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40代、オンラインゲームを通じて一生モノの友人ができた話/F-ZERO 99

    はじめに

     私はアラフィフ、三人の子を持つオッサンである。この歳でそんなことをするとはゆめゆめ思わなかったが、とあるオンラインゲームで遊んでいる。F-ZERO 99というレースゲームである。最近はプレイ時間が減っているのだが、このオンラインゲームが私にもたらしてくれたモノについて述べたい。その前に、まず私のゲームに関する経験から触れる。

    わが家にNintendo Switchがやってきた理由

     子どもの頃によく遊んでいたテレビゲーム。いわゆるファミコン世代である。学生、社会人となると自由な時間は少しずつ削られ、ゲームをする時間はなくなり、いつの間にかゲームへの興味自体が薄れるようになった。ニンテンドーDSは大ヒットを受けて購入したものの、最後に買った据え置き機は学生のころ、発売初日に購入したプレイステーション2だった。

     そのうちに結婚し、子どもが生まれ、あっという間に小学生になった。長男はNintendo Switchを欲しがった。当然だ。周りのどの子も持っているのだ。近所の同級生のお宅にお邪魔してはマリオカートやマインクラフトなどを遊ばせてもらっていたようだ。ならば買い与えようかと思ったものの、まず妻が許さなかった。理由はともかく妻はテレビゲームに良い印象を持っておらず、否定的だったのである。

     そのころ私はゲームをしていなかったが、自身のゲーム経験を振り返ると、自分なりの目標を設定し、一人で黙々とプレイすることを通じて集中力が養われていたと思う。ロールプレイングゲームの感動的なシナリオに涙したこともあった。私と同様、我が子もそのような素敵な経験ができるのではないかと思う反面、中毒性のあるゲームとなれば時間を溶かすということもわかっていたので、与えなくて済むならばそれでよいと割り切っていた。

     そんな中、私の心を揺り動かす二つの「事件」が起きた。

     第一の事件は、子どもが近所の同級生の「お泊まり会」に呼ばれなかったことである。Switchを持ち寄って遊ぶとのことだった。近所の同級生4家族のうち、我が子だけである。私の心とは裏腹に本人はケロッとしていたのだが、本心を知る由はなかった。が、Switchを持っていないため共通の話題に入りづらかったのが理由かもしれないと思った。かわいそうだ。
     第二の事件。子どもが自分の小遣いでマインクラフトの攻略本を購入した。本体もソフトも持っていないのに、だ。あまりに不憫である。これが決め手となった。そろそろいいだろうと妻をやんわりと説得し、秋の運動会を終えた翌日、ご褒美としてSwitchを購入したのであった。2019年の秋である。

    F-ZERO 99との出会い

     Switchを入手すると子どもとマリオカートで遊ぶこともあったし、私自身も気になっていたゲームをいくつか購入してプレイした。久しぶりのゲーム体験であった。ゼルダの伝説の新作を夜な夜なプレイして、週末になると深夜1時、2時まで夜更かししてしまうこともあった。40歳を過ぎてもゲームを延々とプレイする「体力」が残っていたことに、純粋に驚いた。ゼルダはほんとうに偉大なゲームである。

     2023年9月。私のプレイが「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」のエンディングに近づいていたころである。かつてスーパーファミコンのローンチタイトルであったレースゲーム「F-ZERO」が、なんとオンラインのバトルロイヤルレースへと生まれ変わり「F-ZERO 99」としてリリースされるとのニュースをたまたま目にした。これは私にとっては驚くべきことであった。というのも、先述の「目標を設定し、黙々とプレイして集中力を養った」のはF-ZEROだったのである。

     スーパーファミコン発売当時、そして今でも、任天堂の看板といえば、やはりマリオだ。私もマリオの新作をひたすらに楽しみにしていた。ところがこのF-ZEROは従前のレースゲームとは一線を画していた。疾走感あふれるレース、エキサイティングなレースを彩る近未来的な音楽、アメコミ調のクールな世界観。何もかもがファミコンのゲームとは違っていた。ゲーム雑誌「ファミコン通信」で最も辛口のレビュワーが10点満点を与えていたのがその証左であろう。新作マリオを二週間ほどでクリアしたのち、どっぷりとはまった。

