
174.この世界で、一番尊いものを二つ持ってきなさい!
幸せな猫王子
ある町の広場にそびえる高い円柱の上に「幸せな猫王子」の像が建っていました。
その猫王子の体は金に包まれ、目には二つのサファイア。剣の柄には大きな赤いルビーが埋められていました。猫の王子は高い空をいつも見上げ光を放っていました。

「猫王子は美しい」「本当に幸せな猫王子だ」町の猫たちは、その王子の美しさに見とれ、王子を見上げていました。
「わたしも、今にあのような銅像になりたい」ある金持ちの猫までもその王子にあこがれていました。その後も、「王子は天使のように見てくれている」「幸せな人に見つめられていると幸せになる気がする…」などといわれていたのです。
ある猫の母親は子供に向って、「お前もあの王子のようになるのよ…」と語ります。
そんな秋の日の夕方、溝穴から顔を出した一匹のネズミ寄ってきました。他のネズミは皆、温かな地下道に潜ったというのに一匹だけ道に迷い、はぐれたネズミでした。
「今夜はどこに泊まろうか…」ネズミは、ふと王子を見つけ、王子の足元に降りてきた。「え!黄金でできた寝床だ!」少し驚いたネズミでしたが、わずかな明りの反射が王子を照らし、それに安心感を覚え、静かに眠ろうとしました。
すると空には星がいっぱいなのに、ネズミの頭にポツンと大粒の水滴が落ちてきたのです。
「変だなあ…」するとまたしずくが落ちてくます。
不思議に思ったネズミが、上を見上げると…。なんと王子の目から溢れんばかりの大粒の涙が頬をつたって落ちてくるのでした・・。
ネズミは思わず、
「王子さま、王子さま、猫の王子様、どうしたのですか?」
「あなたはどなたですか?」と尋ねました。
「わたしは猫の幸せの王子です。おおネズミさん。わたしは生きている頃、涙を知らなかった。わたしは贅沢で裕福でわがままに生きていた。わたしを取り巻くものすべては美しく、快楽が幸福だとすれば、わたしは幸福に生き、幸福に死んでいき、まさしく幸福だった。そしてわたしはこの高い場所に置かれたのです」
「…しかし、毎日涙が溢れとまらないのです。はるか向うの小さな通りに貧しい家があり、その猫のお母さんは病気の子猫のそばで悲しんでいるのです。母親は薬も買えず苦しんでいます。お願いだ。ネズミさん、わたしは動くことができない。わたしの剣の柄についているルビーをはずして、この母子に届けてくれないか!ネズミさん、あなたは動くことができる…」
「わたしは、溝のネズミたちの所に行かねばなりません。わたしを待っている仲間や家族がいるんです。早く温かい所に行きたいのです…。それに僕たちをいじめる猫を助けに行くなんて・・・」
王子は、
「ネズミさん、ネズミさん。小さな、小さなネズミさん、今夜一晩だけでいい、一緒にいて欲しい。そしてわたしの使者になってほしい。小さな、小さなこどもを…救ってほしい。お母さんを救ってほしい…」
あまりにも悲しそうな猫の王子の顔を見たネズミは、
「わかりました。一晩だけですよ…使者になりますよ・・」

ネズミは猫の王子の剣からルビーを取り出し、両手で抱えながら町を全力で走りました。ネズミはやっとの思いで貧しい家に到着し、中をのぞくと、病気の子猫が熱で苦しんで、母猫は、その子のそばで神に祈りをささげ、疲れ果て寝ていました。ネズミは恐れながら、静かにルビーをテーブルの上に置き、自分の尻尾でその子の額を撫でて上げました。
すると、その子猫が、
「なんていい気持ち。ボク、きっとよくなるよ」といい、眠りに落ちて行きました。
ネズミは王子に自分のやってきたことを報告しに行きました。
「何か変なのです。おかしな話だけど、外はこんなに寒いのに、今はとても暖かく感じるのです…」
「それは君が良いことをしたからだよ」と猫の王子は答えました。ネズミにはその意味がわからないまま、疲れきっていたためすぐに眠ってしまいました。
次の日は、めずらしく暖かな日でした。ネズミは近くの小川で汚れた身体を洗っていました。そして、
「もうすぐ厳しい冬が来る。早く地中深い溝の中のみなの所へ帰らなければ…今夜こそ出発しなければ…」
そう思い、猫の王子に出発の挨拶に向いました。
しかし、猫の王子の目からは昨日よりも多くの涙が溢れています。
「ネズミさん、ネズミさん、小さなネズミさん。もう一晩だけわたしの所にいてくれませんか?」
