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310.1.人の思いって、感じるもの、見えるものなんだね。

    1. すべてを自分が選ぶ

    前回の309でお話した、人間関係、人付き合いをcoucouさんは数字で現わしてみた。その理由は、人間関係の度合いは平等ではなくて、人によって違うことがわかったから。

    coucouさんが10の信頼を持っていても、相手は5の場合だってあるからね。だから数字で見えないものを見ようと考えてみたんだ。

    最高がプラス10だとしたら最低は1。又はマイナス5~10までの範囲を広げてみる場合もある。

    それだけ人間の心は複雑だからね。

    最高点ばかりの人たちが周りにたくさんいればいいのだけれど、人が集まれば少人数だって、差は広がるはずだものね。
    だから、低い場合もある。
    (※注 coucouさんだって相手からマイナス評価されている気がする)

    そこで、もうひとつ。

    今関わっている人たちがほとんど1か2の場合だったら。
    その場合は、新しい人間関係を作る必要があるかもね。

    だからといって、仕事仲間や仕事先すべてを断ち切りわけにはいかない。
    そんなことをすれば誰もいなくなってしまうからね。

    でも、新しい出会い、新しい人間関係の中には、「疲れない」相手がまだまだたくさんいる事がわかるはず。
    「類は類を呼ぶ」ではないけれど、自分が「良き類」だとすれば必ず「良き類」同志が近づいてくるはずだもの。
     
    人間関係で疲れやすい人の共通点というものがある。それは、
     
    (1)  気を遣いすぎる
    (2)  我慢しすぎる
    (3)考えすぎる
    (4)思い込みが強い
    (5)不満が多い
    (6)相手に合わせる
    (7)相手を疑う
    このような人は、人間関係にストレスを与えやすい。
     
    でもね、何だかんだと言っても、
    結果、今付き合っている人はすべて自分が選び決定しているのだものね。

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    ©NPО japan copyright association Hiroaki


    2.  合わない人とは離れる


     
    「人といると疲れる」
    「人付き合いがめんどうくさい」
    「なんでも話せる友達がいない」
    このような人も多くいますね。
     
    このような人は「一体感願望の強い人」と呼ばれている。

    この「一体感願望」とは、
    「相手も、わたしと同じように考え、同じように感じてほしい」という願望だといわれている。

    実際には誰にでもある感情の一つなのだけれど、「自分が気に入っているものを相手も気に入る」「わたしと同じように感じてほしい」という一体感願望のことをいう。
     
    これって、意外と自己本位のエゴで、
    「あなたと同じように感じなければ腹が立つ」という押しつけに似ているよね。このような人は沢山いるけど、女性に多いともいわれている(ゴメンナサイ)。
    「ねえ、ねえ美味しいでしょう!」
    「楽しいでしょう!」
    「面白いでしょう!」というように、その反対のことを答えでもしたらとたんとへそが曲がってしまったり不機嫌となるひともいる。
    (※注 これを読んでいる女性は絶対に違うと思うcoucouさん)
     
    このように合わないものを合わせよう、又は合わないけれど相手に合わせてしまうというのは「一体感願望」が強すぎ。
    この一体感願望の強い人は合わせてくれなければ攻撃的となる。
    つまり、「自分と違う考え方・違う感じ方」が気に食わないんだね。
     
     
    このように「自分と違う個性」を認めない、認めたくない。
     これは、本人は気づいていなくても、
    心の奥にある『強い一体感願望』がそうさせてしまうんだ。
     
    「自分と違う人間は、気に食わない!」のだから、
    これではたまったものではありませんね。

    例えば、宗教の違う人に他の宗教の話をされたら面白くない。
    応援している政党や野球チームの話をされても、自分は違うチームを応援しているので話は合わない。
    ましてや、相手の嫌いな話であれば不機嫌にさせる場合もありますね。

    これも「一体感願望」の一例。
     
    しかし、このように「一体感願望」の人はとてもつき合いづらく、本当の自分の話などしずらくなってしまうよね。
     
    本来は、相手と異なる意見を話しても、
    「なるほど、そういう考え方もあるのね」と受け入れ合えなければならないものなんだけれどね。
     
    この結論としては「一体感願望」の強い人よりも、「一体感願望」の弱い人のほうがつき合いやすいということがわかる気がする(※男性も含めます)。
     
    もし、今、「人付き合いがめんどくさい」「本当の自分を表現できない」
    「友達はいるけど親友がいない」というのであれば、『一体感願望の強い人』の悪影響を受けているのか、自分自身が「一体感願望」が強すぎているのかもしれないよ。
     
    この「一体感願望が強いな」「一体感願望が弱いな」を意識して距離間を保つことも良い人間関係が作れるようになり、人と会うことがとても楽しくなるはずなんだよね。

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    ©NPО japan copyright association Hiroaki



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    ©NPО japan copyright association 


     
    coucouさんは、あるときから人との距離を置くようになった。
    ある人はその私の行動を感じて「冷たい」と言う。
     
    でもね、coucouさんの距離間はね、近しい人ほど距離をあけるようにしているんだ。

    その理由はね、
    coucouさん自身があまりにも「一体感願望」が強すぎるため、
    いや「思い込みが激しい」、
    いや「愛情が強すぎる」せいもあるのかもしれないけれど、
    考えなくとも良い事を考えてしまったり、
    無用な心配や、相手のことを深く考えすぎたりして疲れ果てるタイプでもあるからなのさ。
     
    coucouさんの異常性格は、
    あまりの孤独感とあまりの寂しさ、
    死の恐怖から起きているトラウマに近いものかもしれないけれど、
    自分がしっかりと距離をおかないと他人の心の中まで遠慮なくずけずけと入り込み、しまいには相手を傷つけてしまう恐れがあるような気がするんだよね。

