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Photo byterrakei07

「“正論”は正しくて危険なナイフだよ」【96歳おばあの呟き】

    あんた、誰かを「正しい言葉」で言い負かして、スカッとしたことはあるかい?

    もしあるなら、ちょっとだけ気をつけなきゃいけないねぇ。

    人間っていうのはね、
    「自分は正しい」と思っている時が一番「残酷」になれる生き物なんだ。

    自分が100%正しいと信じ込んでいる時、相手を追い詰めるその言葉は、もう言葉じゃなくて鋭いナイフそのもの。

    それも「正義」っていう名前の、磨き抜かれた厄介なナイフだよ。

    そしてそのナイフは外側の傷じゃなく、決して見えない相手の「気持ち(内側)」を傷つけている、とっても怖くて危険なものさ。

    正論っていうのはね、大抵の場合、ぐうの音も出ないほど「逃げ道」がないんだよ。

    確かに、相手が間違っているのはかもしれない。

    でもねぇ、間違っていることを突きつけて、相手の自尊心をズタズタにして、それで一体何が残るっていうんだい?

    相手を正論で刺し殺しても、そこには恨みや憎しみ、怒り、悪いものしか残らないよ。

    ばあちゃんも96年生きたが、「正しさ」なんて時代や場所でコロコロ変わるもんさ。
    昔は正しいとされていたことが、今じゃとんでもない間違いだって言われる。

    つまり、「正しさに完璧な正解なんてない」っちゅーこと。

    価値観は人それぞれ。
    そんなあやふやなもののために、目の前の生きた人間を傷つけていいわけがないんだよ。

    本当に賢い大人はね、相手の間違いに気づいても、それを「正論」で刺したりは絶対にしない。
    むしろ言葉にせずに飲み込んだり、「まぁそんなこともあるよねぇ」と茶化し、逃げ道を作ってあげたりするもんさ。

    それが本当の意味での「優しさ」ってもんじゃないかと、ばあちゃんは思ってるけどねぇ。

    だから「正しい」ことより「優しい」ことを選べるようになりなさい。


    正しさなんてものは、自分の胸の中にだけ静かに持っていればいい。

    見せびらかすように正論のナイフを振りかざし、無暗に誰かを血だらけにするよりも、相手が少しでも楽になれるような「適当な嘘」や「曖昧な言葉」を差し出せる人の方が、ばあちゃんはよっぽど偉いと思うし、ばあちゃんはそういう人が好きだねぇ。

    改めて、あんたも自分のナイフを手入れしながら、その刃を見つめ直してみな。

    以前は気付かなかった自分が、今ならそこには映ってるかもしれないよ。


    ばあちゃんから最後にひとこと

    『正論』は味の濃すぎる調味料みたいなもんでねぇ。
    使い方によってはもちろん効果があるけど、ぶっかけすぎたら料理が台なしになっちゃうよ。

    相手を言い負かしたくなった時は、一度深呼吸して、自分に聞いてごらん。

    『私は相手を正しさで切りつけたいのか、それとも温かさで守りたいのか。どっちだろう?』ってね。

    なんでも白黒はっきりつけるのが人生じゃない。グレーだって絶対に必要さ。赤も青も、色なんてあればあるだけいい。

    相手の色を理解し合う。たったそれだけの話さ。

    世界には何十億人もいるってのに、白と黒だけの世界なんて味がなさ過ぎるじゃないか。


     
     
    96歳のおばあちゃんの、何気ない独り言や会話を「世界に届ける遺言」として記録に残しているコンテンツ。 96歳のおばあはデジタルに弱いので、ライターである孫が執筆しております。 読んだ人の気持ちが、少しだけ温かくなりますように。

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