
提案が通らないのは、あなたの説明が下手だからではない ― 稟議が止まる本当の理由 ―
社労士開業準備中のともちかと申します。
バックオフィスで働いていると、こんな経験はないでしょうか。
現場の無駄に気づき、調べて、資料を作って、提案する。
しかし通らない。
何度か繰り返すうちに、そもそも提案すること自体をやめてしまう。
私はまさにその状態でした。
前職の総務時代、システム関連の提案は殆ど通りませんでした。
しかも数年かけて諦めた訳ではなく、わりと早い段階で見切りをつけていました。
何度か試せば、通らない理由がいつも同じだと分かってくるからです。
一方、現職では提案がほぼ通ります。
クラウドPBXの導入、ナビダイヤルの契約、生成AIを使ったアプリ開発。
いずれも稟議を経て実現しました。
勤怠システムの再構築にいたっては、稟議すら不要で、相談だけで進んでいます。
提案の仕方そのものは、その時々で変えてきました。
相手や案件に合わせて、伝える順番も、資料の形も調整します。
ただ、判断材料として何を揃えるかという土台の部分は、物流会社にいた頃から変わっていません。
この違いはどこから来るのか。
自分の経験を整理してみたところ、提案が通らない理由は3つの層に分かれていることが見えてきました。
第1層:説明の問題(自分で変えられる)
まず、提案する側で改善できる部分です。
案件ごとに見せ方は変えますが、判断材料として必ず揃えるものは決まっています。
これは現職で身に付けたものではなく、物流会社で庫内改善に取り組んでいた頃から、変えずに持ち続けている土台です。
具体的には、次の4点です。
① 根拠となる数値
「セールス電話が多い」ではなく「5ヶ月間の実測で1日平均29.8件」
体感ではなく記録です。
数字がなければ、そもそも議論の土台に乗りません。
② 費用対効果
削減できる時間を人件費に換算し、導入コストと並べます。
「便利になる」ではなく「年間いくら分の時間が浮き、いくらかかるか」を示します。
③ メリットとデメリットの両方
メリットだけを並べた提案は、かえって警戒されます。
デメリットを自分から出すことで、検討済みであることが伝わります。
④ デメリットへの対策
デメリットを挙げるだけでは不十分で、それをどう抑えるかまで示します。
ここまで揃えて、ようやく判断材料になります。
物流の現場では、この4点が揃っていれば提案は前に進みました。
改善の効果が数字ではっきり出る世界だったこともあり、根拠さえ示せば議論になったのです。
この土台は、前職でも変わらず持っていました。
それでも通りませんでした。
これがこの話の出発点です。
第2層:判断軸の問題(噛み合っていない)
次の層は、提案する側と判断する側で、そもそも見ているものが違うケースです。
前職でよく言われたのが「バックオフィスのシステム導入は費用対効果が見えない」という理由でした。
数字は出しています。
時間の削減も金額に換算しています。
それでも「見えない」と言われる。
今なら分かりますが、これは数字の話ではありませんでした。
相手が見ていたのは「売上にどう貢献するか」で、私が示していたのは「コストがどう減るか」です。
土俵が違っていました。
そして「人力で解決すればいい」という結論になります。
人を増やさず、今いる人が頑張れば、たしかに追加コストはゼロに見えます。
しかしその方法には、金額に表れない代償があります。
それは属人化です。
その人がいなければ回らない業務が増え、引き継ぎが難しくなり、休みも取りにくくなる。
私が目指していたのは「誰がやっても同じ結果になる状態」でしたが、人力での解決はその真逆に進みます。
ここで噛み合っていなかったのは、資料の精度ではありません。
何を守るべきコストと考えるかという前提のほうでした。
第3層:構造の問題(自分では変えられない)
そして、どれだけ工夫しても動かせない層があります。
前職で最も多かった回答は、これでした。
「親会社がその仕組みを導入していない」
「導入を判断するのは親会社だから」
この時点で、議論は終わりです。
数字を足しても、対案を用意しても、判断の権限が目の前にありません。
説得すべき相手が、その場にいないのです。