    ある意味、この距離間は、coucouさんを落ち着かせ、心を穏やかにし、あまり人に望むことがなくなるようにできるようになったからさ。
     
    それは、大切な人たちに対してこの距離間を持つことによって今まで以上の尊敬と感謝の気持ちが持てるようになったんだ。
     
    coucouさんの性格は父や母の性格譲りで、困っている人がいれば身銭を捨ててまで人に尽くすという家系の為か、coucouさん自身も両親とそっくりとなり、結果、すべてを失った。

    父や母と同じように、人のせいにするわけではなく、たとえ騙されても人を恨むことはなく、そのような姿を見て育ったcoucouんは、その父や母の姿に矛盾も感じていた。それは、我が家がとても苦しくとも人を救おうとする考え方だったからね。
     
    (どこの宗教団体にも所属がありませんが、それだけ父や母は苦しんできた人生だったのでしょう。だから困っている人がいたら見捨てることができなかったのかも知れない。だからよくいう口癖は「人として」という)
     
    その矛盾を眺めながら育ったcoucouさんは、そのような真似などしないと誓って社会に出たのだが、自然に自動的に父や母と同じように行動してしまううんだ。
    おかげさまでcoucouさんの家庭は何度も破壊してしまった…(ごめんなさい)。
     
    また、最終的には父や母の家庭、弟夫婦の家庭、友人たちの家庭までも破壊してしまったんだんだ。coucouさんは、人を恨んだりしない父や母と同じように恨むことはないけれど、父や母のように人に尽くしても恨まれたように、coucouさんも今でも人に恨まれ続けている。
     
    とてもおかしな世界です。
     
    やがて、あれから数十年かけて私は人との距離間ということを学ぶようになった。それだけ失敗が多すぎたせいなのかもしれない。
     
    どうでも良い人には距離間すら必要ありませんが、coucouさんの場合、近しい人たちには特に距離間を設定するように心がけている。
    「親しき仲にも礼儀あり」だけは忘れないようにしている、最近のcoucouさん。

    互いの思いというのはなかなかわからずに見えないものだけれど、感じる方法があったんだ。
    それは、その人の態度であったり、行動の中に思いというのは見え隠れしていることだった。
     
    ある友人は、coucouさんの父や母の生前にいつも心配してくれた。
    たまに電話をくれたり、手紙を書いてくれた。
    coucouさんの娘のことを心配してくれたり、会ったことのない弟のことを気遣ってくれたり、と何かしらの思いというものを感じさせてくれた。
    たまに会えば土産を持たせてくれたり、と何かと気遣いを感じる。
     
    それは、その人の、coucouさんに対してだけのことではなく、人間関係において、距離間を持って大切に考えていることがわかるようになった。

    思いというのは、こうして感じて、見えていくものだということがわかるようになったんだ。それも数十年の時かけて。
     
    毎年年末になると紅梅をcoucouさんに送ってくれる方がいる。
    もう、10年近い。
    きっと寒い中、高い所から枝を折り、大きな段ボールに花びらが崩れないように丁重に包装して送られてくる。

    coucouさんは、大きな花瓶を購入し、一番目立つ居間に飾り付けて毎朝手を合わせる。その方は、言葉少ない人だが、彼の距離間には優しさが感じられる。
    coucouさんの知り合いの一番、距離の遠い人なのですが、
    一番近しい人かもしれない。
     
    最近、結婚したcoucouさんの友人がいる。現在66歳だから後期高齢者同志の新婚だ。男性の父や母はすでに他界してこの世にはいないけれど、奥さんには年老いた父や母がいる。彼はまるで自分の父や母のように接している。

    まるで、自分の父や母にできなかった親孝行のように。
     
    お母さんは少しばかり認知症で、お父さんは施設に入っている。567のため未だに、面会はままならないけど、最近ようやく窓ごしで電話面会ができるようになった。
    彼は妻の父のことを「とうさん」という。
    「とうさん、一切の心配はいらないよ!僕がみなを守っていますからね、早く退院してください」と声掛けする。
     
    実はこの友人は、本人と面会ができなくとも施設の人に様子を伺いに行ったり、届け物をしたり、遠くから義理父の姿を眺めつづけていた。

    彼曰く、「自分の父に出来なかった事を義理父にしてあげたい」というのだ。
    互いに遠く離れた距離間だけど、とても近しい、優しい旦那さんになったのだとcoucouさんは感じている。
    なぜなら大好きな、愛する奥さんのお父さんとお母さんだからね。

    きっと、彼女のお父さんとお母さんはとても安心しているよね。
    coucouさんは他人事ながら「良かったね!」と伝えた。

     
    互いの思いは感じるもの、見えるものなのですね。

    人生はこんな風に、楽しく生きるものなのですね、きっと。

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    coucouさんのオリジナルラインキャラクーより©NPО japan copyright association

    ここまで、読んでくれて、
    とっても嬉しい~
    みんな~
    みんな~
    本当にありがとう~
    また、あしたね!




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    ©NPО japan copyright association 


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