
今日、母が死んだ
何かしら書いてたら 自分を保てる気がしたのでとにかく書いた2日間の日記。
2026年1月30日
Aujourd'hui, maman est morte.
今日の日記の冒頭はこれしかない。これで決まり。
今日、母が死んだ。
明日にはおそらく亡くなります、と主治医から電話があった昨夜はボブディランを聴いてワイン一本空けた。実家に帰る荷造りはしないまま寝た。今朝はむくんだ顔でのろのろ起きてスーツケースを引っ張り出した。なんかもう別に急いで行かなくていいよなと思った、喪服をたたみながら。25年前にニナ・リッチで母に買ってもらった喪服がまだ着られる。自慢できることはそれぐらいしかないダメな娘でごめん、と母に謝る。
中央線。四谷あたりで弟からLINEが入る。「母の呼吸が止まったようです」とある。12:30。朝イチの新幹線に乗っていれば間に合ったんだろうなあ、と思う。ひとごとのように、思う。訪問看護師呼んで確認してもらいますわーとのメッセージに「ありがとうね」と返して、間に合わんかったなあ、と続けて打った。
お腹すいたなあ、と思う。 恋人が死んだ夜にカツ丼食べたくなった、っていう小説なんだったかなあとぼんやり考える。考えながら新幹線ホームの15号車付近のお弁当屋を目指す、ワインも売ってるし。梅おにぎりとワイン、あたたかいほうじ茶を買う。おにぎり食べてお茶を飲んで、気づいたら寝てた。なんかすっきり。新大阪駅16:00着。
実家のマンションの部屋は12階なのに10階で降りていて、チャイムを押したところで知らない苗字の表札が目に入った。すんません、と口の中で唱えてスーツケースゴロゴロ引きずってエレベーターに戻る。
ゆるいピンポンダッシュしてもうたやんけ、とひとり笑う。ピンポンダッシュしてもうたけど、もう母には叱られない。
今日、母が死んだ。
***
2026年1月31日 昨夜は怒涛。葬儀屋に電話。父の知り合いの僧侶が読経しに来るというので部屋を掃除。
簡易の祭壇とドライアイス持って夜9時に駆けつけてきた葬儀会社の男性の雰囲気が何となく気になってインタビューモードのスイッチが入るのは職業病。何十年も長距離トラックの運転手だった、という彼の話を興味深く聞く。霊柩車、学校の前を通ってはいけないというルールがあると聞いてほおお、とうなる。死は、ひとに多くを教えてくれるのになあ。
葬儀屋も僧侶も帰って、弟と飲んだ。日付が変わっても飲む。スパークリングと白ワイン、あいだに魔斬を挟む。こないだ友だちと飲んで美味しかった日本酒。
今朝。
8時半、頭痛い。二度寝。9時、チャイムが鳴る。葬儀屋さん来訪。顔洗う時間すら無いけどどうでもいい。昨日着てたセーターに5秒で着替えてリビングへ。 通夜と葬儀の打ち合わせ、2時間。
わたしと母親との最後の会話は去年のクリスマスで、体のつらさや苛立ちやら不安やらを抱えた母は、「あんたなんか葬式にも来んでええわ」と言い放って、わたしはもういっぱいいっぱいで、そのまま東京に戻ってきてしまったのだった。いくらなんでも、他の別れ方があっただろうと思う。母が来なくていいと言ったその葬式をわたし主導でプロデュースするなんて、仕返しみたいなもんだ。
母が好きなモーツァルトのレクイエムを流したいと僧侶にも交渉して了承を得た。祭壇の花も、ええやつに決めた。父親が「そこまでせんでええ」と言った湯灌もやると押し切った。あの人は旅行好きだったから旅支度はきちんとキレイにしたいに決まってる。わたしにはわかる。ええカッコしいでもあるしな。葬儀費用は予算オーバー。
母の携帯の通話履歴をたどって、友人関係に電話しまくり逝去を知らせる。長電話に次ぐ長電話。父親の元気が明らかに無くなってくる。5分おきに「先に逝くのはずるいわ」とつぶやくから、なんかあったかいもん食べよか、鍋とか。と声をかける。白菜あるし。「なんやもうストレスでなあ、久しぶりにタバコでも吸いたいわ」「買ってきましょかね、マイルドセブン?」と聞いてから、父が40年前に吸っていたそのタバコの名前はとっくに変わったよな確か、と思い出した。「いや、キャメルの1ミリがええな」父がタバコを吸うのは久しぶりでもなんでもないことを、隠れてずっと吸い続けていることを、わたしはちゃんと知っている。
朝から顔を洗わないまま午後7時。どうでもいい。生まれてはじめてすっぴんでスーパーに行く。関西スーパーのテーマソング、無駄にしゃれてる。おかん関スーのポイントカードみたいなん持ってたな、とレジで気づく。帰ったらお財布覗かしてもらお。
家に戻ったら父親が昔の写真を引っ張り出している。「ドンドン処分していこうと思てな」とゴミ袋を広げはじめたから、いやいや今日の自分の精神状態を信じたらあかん、ちょっと落ち着こう、と笑って見せる。写真だけは二度と戻ってこないから。鍋できるまで、ちょっと待ってて。