
「ありがたかったです」
勤め先にじぶんのデスクはない。
日によって座るところはまちまちで、パソコンも日替わりだ。
一緒にシフトに入る人の勤続歴や出勤してくるタイミングによって、流動的に席は決まる。
それはまぁいいのだけれど、パソコンのタイプもいろいろで、それもいいのだけれど、キーボードもあれやこれやで、それがけっこうよくない。
職場と自宅のを合わせると、10タイプほどのキーボードのバリエーションにその都度適応しないといけない。
大きさや感触など、キーボードにもいろんなタイプがあるけれど、悩ましいのがキー配置の違いだ。
キーボードによって、Ctrlキーのつもりが、ことごとくFnキーを押してしまうことがある。あらゆるショートカットキーを使いたいタイミングでつまずく地獄。
BackSpaceキーとNumLockキーが隣り合わせだと、NumがLockされがちで、いくらテンキーを叩こうが“無”の地獄。
誤打地獄に空打ち地獄、よくわからんコマンド開く地獄──あゝ阿鼻叫喚。
そんな惨状をしのぐために、あるときから主要なキーに小さくカットしたマスキングテープを貼るようにした。少しでも目印手印になればと。
その際、テープを剥がしやすくするために我々人類がけなげにこさえることでおなじみの“折り返して留める部分”みたいなのもつくると、立体的になって指で触れたときに確信が持てるので、ひと手間かけるのがポイントだ。
今のところ、Ctrlキーを基本とし、半角/全角・BackSpace・Delete……など、キーボードごとに分かりにくいキーへ貼り分けている。
そうして、めいっぱいテープに助けられて退勤時間を迎えると、そうっとテープ各々たちを剥がして、首からぶら下げるピッ(入館証ホルダー?)の裏側に貼っておき、次の出勤時にそこからまた使う。その繰り返し。
だけど、帰るときに時々、剥がすのを忘れてしまう。次の出勤時にまた同じパソコンに巡り会えた折に、貼ったままになってるテープを見つけてあっと思うことが何度か。
そのたびに、他のスタッフさんは邪魔だったんじゃないかな悪かったなすみません……と反省し、繰り返すまいと留意する。
そんなある日。やさしい感じの歌人さんみたいなスタッフさんと初めて一緒のシフトになった。
やさしい感じで一日一緒に働いてもらい、ようやく終わりの時間になる頃、キーボードのマイ☆マステを剥がしながら、聞かれてもいないのに告白した。
「これ、キーボードのCtrlキーとか間違えやすくて貼ってるんですけど、たまに剥がし忘れちゃって……邪魔だったことありますよね。すみません」
すると歌人さんは、
「それ、おーしまさんだったんですね? 僕も分かりづらいなって思ってて、めちゃくちゃありがたかったです」
と、本気トーンで言ってくれた。
ホントかな? やさしいから気遣って言ってくれてるんだろうな……とぬか喜びは自重するものの、これは信じてもいいのかなというくらい本気トーンな言い方だったので、ホントだったらすごくうれしいなと思った。
だってだ、じぶんが良かれと思ってやることが、他人にとっても良いとは限らない。裏目に出たり、怒りをたくさん買ったりしてきた。無駄なことに時間を割かずに作業効率や精度を上げろ、と有り難きご指導を賜ることも。
だから、じぶん仕様のことは人知れずひっそりと、誰にも差し出したりせずに、じぶんのためだけに。
そんなある日の、「ありがたかった」。
歌人さん……!
もしも生まれ変わって同じ小学校の同じクラスになれたら、同じ班になりたい。夏の林間学校とかのキャンプファイヤーで同じ出し物をするグループになりたい。
だけど今世でも、きっと束の間でも、出逢えて本当に良かった。
“うまく”生きていくにはいろんなことをわきまえないといけないんだろうな、と塞いだ気持ちで、ありのままの姿ありのままのじぶんをと鼓舞してくれる超イイ大好きな歌を何べん聴いても、そう思えるようになるのには私の力だけでは及ばなかったけれど、彼の言葉でありのままのじぶんでよかったんだと思えた。(少なくとも対歌人さんにおける当マステの件に限るけど!)
私こそ、本気でありがたかった。