
怪談 あってはならない字
――彼から電話があったのは、それから二か月ほど経った頃です。
ただ、その間も彼の様子は少しずつ変わっていました。
最初のうちは「手首が痺れる、疲れかな」と笑っていたんです。
それが内科や整形外科、脳神経内科にも診てもらったが何もなかったと話していたあたりから、こう、深刻になったというか。
複数の病院で何もないと判断したなら、自分には出来ることはないですし。
夜中に「あの案件のファイルをまた開いてしまった」と、連絡してくることが何度かありました。
何のファイルなのかは、私は聞いていません。守秘義務のある仕事だと分かっていたので、聞かないようにしていました。
彼は「備考欄の控えを見返さないと落ち着かない」と話していました。
仕事だから仕方ないという言い方から、次第に見ないと気が済まないという言い方に変わっていったのには気付いていました。
はい、そこは私も引っかかっています。でも、それ以上は聞きませんでした。
(間)
その頃だと思います。電話の頻度が増えていましたからね。
わざわざ電話で、なので。心配になったので、よく記憶に残っています。
彼の上司から「あの案件のファイル」をもう一度確認してほしい、と頼まれたと話していました。
自治体側から問い合わせがあったようだ、と話していました。何の問い合わせかは、彼も詳しくは知らなかったはずです。
別の機会には、手首だけでなく右腕全体に痺れが広がったと言っていました。
原簿の次のページに同じ筆跡で同じ人物の「妻」として記載された女性の欄があり、名前の一文字が文字コード化されていなかったと。
骨という字によく似ているそうです。ただ、下の縦の画が二本とも、字の枠を突き抜けて下へ長く伸びていて、先が尖っていたと。
「あれ、字じゃなくて、ええと、ちゃんと書けば止まるんだと思う。誰にも見せない。見せたらだめ。確かめるだけ、本当に確かめるだけ」
こちらの話を聞いてるような、聞いてないような。はっきりしない感じでした。
(間)
ええ、電話の向こうで紙をめくる音がしていました。
それと、何か小さく声を出していたような気もするのですが、はっきりとは聞き取れませんでした。空耳かもしれません。
ただ、明らかに異様でしたから。誰かに伝えておくべきだと感じたんです。
彼とは中学からの同級生ですから、実家の連絡先は知っていましたので連絡したんです。
様子のおかしい電話が来たと伝えました。体に痺れがあると言っていたので、脳関係で何か疾患があるのかもしれないとも。
この連絡で、状況を初めて聞いたらしいですよ。驚きました。
私にはあれだけ詳しく話したのに。家族には何も言ってなかったみたいです。
その後のことは人伝手に聞いたことなので、はっきりとは申し上げられません。
彼の腕については、折れ方が普通ではなかったとか。どう普通ではなかったのかは、私は知りません。
聞き回るのも嫌でしたから。あれについて、詳しいことは。はい。