
IT考古学:日本製の思想(OS)─PIPSという名の夢
それは、文字通りの「偶然の出会い」だった。
それまで、僕がコンピュータを動かすことといえば、雑誌に掲載されたBASICのコードをひたすら丸ごとコピーして入力する作業を意味していた。 まだ、それを実際の仕事にどう結びつけ、どう役立てていけばいいのか、五里霧中の闇の中にいた頃の話だ。
BASICは、Beginner's All-purpose Symbolic Instruction Codeの頭文字。
日本語に訳せば「初心者向け汎用記号命令コード」という。
その名の通り、素人がコンピュータに触れるための入り口だったが、実務で使うには敷居が高く、気が遠くなるような記述が必要だった。
そんな時代に、日本で生まれ、同じように大志を抱く名前を与えられた簡易言語があった。 ―PIPS(PAN-INFORMATION PROCESSING SYSTEM)。 のちに「事務処理用アプリケーションソフトウェア」と呼ばれることになるシステムの先駆けである。
考案者は望月宏氏。長谷川郁祐氏の協力を得て1978年の春から開発が始まり、翌年にかけて瞬く間に世に出ていった。
アメリカで歴史的な表計算ソフト「VisiCalc」がApple II用に発売されたのとほぼ同時期、日本の地でも同じ熱量を持ったイノベーションが産声を上げていたのだ。

当時の常識では、パソコンを仕事に使う=BASICのプログラムを自作することが必須だった。
しかしPIPSは違った。黒い画面に緑で描かれた「表形式」のデータに対して、100個あまりの日本語ベースのコマンドを打ち込むだけで、誰でも簡単に関数計算やグラフ作成、データ検索が行えた。
データを「ページ単位」で管理し、保存や出力を行うその思想は、現在の表計算ソフトとデータベースを掛け合わせた、あまりにも画期的なものだった。
やがてPIPSは進化を遂げる。昭和56年には16ビットパソコン「M416」とともに、独自のマルチタスクOS上で動く「PIPS-Ⅱ」が登場。
翌年にはi8086 CPUを搭載した本格的なマシンへと引き継がれ、CP/M-86や黎明期のMS-DOSと並び、日本のオフィスを支える基盤となっていった。
BASICと同様に、PIPSでもGOTO文やIF文が利用できた。 画面を埋め尽くしていたあの呪文のようなバブルソートの長いコードが、たった「SORT」の4文字で消え去った。あの時の鳥肌が立つような衝撃を、今も覚えている。
BASICでは実務の入り口にすら立てなかった僕が、初めて「会社の仕事をコンピュータで自動化する」という成功体験を味わったのが、このPIPSだった。
当時は、これさえあれば本当に「何でもできる」と信じて疑わなかった。
コマンドのマニュアルすら満足に整備されておらず、サポートに電話しても「仕様書がないので、実際に動かしてやってみるしかありません」と返答されるような大らかな時代。
それでも、それまで手作業で、泥臭く回していた業務が、画面の中で次々とシステム化されていく歓びがあった。
思い返せば、この後に登場する「dBASE」や「Excel」、「Access」といった海外製のスタンダードなツールを、私が登場直後から何の手抵抗もなく使いこなせたのは、間違いなくPIPSによって「データ構造を扱う基礎」を叩き込まれていたからに他ならない。
だが、時代の波は残酷だった。
その後、NECのPC-9801が市場を席巻し、その上で動くBASICプログラムや海外製ソフトが日本のオフィスを塗り替えていく影で、PIPSは静かに、しかし確実に表舞台から姿を消していった。
製造元であったソード株式会社も、昭和60年に東芝の傘下に入り、時代の激流へと飲み込まれていく。
今にして思えば、PIPSの衰退は産業構造の必然だった。
それは、ハードとソフトが分かちがたく結びついた、美しくも閉じた血統の限界。
コンピュータが急速に安価になり、ソフトウェアが牙を剥いて自立していく“オープン化”の奔流を前に、その高潔な思想は、あまりにも早く「過去の遺物」となっていった。
今やITの歴史の地層深くに埋もれてしまった簡易言語、PIPS。
基本ソフトという意味のOSではない。
だが、当時の日本のビジネスパーソンにとって、画面に向かう際の思考の基盤となっていたのは、間違いなくこのPIPSだった。
それは、日本のコンピュータ黎明期の影でひっそりと、しかし熱くエンジニアたちの理想を乗せて疾走した、
もうひとつの「日本製の思想(OS)」だった。
今、政府でも国産のAIをと躍起になっている。
あの頃の熱気は、戻るのだろうか。それとも、あの静かな引き潮のあとに残された、誰も見向かなくなった砂浜の記憶のように、ただ風に風化していくのを待つだけなのだろうか。
僕たちはいつだって、新しくやってくる巨大な波に名前をつけたがる。
かつて世界を塗り替えると信じられたいくつもの技術が、大きな音を立てて私たちの生活に滑り込んでは、いつの間にか空気のように透明になっていった。熱狂というものは、往々にしてひどく気まぐれで、そして少しだけ残酷だ。
IT考古学