイアンニス・ピピスは、107歳になっても演奏を続けている。ジェニー・ニューハウスは107歳になってもオルガニストを続けている。

    アメリカのフレッド・ヘイル・シニアは、108歳まで自動車の運転を続けていたという。ジェイムス・ブレッドは111歳で腎部の手術を受け成功した。
     
    シンガポールのツマイナーは50歳で初婚、62歳で再婚、107歳で再々婚し、ようやく子宝に恵まれる。下の子が生まれた
    とき、彼は114歳だった。
     
    女優のジャンヌ・ルイーゼカルマンは、114歳で『ビンセントと私』に出演し、その後122歳で天寿を全うする。
     
    日本の最高齢男性の泉重千代さんは、70歳から煙草を吸い始め、105歳まで団体労働を続け、120歳まで生きた。長寿の秘訣は「毎日、黒糖焼酎を呑むことだ」という。
     
    ケンタッキー・フライド・チキンで有名なカーネル・サンダースは65歳ですべての財産を失う。そしてゼロからビジネスを始め90歳になるまで現役で活動し、世界中にフライドチキンを広めた。
     
    発明王トーマス・エジソンは68歳で研究所が火事になり、無一文となる。「自分はまだ、68歳でしかない…」といい、ゼロからスタートして、82歳まで現役で活躍した。
     
    ジョージ・ドーソン当時101歳。株なし、銀行預金なし、カード類なし、持っているものは、何枚かのシャツとスーツ1着と帽子1個。98歳で文字を学び、読み方を学んで本を出した。101歳になり自分の記録を残し、その本はアメリカ全土でベストセラーとなる。そして現在104歳。ジョージは全米でもっとも有名で幸せな老人。
     
    元・発明学会の豊沢豊雄会長は100歳を越えてなお、本を書き続けている。まだまだ現役。103歳まで本を書き続けた。

    coucouさんの父はcoucouさんのすすめで、90歳から自伝を書き始め、94歳まで書き続けた。


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    ©NPО japan copyright association Hiroaki


    ねえ~
    ねえ~

    みんなどう思う~

     私たちって、すぐに「もう歳だよ」というのが口グセになっていたり、「あの人は歳だよ」といわれる年齢になったと感じてしまうけれど、このように歳だといわれる年齢になってからも、もしかすると私たち以上に心身共に若々しい人がたくさんいることがわかるよね。

    五〇歳になってしまったから、六〇歳になってしまったから、七〇歳、八〇歳、九〇歳になってしまったからといって、人生を諦めてしまう人も多い。

    そしてね、みんな歳のせいにしている気がする~

    でもね、このような人たちの圧倒的な元気さ、パワーは一体どこからくるんだと思う~

    おそらくこの人たちの共通点って、みんな、自分は老いたから、歳を取ってしまったから、身体が自由に動かなくなったからなどということを決して吐いてはいないということだよね。

    みんな希望を持っているんだ…。

    もちろん歳を取れば身体の調子が悪くなったり、足腰が弱くなったり、身体中が痛かったり、病院通いも多くなったりするよね。

    だけど、問題は、心が歳を取ってしまっているかどうかだけで、身体は年齢を重ねても、心は増々、若返っているのもこの人たちの共通点のような気がしている。

    年齢を重ねれば衰えるよね、でもね、体験や経験はその身体が覚えていて忘れない。その体験や経験は本来積めば積むほど、まるで筋肉のように鍛えられ、若々しくなっていくことに気づいている人は少ない。

    気持ちや心が若いとチャレンジ精神が生まれ、強くなるんだ~
    若々しい気持ちや心というのはそのようなことをいうのさ~
    若くても、このチャレンジ精神のない若者は、本当の年寄りといえるかもしれないよね~

    ねえ、ねえ~

    noteのみんな~

    みんなは若いんだよ~

    素晴らしいんだよ~

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    ©NPО japan copyright association Hiroaki

    3.過去の体験や経験ほど共感を与えるものはない



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    『Having our say:The peleny sistaes'』 First 100years」


