
第九話 - 衝撃の一言から始まった、部屋探しの日々
「今月いっぱいで出てって」
突然のことすぎて、感情さえ湧かなかった。ホストファミリーはライブを楽しんでくれたはずなのに、それとこれとは別の話らしい。
ホストファミリー曰く、家のリフォームや諸々の修理をするため、もう人を家に泊められなくなったとのことだった。
そこから私は、一人暮らしをするために必要な情報を、片っ端からかき集め始めた。
内見ラッシュと、恐怖の蜘蛛の巣
JAMS.tvというサイトや、現地の入居者募集掲示板を漁りまくった。良さそうな家賃の物件を見つけては、片っ端から内見に向かった。
オーストラリアの家賃は、基本的に週払い制だ。どんなに安くても、週に一度、日本円にして2〜3万円ほどは支払わなければならない。だから現地のアルバイトも、早々に決めておく必要があった。
住みたい街の第一候補は、New Town(ニュータウン)だった。Coldplayがミュージックビデオを撮影した聖地としても知られる街で、シドニーの中でも一際、町中にアート作品や音楽が溢れている、まさに「表現の街」と呼ぶにふさわしい場所だった。
内見に行った物件の中で、一番よく覚えているのは、おそらく一件目の物件だ。支払える家賃の中で安いところを探していたから、多少汚れていても構わないと思っていた。
しかし、その部屋は想像を超えていた。まるで『ハウルの動く城』の冒頭、動くお城の中に足を踏み入れた瞬間のような有様だった。蜘蛛の巣が張り、部屋には窓がなく、洗濯機や物干しは外。床には雑誌やチラシが散乱し、トースターの上にまでゴミが積み上がっていた。
それだけならまだ、我慢できたかもしれない。でも私は重度の蜘蛛恐怖症(アラクノフォビア)だ。部屋の天井に張られた蜘蛛の巣を見た瞬間、一瞬でこの部屋は却下だと確信した。
気に入られすぎた先で
次に内見に行った家は、打って変わってとても綺麗だった。一階には60代くらいのオーナーさんのアトリエがあり、美しい額縁を製作している。その上の階に、日本人女性の先輩たちが住んでいた。真面目そうで、しっかりした人たちばかり。ここなら良さそうだと思った。
——しかし、だ。
私はこのオーナーさんに、気に入られすぎてしまった。
内見の後、「君のことをもっと教えてくれないか」と声をかけられ、アトリエでいろんな話をすることになった。そこから徐々にボディータッチが増えていき、ハグをされたかと思えば、膝の上に座ってくれないかと言われ、それ以外にも明らかにアウトな、危うい要求をされた。
そのほかにもいろんなことを言われかなり執着されていると感じてから気持ち悪さと怖さで、どうにか逃げたい一心で「もうそろそろ行かなくちゃ」と言うと、オーナーさんはこう言った。
「じゃあちょっと待って。君に一番似合う色のお金をあげるよ」
そう言って、握り拳ほどもあるオーストラリアドルの札束を取り出し、100ドル札を一枚、手渡してきた。
全力で断ったけれど、オーナーさんの圧に押されてしまい、仕方なく受け取って帰路についた。
口から心臓が飛び出すかと思った。いつもの3倍くらいの速さで歩いて帰った。ひどい目に遭った、とだけ思った。
たどり着いた、チャイナタウンの部屋
その経験をしてから、内見はかなり慎重にするようになった。
結果として私が住むことにしたのは、Burwood(バーウッド)という、少し治安の悪めなチャイナタウンだった。商店街の一角で、大きな公園が近くにある。一階には中国人オーナーが営む富士フイルムの写真屋さんがあった。
木造の二階建て。案の定、床は軋む。それでも、今まで内見してきたどの部屋よりも二倍以上広く、エアコン付き。窓もあり、家具も揃っていた。かなり古い建物で、カビや蜘蛛の心配もあったけれど、一階のキッチンに長時間いなければ大丈夫、という結論に落ち着いた。
家賃は週に200ドル(だいたい18,000〜23,000円ほど)。かなり安い物件だった。
その直後、シドニー中心地にある有名なラーメン屋さんで、アルバイトもさせてもらえることになった。
順調。そう思っていた。
深夜2時、カサカサという音
深夜2時。
カサカサと、音がした。
次回に続きます。
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