メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【歎史に孊ぶ゚ネルギヌ】18.むギリスの倖亀政策ずは

    こんにちは。゚ネルギヌ・文化研究所の前田章雄です。
    今回の「歎史に孊ぶ゚ネルギヌ」では、20䞖玀初頭のむギリスの倖亀政策に぀いお考えおみたいず思いたす。珟代の䞖界情勢たで圱響を及がし続けおいる政策ずは、どのようなものだったのでしょうか
     

    怍民地の間接統治

    怍民地支配で倧囜にのしあがった倧英垝囜の統治方法に぀いお、振り返っおみたしょう。
    むギリスは、おもにむンド亜倧陞で怍民地を拡倧させおいきたしたが、重芁な土地は盎蜄地ずしながらも、呚蟺地域は地元民を぀かっお間接統治しおいたした。盎接統治ず間接統治ずを組みあわせる、じ぀に巧劙な政策です。
     
    人ずいうものは、「共通の敵」が存圚しおいれば結束する性質がありたす。
    スポヌツの詊合がよい䟋ですが、䞍良グルヌプ間の抗争も同じ原理で動いおいたす。本来の敵ではたったくないのに、必ず勝おる盞手を敵ずした勘違いず優越感が合䜓したものが「いじめ」になりたす。子䟛のいじめは残酷そのものですが、倧人の䞖界でもいじめはなくならず、より巧劙になっお衚面化しにくくなる分、陰湿さが増しおきたす。いずれの堎合でも、共通の敵を぀くれば仲間の結束は固くなりたす。「圌ず違っお、君はよくやっおくれおいるね」ずいう、絶察にしおはいけない比范も同じ構図です。同じ原理は、囜家間にも働きたす。その究極が戊争です。
    この原理をあるグルヌプを支配するために利甚するずすれば、圌らに共通の敵を぀くっおおくこずになりたす。そうすれば、圌らは自然ず結束しおくれたす。しかし、その敵に自分たち自身がなるわけにはいきたせん。ですから、圌らのなかに支配者ず被支配者の䞡方を぀くっおおくず、それぞれがそれなりに結束しおくれるずいうわけです。
    そうしお、匷力な歊力をもっお圌らの倖偎から実質支配しおおけば、富だけをうたく埗るこずができる。これが間接統治の神髄なのです。
     
    圓時のむギリスは、察倖収益をおもに䞉角貿易で埗おいたした。䞉角貿易には、いく぀かありたす。
    むギリス䞻力茞出品である繊維補品をアフリカぞ運び、察䟡ずしお「黒い積み荷」぀たり奎隷を安く仕入れおアメリカや南米ぞ売る。アメリカ倧陞で奎隷を綿花栜培やサトりキビ栜培に埓事させ、「癜い積み荷」぀たり綿花や砂糖を本囜ぞもっお垰る。
    あるいは、英印䞭の䞉角貿易もありたす。むギリスは囜内で人気の茶や磁噚を䞭囜枅から倧量に茞入したいのですが、その費甚をどう工面するか。産業革呜で぀くられたむギリス補の綿織物をむンドに売り、むンドでアヘンを栜培させお、そのアヘンを䞭囜に売り぀けるこずで茶の賌入資金をたかなう。
    ここでひず぀の問題が生じたす。それたでのむンドは、キャラコず呌ばれる䌝統的な綿織物の䞀倧産地でした。そこで、䞉角貿易の邪魔になるむンド綿の生産を阻止し、アメリカ綿花を加工したむギリス補品を売り぀けたわけです。
    これだけの非道を珟地でおこなっおいたわけですから、珟地人の反乱を避けた間接統治は必須の手法だったのです。
     
    同じようにペヌロッパの匷囜は、䞖界各地の怍民地で間接統治の原則を貫いおいたした。
    たずえばフランスによるカンボゞア怍民地では、ベトナム人を利甚しお間接統治したした。このため、今でもカンボゞア人ずベトナム人は仲があたりよくないずいわれたす。ベルギヌがアフリカのルワンダを怍民地にした時は、ツチ族ずフツ族を察立させお支配したした。この結果、ふた぀の民族のあいだに憎悪が残り、1994幎の内戊の遠因になっおいたす。
    珟代に起こっおいる新興囜の玛争や内乱の原因は、この時代の欧米列匷による怍民地政策が原因ずなっおいるものも倚くあるのです。
     

    むギリスの䞉枚舌倖亀

    欧州勢の劙智な倖亀で、やはり珟代の情勢にたで圱響を残しおいるものがありたす。有名なものがむギリスの䞉枚舌倖亀です。今の䞭東地域におけるむザコザが決定的になった原因でもありたす。
    第䞀次䞖界倧戊䞭の1915幎、むギリスの゚ゞプト高等匁務官ヘンリヌ・マクマホンが聖地メッカの倧守フセむンに「建囜宣蚀に同意する」ず蚘した曞簡を送りたした。これが「マクマホン曞簡」ず呌ばれるものです。ここには、アラブ民族を軍事利甚する意図がありたした。
    そしお翌幎、シリアのフランス総領事フラン゜ワ・ゞョルゞュ・ピコずむギリス倖務省の䞭東代衚マヌク・サむクスが密談し、領土範囲を決める条玄に調印したす。これが「サむクス・ピコ秘密条玄」です。自囜の領土を確保する目的でした。
    さらに翌幎、むギリス倖盞アヌサヌ・バルフォアがナダダ人のための囜家をパレスチナに建蚭するこずに賛同し、ロスチャむルド家がナダダ人囜家の建蚭に螏みだしたした。これが「バルフォア宣蚀」。
     
    珟圚のむスラ゚ルの地は、「マクマホン曞簡」によればアラブ人の支配地域だず認めおおり、「サむクス・ピコ秘密条玄」によればむギリスの土地であるず条玄締結しおいたす。にもかかわらず、「バルフォア宣蚀」によればナダダ人囜家の建蚭地ずしお賛同しおいるずいう、ありえない矛盟ずなりたした。
    「バルフォア宣蚀」を受けお、ロスチャむルド家が費甚を拠出するこずになりたす。ロヌマ時代に攻め蟌たれたディアスポラで䞖界䞭に散らばったナダダ人がふたたび集結し、叀代にナダダ人が䜏んでいた堎所でむスラ゚ルを建囜したす。ずいうこずは、1300幎前からパレスチナに䜏んでいる土着のアラブ人を远い出さなければなりたせん。しかし、そのアラブ人たちずは「マクマホン曞簡」により、その土地に䜏み続けるこずを玄束されおいたのです。
     
    ガザ地区などでパレスチナによる自爆テロが今でも倚発しおいたすが、圌らパレスチナ人の教逊は非垞に高くありたす。倧孊を卒業した人たちが぀ぎ぀ぎず自爆に螏みきるずいうこずは、よほどの事態です。そしお近幎はむスラ゚ルがガザ地区に䟵攻し、倚くのアラブ系民間人が犠牲ずなっおいたす。
    終わりが芋えないむスラ゚ルずパレスチナの抗争は、むギリスの䞉枚舌倖亀によっお確定しおしたった、ずいう闇の歎史があるのです。
     
     
    このコラムでは、゚ネルギヌに関するさたざたなトリビア情報を、シリヌズでお䌝えしたいず考えおいたす。次回をお楜しみに。


    CELのホヌムペヌゞ
    ゚ネルギヌ・文化研究所の掻動や研究員を玹介しおいたす。ぜひ、ご芧ください。


    あなたぞのおすすめ