    こんな作家がいるよ~

    姉、元教師セイデイ105歳。
    妹、元歯科ベッシー103歳。

    奴隷の子として生まれ、激動の100年間を生きてきて、今なお、とっても明るく、健やかで、「人生はとても楽しい。こんなに楽しいのだもの、一日だって無駄にできないわ」と2人は話している。

    2人はデイレー2姉妹。

    お姉さんがセイデイ。ベッシーは妹。
    この2人は全米の人気者~

    まるで、日本の「きんさん」と「ぎんさん」みたいだけど、大きな違いは、デイレー二姉妹の回顧録『Having our say:The peleny sistaes'』 First 100years」(セイデイとベッシー)という本を1993年に出版し、全米に感動の嵐を呼んだ。
    さらに28週にわたって、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに載った。まさに100歳でデビューしたといえる。

    こんな二人はニューヨーク州マウントバーノン市の家でふたり仲よく暮らしている。

    「わたしたちは奴隷の子どものですよ」と明るく話す。
    ふたりが生まれたのは100年以上も昔。
    でも、生まれてから一度も離れて暮らしたことはないという。

    父のヘンリー・B・デイレーニは1858年にジョージア州の奴隷として生まれた。父と母は黒人の学校、セント・オーガステイン・スクールの学生のときに知り合い、この学校のキャンパスにあるチャペルで1886年に結婚式を挙げ、10人の子どもたちを育てた。

    父ヘンリーは、米国聖公会の牧師で副校長をし、やがて黒人としては初めて主教に選ばれる。

    1890年代に黒人差別法のジム・クロー法が実施された。
    この法律によって、黒人差別は激しくなった。
    白人の図書館は使えない~
    電車やバスに乗っても座っていいのは後ろの席だけ、白人用のトイレ、黒人用のトイレと区別される。

    なんて、酷い法律何だろうね~

    当時、学校に行かせてもらえる黒人は少なかったのだけど、ヘンリーの住まいがキャンパス内にあったのと、父が副校長をしていたおかげで、セイデイとベッシーはそろってギリシャ語やラテン語のような聖職希望のクラスで学ぶことができた。

    その後、ふたりともセント・オーガスティン・スクールを卒業。
    ふたりは南部で8年間、教師をし、お金を貯めて、それからニューヨークのコロンビア大学に入り、働きながら、セイデイは教育の博士号、ベッシーは歯科の博士号を取る。

    2人はね、父ヘンリーになんとか恩返しをしたいと願っていた。

    その後、1920年代から30年代初めにハーレムに住みことになった。
    兄は医者となり、弟も歯科医。
    もう一人の弟は弁護士から検事補、そして判事になる。

    妹たちはそれぞれ狂死になり、兄弟姉妹のほとんどが独立していった。
    みんなハーレムで黒人たちの力になっていくんだ。

    セイデイとベッシーの姉妹はふたりとも結婚はしなかった。
    2人で仕事で生きたい、と生涯をかけていたからなんだ。
    そう、苦しんでいる人たちを救いたい、ってね~

    2人はほんの2歳違い。生まれてからかたときも離れずずうっと一緒に生きてきた。
    「二人でとても楽しく暮らしてきたなあ…」とつくづく思ったという。


    その後、第一次、第二次大戦が終わり、ハーレムからブロンクスに移転。当時のブロンクスは田舎だったが、父ヘンリーが亡くなった後、母ローリーと静かに暮らすためのようだった。

    しかし、1956年に最愛の母を失い、ニューヨークのマウントドーノン市に移ることになった。


    4.過去と仲直りして生きるのよ~昔に戻ることなんてできっこない~だから過去と大切に仲直りしましょう~

    そして、彼女たちは本の中でこんな言葉を残した…

    「わたしとベッシーはね、105歳と103歳だなんて、ちっとも感じないの。自分で感じるのはその半分くらい。一世紀生きてきたけれど、知らないことややってみたいことがまだまだたくさんあるわ。やっと歩きはじめたばかり、そんな感じなの」