「もうこれ以上、ここにいるのは無理です」とネズミは答えましたが、
「ネズミさん、この町のはるか向こうの家で。猫の若者が本を書いています。それなのに暖炉もなく、寒さに震え、書くこともできず、食べものもなく、今にも倒れそう。あの一生懸命な猫の若者を救ってほしい。わたしの右の目のサファイアを届けてほしい…」
「え、王子さまの目を取るなんて…ぼくにはできない」
「残っているのは目しかありません。これを売ればあの猫の若者を救えます。ネズミさん、ネズミさん、小さなネズミさん。お願いだから、わたしの頼み通りにしておくれ…」
ネズミは「わかりました…。もう一晩だけいます。これが最後です・・」王子にいわれて、とうとうネズミはサファイアを抜き取り猫の若者の家に向かうことになりました。
すき間だらけの部屋にそっと落とし、ぐったりとしていた猫の若者の目の前にサファイアは転がっていきました。それを手にした猫の若者は、うれしそうに涙を流していました。
さあ、これで帰ろう。幸福そうな猫の若者の顔を見て、約束通り猫の王子のもとに報告し、「さようならを言いにきました」と伝えると、「ネズミさん、ネズミさん、小さなネズミさん。もう一晩わたしと一緒にいてほしい…」、と言うのです。
ネズミは、
「もう冬です。もうじき冷たい雪も降るでしょう。そうなると、地下道も凍りつき、仲間の所に戻れなくなります・・。僕は猫の王子に感謝しています。人を救うことは、こんなにも幸福なことだと教えてくれました。たとえ敵同士の猫とネズミであってもお互いが支え合うことが出来る事を知りました。恩返しに地下道から同じくらいのルビーやサファイアをお届けに戻ります」
すると猫の王子は、さらに涙を流しながら、
「もう一晩お願いできないだろうか。あの下町の広場にマッチ売りのネズミの少女が、溝にマッチを落として泣いている。もう売ることもできない。冷たい氷の路面の上で、この寒さの中で震え悲しんでいる。どうか左の目のサファイアをあの子にあげてくれないか…」
ネズミは「えっ、ネズミの女の子ですって・・。王子は僕たちの仲間の事も心配してくれているのですか・・。では、もう一晩あなたの元にいます。しかし王子、それではあなたの目が見えなくなってしまいます・・」
「そう。わたしの目はもう必要ない。それでもいい。お願いだ。ネズミさん…」

ネズミは震える手足で、そっとサファイアを抜き取り、ネズミの少女のいる町へ走っていきました。そして、マッチ売りのネズミの少女の手のひらに猫王子の最後の目のサファイアを落としました。ネズミの少女は驚きました。
「なんて美しいガラスのかけらなんでしょう!」と喜びに変わりました。その姿を見てネズミは嬉しくて涙がとまりませんでした・・。
少女は慌てるかのように、地下道の溝に向かい仲間の所へ走り去っていきました。
安心し、仕事を終えたネズミは猫の王子の所に戻りました。
「王子、あなたはもう目が見えないのですから、わたしがあなたのそばにずうっといます」
「いいのですよ。それよりネズミさん、早く皆のいる温かな場所へ行って、家族の元に帰りなさい」
「いいえ、僕、もういいんだ。このままずうっとここにいてあげる…」と答え、小さなネズミは、王子の足元で静かに眠りにつきました。
「では、親愛なるネズミさん、ありがとう。この町にも不思議なことがいっぱいあり、一番不思議なのは、幸福でない人がたくさんいることです。わたしの目の見えない変わりに、君が可哀想な人を探して欲しい…」
ネズミは猫の王子に言われた通り、町の中を走り回り始めました。そして裏道のみすぼらしい小屋や、お腹を空かせた猫やネズミの子供たちのことを王子に伝えます。
家のないネズミの男の子と女の子が、大人の猫からその場所を追い出され、橋の下で身体を暖めようと、互いに抱き合い、冷たい雨の中で彷徨っていることをネズミから聞いた王子は、
「かわいそうな子。それなのに、すぐそばでは賑やかに遊んでいる人や立派な馬車に乗る猫もいる。金持ちはなぜ、この子たちを助けないのか・・」
その言葉にネズミも王子とともに涙しました。
猫の王子はネズミに、
「わたしの身体は金でおおわれている。一箔一箔を剥がして、それを貧しい猫やネズミさんたちに渡して欲しい。お金のある猫やネズミは、自分のお金と幸福しか考えていません。お金があれば自分は幸福だと信じているのです……」