子会社に限らず、似た構造はどこにでもあります。
決裁までの階層が多い、前例主義が強い、担当役員が変わると方針が変わる。
いずれも提案者の力量とは無関係に、提案が止まる要因です。
これは説明の工夫では突破できません。
なぜ現職では通るのか
では、現職で何が違うのか。
正直に書くと、私の努力による部分は限定的です。
理由1:決裁までの距離が近い
中小企業の利点だと思います。
提案する相手と決める人が同じか、間に一人いる程度。
話が伝言で薄まらず、その場で判断まで進みます。
理由2:一人総務という立場
経営層は、担当者レベルの細かな業務まで把握していません。
誰がどこで何分使っているかは、実際にやっている人間にしか分かりません。
その業務を一人で担っている人間が、根拠となる数値を示して提案する。
この組み合わせには、それ自体に説得力があるようです。
反証できる人が社内にいない、とも言えます。
理由3:判断する側が、従業員の負担も天秤に乗せてくれる
これが最も大きいかもしれません。
同じ「効率化」の提案でも、それを何の為の投資と捉えるかは会社によって違います。
この整理から言えること
改善提案が通らない時、多くの人は自分を責めます。
説明が下手だった、資料が足りなかった、押しが弱かった、と。
しかし実際には、第1層を完璧にしても、第2層と第3層で止まることがあります。
そして第3層は、担当者にはどうしようもありません。
だから、最初に見極めるべきは順番です。
順番としては、まず第3層を確認します。
決裁権が社内にあるか。
この提案を判断できる人と、直接話せるか。
ここが塞がっているなら、いくら資料を磨いても徒労に終わります。
次に第2層を疑います。
相手が何を守ろうとしているのかを聞く。
コスト削減の話が通らないなら、その会社にとって重要なのは別の何かです。
売上か、顧客への影響か、現場の混乱を避けることか。
それが分かれば、同じ提案でも言い方を変えられます。
前回のナビダイヤルの記事に、こんなコメントをいただきました。
数字を揃えても、従業員の負担と顧客への影響とでは、判断する側が重く見るものが違う。
そして、何を優先するかを共有することには難しさがある、と。
まさに、この第2層の話です。
提案の精度を上げるには、資料を磨く前に、相手と「何を優先するか」をすり合わせておくことが欠かせない。
いただいたコメントで、改めてそう気付かされました。
実際、ナビダイヤルを入れても、会社が支払う人件費そのものが無くなる訳ではありません。
前職は、1クッション置くことで将来の売上につながる機会を失うリスクを重く見たのだと思います。
一方、現職は、電話応対の負担を減らして本来の業務に専念してもらうことを重く見ました。
どちらが正しいという話ではなく、優先するものが違っただけです。
相手が何を優先しているのかが分かったら、そこで初めて第1層を整えます。
数字も費用対効果もデメリット対策も必要ですが、それは前提条件であって、決め手ではありません。
相手の優先するものに沿って揃えて、ようやく判断材料として生きてきます。
それでも、記録は取り続けたほうがいい
前職の5年間、私の提案は殆ど通りませんでした。
システム関連の正式な提案は、早い段階で控えるようになりました。
ナビダイヤルについては、稟議で通らなかった後、セールス電話が多い日には「入れて欲しいですね」と、雑談の中で軽く持ちかけ続けていました。
それでも、記録を取ることだけはやめませんでした。
それが無駄だったかというと、そうでもありません。
数少ない提案で断られた理由と、取り続けた記録。
その両方から、何が判断を左右するのかが見えてきました。
今こうして整理できているのは、その経験があるからです。
そして環境が変われば、同じ提案が通ることもあります。
現職での実績は、前職で温め続けたものの延長線上にあります。
通らなかった提案は、消えた訳ではありません。
手元に残しておけば、いつか出せる日が来るかもしれません。
バックオフィスの効率化や生成AIの実務活用について、引き続き発信していきます。
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