    「たいていの人は歳をとるっていうのは、何かを諦め、新しいことはなにひとつ手を出さなくなることだと思うらしいのね。わたしたちは、そう思わないのよ。朝目覚めたとき、『今日という日も、きっと何か新しいことを運んできてくれる。まだ経験していないことをすることになる』と思うのです。そう思っていられる限り、人は歳をとらないのよ」

    「過去と仲直りして生きるのよ~昔に戻ることなんてできっこない~だから過去と大切に仲直りしましょう~」


    「何でも知っている人なんていないのよ。だからよく観察してやる、顔を見てやる。それだけでいいのよ。すると子どもは人の気持ちがわかってくるの。お友だち関係も同じよ!」

    「長生きして学んだことがあるとすれば、この人生はとっても楽しい、こんなに楽しいのだから、一日だった無駄にできない、ということ。人生を楽しいものにするかしないかは、その人しだいなのよ」


    「もしも、何かひとつ、これだけはしなくちゃあいけない、というものがあるとすれば、それは戦う勇気よ!」
     

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    ©NPО japan copyright association 

    coucouさんです~
    みなさん、ごきげんよう~

    自分だけの本って、相手が不在~
    そんな本ってつまらないよね~
    だって、自分だけにしかわからないんだもの~

    それなら、本にする必要はない気がする。
    だからね、誰かに何かを伝えたい、何かを知らせたい、知ってもらいたい~
    そしてね、楽しんでもらったり、面白がってくれたり、何かのお役になったり、喜んでもらいたい~

    これが本の特性としての社会性なんだよね~
    だから、私たちはnote記事も、本もそんな部分に惹かれているような気がするんだ~

    ねえ、
    みんな~
    みんなはどう~

    coucouさんの場合はね、学人(まなびと)だから、何かしらを学ぼう、学ばしてもらおう、という気持ちが強いんだ。

    だって、coucouさんの知らない世界、必要とするもの、知りたいことがたくさんあるんだもの~

    coucouさんは短文がなかなか書けないけれど、俳句や短歌、詩などはとても注意深く読み込んでいるんだ。
    この人はどんな人だろう?
    何を考えているのだろう?
    どうしてこんな言葉が出てくるのだろう?
    、と言葉の背後まで妄想しまくるんだ~

    ねえ、楽しいと思わない~

    だから、notesurfingが止まらないのかもね~

    明日はね、みんなの知らない爆弾発言~
    わずか2~3行の文字でcoucouさんは出版業界から干されるかもしれない…。
    だけどね、真実なんだもの~

    たくさんの人たちが本の出版を夢見て、夢破れ、去っていく…。
    これも出版業界の真実でもあるんだ~

    歌を忘れたカナリヤのように、出版社も本来の出版を忘れてしまったこの業界~
    本当の良い本って、売れないんだね~
    本は時流に乗らないと駄目なものなの~

    ねえ、出版社さん~

    本当はね、出版社さんが売れないと思い込んでいるものが売れるのかも知れないよ~

    テレビや週刊誌もおんなじ、売れるもの、売れる情報ばかり追いかけ続けて、みんなおんなじ内容とおんなじ記事ばかり、柳の下のドジョウ一匹じゃあなくて、百匹、千匹の世界の千みっつの世界。そう、千に一つだけを追い続けているんだ~

    でもね、もうそんな時代は終わったんだよ~

    これからは、徹底とした頭と知恵比べの時代~頭の中に術を持つ込むんだからね~

    みんなあ~
    あしたも見てね~

    coucouさんはまた嫌われる…。


    あぁ~歌が聞こえる~
    「本当のことを言ったらお利口になれない♪」
    フランしーヌの場合だね…。



    coucouさんのホームページだよ~みてね~

     
    Production / copyright©NPО japan copyright coucou associationphotograph©NPО japan copyright association Hiroaki
    Character design©NPО japan copyright association Hikaru







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