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あなたが私にくれたもの

    感情に限っていえば、ちょっと立ち直れないですけど、村上龍が死んだ。龍さんも死ぬんだ?!なんて小学生みたいな感想(小学生に謝れ)
    あれだけ身体性を説いた作家つかまえて、やっぱりどこかで概念なんだよね、作家って。あたりまえか。ちょっとよくわかりません。(テクスト/コンテクスト)

    こんなに同志がいたんかってくらい氏に関するたくさんの投稿をツイッターを眺め、久しぶりに手元にあるエッセイを読み返してみる。龍に関しては、特にエッセイを好み1995年〜2005年くらいにかけてまあ〜よく読んだ。小説も読んだけど、虚構でもグロテスク過ぎて私には無理だった。龍声感冒やメルマガもひととおりは読んだ。
    ほいで改めて振り返ると、今の自分の仕上がりはなるべくしてこうなったね、と納得に足るくらいにはその哲学に影響を受けており、迷ってきたようで潔いくらい一本道だった。やだ恥ずかしい。
    徹底して、「依存するな」「自立しろ」「自分の主権を他人に委ねるな」「現状打破しろ」「いろいろ見て自分で決めろ」みたいなメッセージが根幹だったと勝手に解釈している。

    「退屈なやつらに俺たちの笑い声を聞かせてやる。フェスティバルったい!」

    龍さんが死ぬなんて。うそみたい。なんか一気に自分にも残り時間がない気がしてくる。カンブリア宮殿終盤の、大病したような気配も観ていたし、読者だからこそ「出版業界が潤ってた時代の作家先生よね」と感想することさえあったのに、予想以上にショックがでかい。
    栄枯盛衰、諸行無常感がすごい。
    中田英寿との共著「文体とパスの精度」を読んでいなかったら、今の自分の働き方はできていなかっただろう。
    「13歳のハローワーク」当時、幻冬舎のアルバイトだったという編集者の篠原一朗氏は、今は本屋大賞常連のヒットメーカーこと水鈴社代表だ。
    (彼の追悼文がいちばん泣けた)
    (おとラジ聴いてますッ)
    見城徹と箕輪厚介のYouTubeまで観てしまった。

    吉本ばななと山田詠美で人格形成が完了した15歳くらいから読み始めた村上龍の訃報でこんだけダメージ受けて、どーすんの!って思う矢先、ばななが街録chで「出版社のお金で外国行ったりいろいろしたりしたけど、あんなのまじでどうでもよかった」(意訳)と言い放っていて最高だった。松岡茉優が本を買うYouTubeで「伊藤亜和の結婚式で山田詠美先生と同卓だった」と言っていて、Eimy元気なんだと知った。素晴らしい追悼文を寄せた金原ひとみのインスタには、変わらず美味そうなごはんの数々。林真理子による中村うさぎ新刊書評にもたいへん励まされた。元気だな女の人。今を生きていらっしゃるようお見受けするみなさんが、私を一気に現実に引き戻してくれる。ほいで、こんなときでも腹は減るし、夜は明ける。私も生きる。(なんだこの着地は!)(はからずも、すべての男はなんちゃら感??違うか)

    ところで、紙の本てほんと捨てるべきじゃないですね。バンバン捨てて、後悔している。山田詠美が最高な解説を寄せてるエッセイ文庫本(たしか消耗品シリーズ)が見当たらない。龍さんのはしばらく手に入りにくいだろうから、詠美とばなな、見つけるたびにちょいちょい買っておこうと心に誓う。学生時代のスポンジ的感受性で受ける影響は一生もの説、当時はピンときてなかったけど、あれは本当だった。

    気づいたときには時すでに遅し、みたいな出来事が増えまくる、帳尻合わせ答え合わせのお年頃♡⭐︎♪←わけわからんからせめてかわいくしとけ

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