ネズミは泣きながら王子の身体から少しずつ、少しずつ金を剥がし、貧しい人や病気の猫やネズミに次々と分けていきました。
幸せな猫の王子の身体はひどくくすみ、しまいには灰色の王子になっていきました。しかし、貧しい猫やネズミたちに元気や希望が溢れるようになり、そのものたちが、元気になると、困っているものたちを次々に救い、支えていくのです。
皮肉なことに、猫の王子が裸になればなるほど、多くのものたちが救われ、幸せになっていくのです。
いつのまにか雪が降るようになりました。本格的な冬が来たのです。裸の猫王子の身体には冷たい雪が積もりはじめました。
「寒い、おお寒い」しかし、小さなネズミはその寒さの中でも、王子の元から、離れようとはしません。なぜって、王子を心から尊敬し、愛していたからです。
ある日、「王子さま、今度こそ本当にさよならです」とつぶやき、「あなたの手に最後のキスをさせてください…」と悲しそうな顔でネズミは言いました。
王子は「小さなネズミさん、やっと温かな地下道に行けるんだね。わたしもうれしく思っている。そして心から感謝しているよ。長い間引き止めたことを許して欲しい…」
「いえ、わたしは地下道には行きません。深い、深い知らない場所です。王子さま、本当にありがとう。このご恩は忘れません。わたしはとても幸せでした・・」ネズミは、幸せの猫の王子にキスをすると、足元に眠りながら死んで逝きました。
その瞬間、パシンという音が猫の王子の像の内側で音を立てました。王子の鉛でできた心臓が内部でまっぷたつに割れてしまったのです・・。
あまりの寒さのため割れてしまったのでしょうか、それともネズミさんの事を思い、あまりの悲しさのために自らが割ってしまったのでしょうか・・。
あたりは雪で真っ白。強い風が吹き、小さなネズミは王子の所から飛ばされていきました・・。
次の日の朝になりました。多くの猫やネズミたちは広場の王子の像を見上げ「おや、幸せな猫の王子はなんとみすぼらしく汚い・・。ルビーが剣から落ちているし、目もない。黄金がすべては剥がされて、まるで乞食の王子みたいだ…。それに、足元にはネズミの死骸も落ちている、不潔だ・・」
幸せな猫の王子はその日のうちに引き下げられ、工場で溶かされてしまいました。その像を溶かし、その金属で動物の中で一番偉いものの像を造ることになったのです。
しかし、不思議なことに、まっぷたつに割れた心臓の固まりだけが炉の中で溶けないのです。そのため、猫の王子の心臓は砂の山に捨てられ、ネズミも同じ場所に投げ捨てられてしまいました・・。
その晩。町中が静まりかえる頃、そのことを知った神さまが多くの天使をそばに呼んでこう命じました。
「この町で一番尊いものを二つ持ってきなさい」
「それは、一番尊い二つのもの。それは王子の心と小さなネズミです」
天使はそういうと、猫の王子の心臓の固まりとネズミの亡きがらを抱いて、静かに空に登っていきました…。
そこは、幸せ願う虹の橋でした・・。
幸せの猫の王子は元通りの姿となり、小さなネズミは金の冠をかぶり、幸せなネズミの王子として、二人で多くの悲しみを背負った動物たち、人間たちを虹の橋の案内役をしています。

善は美よりも優れている
この物語は読んでおわかりでしょう。「幸福の王子」の作家オスカー・ワイルドの作品の王子を猫と見立て、小さなツバメをネズミにしたものです。
オスカー・ワイルドは作品がヒットし、一躍スターダムにのり、富を得、社交界の話題になり、「美は善より優れている…」という言葉を残しましたが、晩年は、貧苦のうちに寂しく世を去ったといいます。
私は、オスカー・ワイルドの「美は善よりも優れている・・」という言葉は世の中の皮肉を込めたもので、本心は、幸福の王子の根底に流れている「善は美よりも優れている」ということを信じています。
晩年はもしかすると、幸福の王子のようにすべてを捨ててこの世を去ったのかもしれませんね。
さて、しばらく予約遠隔note記事となりますのでよろしく願いいたします。
長い物語をいつも読んでくれいいるみなさま、本当に感謝申し上げます。
では、またあしたね!
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