
「世の中は“不平等”という平等で成り立っている」【96歳おばあの呟き】
そうだよ、あんたも分かってるね。
この世の中は何も平等じゃない、
むしろ「不平等」だらけさ。
ばあちゃんがそう思ったのは、結構早かったよ。
だって、そもそも生まれた瞬間、「よーいドン」の場所からして全員が違うじゃないか。
家が裕福な子もいれば、その日の食べるものに困る子もいる。 足が速い子、勉強がよくできる子がいれば、その一方ではどれだけ努力しても、体が弱くて思うように動けない人だっている。
前にも言ったけどねぇ、努力すれば、それが必ず報われるということはない。
努力しても報われない人はごまんといるし、大して努力もしないのに、するすると階段を登っていく人もいる。
ばあちゃんもね、そりゃ「なんであの子だけ」とか「どうして私ばかり」って、空を見上げて神様を睨みつけてやったことが何度もあるもんさ。
人は生まれながらに不平等。
生まれた時からねぇ、人は「自分の手札」を持ってくるのさ。トランプのようにね。
そうなると当然、自分の手札はハートやスペード、エースからキングまで色んな種類になる。
それは人によって違う。持ってる枚数もね。
まずここで一つ勘違いするのが、「手札が多いと有利」「数字が高いと強い」という考えが生まれてしまうこと。
そうするともう「不平等」を感じてしまうねぇ。
でも待ちな。
そのカードか強いか弱いかなんて、誰も決めていないんだよ。
「自分の手札が弱い」と決めたのは、あんた自身さ──。
この世界には、「52枚全てを持ってる人間」なんて絶対にいないよ。必ず持っていないカードがある。誰しもがね。
ある意味、そこだけが唯一の「平等」かもしれない。
だから大事なのはねぇ、隣の人の手札を覗き込んで「いいな」と羨むことじゃない。
今、自分の手の中にあるハートのA、クローバーの7、ジョーカー、なんでもいい。その自分の手札をどう使って遊ぶか。
それこそが最も重要で、
その“カードの切り方”が自分の人生になるのさ。
不平等だからこそ、自分だけの「工夫」と「個性」が生まれる。
お金がないなら、得るように知恵を絞る。
才能がないから、人と違う才能を見つける。
辛い思いをしたから、誰かに優しくなれる。
そうやって必死に考えて、もがいて出した答えこそが、あんたの「味」になるんだよ。
ないものねだりは時間の無駄。
だから自分が持ってる手札で、自分だけの役を揃えな。
それこそが、不平等に勝てる唯一の方法だよ。
それに案外ね、人の幸せの「合計」は同じかもしれないよ?
あの子はあんなに輝いて見える。
あいつはあんなに楽しそうに成功している。
だけど実際、人の心の奥底までなんて、誰も見えないもんさ。
大きな光を浴びている人には、それだけ深い影が落ちていたりするし、 何もかも持っているように見える人が、誰にも言えない孤独に震えていることもある。
ばあちゃんもそういう人を何人も見た。
他人と比べて「平等じゃない」「幸せじゃない」と嘆くのは、根本的に比べ方がズレてんのさ。
平等はないし、幸せっちゅーのはね、「他人との比較の先には、絶対に落ちていない」んだよ。
世の中が平等じゃないと言うと、なんだかネガティブに聞こえるだろう。
でもねぇ、それは裏を返せば、「あんたは誰かのようにならなくていい」ってことでもある。
立派な成功者の真似をしなくていい。
皆と同じペースで歩かなくていい。
だって元からこの世界、人間は全員不平等なんだから、ただあんたはあんたのやり方で、あんたの歩幅で生きていけばいいだけじゃないか。
例え自分の手札がどうしようもなく使えないものでも、
そん時は神様がくれたその手札を見ながら、 「よくもこんな使えないもんをくれたねぇ(笑)」って、神様に余裕ある態度で笑い返してやりな。
そんで、神様にその自分の手札を見せびらかせながら、こう言ってやるのさ。
「ほら、あんたが配ったこんなカードでも、私はこれだけ面白い役(豊かな人生)を揃えてやったよ」
ってねぇ。
間違ってもあんただけじゃないよ。この世に不平等を感じているのは。
皆がちゃんと、不平等を感じてるのさ。
そうだよ。
皆がちゃんと、平等にね。
最後に、ばあちゃんから一言
世の中は不平等。
それは冷たいようだけど、逆を言えば、あんたが「誰かの代わり」じゃないっちゅー証拠でもある。
人と比べて、自分を卑下しちゃいけない。
配られたカードが何であれ、それをどう愛でて、どう使い切るか。
その歩みこそが、あんたという人間を一番輝かせるんだよ。
不公平なこの世界で、あんたが今日まで懸命に生きてきたことを、ばあちゃんは分かってる。だから自信を持ちな。
それでももし自信を失ったら、そん時はまたここにおいで。
ばあちゃんが待っててやるから。