     このゲームで最も流行したのはタイムアタックである。入門的なコース(MUTE CITY I)で2分を切ることが初級から中級プレイヤーになるための一つのゲートであった。ハイレベルプレイヤーとなるとゲーム雑誌に投稿してタイムを競っていたようだが、私自身それには興味はなかった。それでも毎日のようにタイムアタックを繰り返した。当時は中学生だったが、毎日何度なく走りこんで1分59秒1あたりまで出した記憶がある。自己ベストを更新するためには一つのミスも許されず、自分との闘いである。これが私の集中力の土台となっていると勝手に思っている。また、調子の良いときは好タイムを連発するもので、画面と自分が一体化する感覚、いわゆる「ゾーンに入る」という体験もできた。

     しかし悲しいかな、F-ZEROは「グランプリ」というメインの遊び方では、ライバルマシンは全てコンピューターであった。二人での対戦すらできなかった。オンライン対戦なども当然なかった。なにせネットワークは「パソコン通信」と呼ばれていた時代である。
     さて、F-ZERO 99は、リリース当日にダウンロードした。任天堂のオンライン会員は無料で遊べるのだ。しかし、昔取った杵柄と思っていながら、オンラインでの対人対戦だと?…なんとこのゲームは99台でレースをするという恐ろしい設定なのである。

     そもそも私は、ゲームというものは一人で黙々と遊ぶことが中心だった。あれだけ大ヒットしたストリートファイターIIもやらなかった。これまた大ヒットしたダービースタリオンも、手塩にかけて育成した馬どうしを対戦させるブリーダーズカップには一切興味がなく、自分の箱庭で満足していた。そもそも対戦は性に合わないのである。せいぜい対戦したのは、友人とのファミスタか、妹とのぷよぷよ程度で、カジュアルに遊ぶことが私のゲームスタイルである。

     リリース初日はダウンロードのみにとどめた。翌日ティアーズ オブ ザ キングダムのエンディングを迎え、それからF-ZERO 99をプレイした。…純粋に面白い!F-ZEROの(現代となっては)レトロな雰囲気を残しながらも新要素が盛り込まれ、バトルロイヤルならではの一発逆転もある。走力とレース展開がガッチリ噛み合って1着となった時の快感。たった1人の勝者と、98人の敗者。プレイ時間が次第に増えていったのは必然だった。

     ハンドルネームも決めた。「おきらくごくらく」という若干ふざけた名前である。これは90年代に放送されていた「ウゴウゴルーガ」という人気番組に出演していた子どもがオープニングに叫ぶ決め台詞で、それをたまたま思い出したというだけだったが、日々の仕事を終えた一日の気晴らしに、肩の力を抜いて遊ぶスタイルにはマッチしていると思った。

    オンラインゲームがもたらした予期せぬ恩恵

     オンラインゲームではあるものの、相変わらず一人で黙々と遊んでいた。画面には様々なプレイヤーのハンドルネームが表示される。毎日遊んでいるうちに、強いプレイヤーの名前がわかるようになった。どうやっても勝てない人がいる。追いつけない。YouTubeに参考動画があるのではと検索すると、その上級者の解説動画が投稿されており、大いに参考になった。通算10勝に到達するのがやっとの頃、YouTubeのサムネイルには「勝率3割(爆死も3割)」という動画が並んでいた。「勝率3割?私なんて2%もないぞ?」。とんでもない世界である。

     このゲームにはグランプリモードがある。5レースの連戦である。これにエントリーするとロビーに集合し、人数がそれなりに揃うか(99人揃わない時がある。その場合はコンピューターが残りを埋める)、一定の時間を迎えるまで待つのだが、妙に人数が多かったり参加者のレベルが高かったりするときがあった。全くもって歯が立たない。2, 3レース目で規定を満たせず失格になってしまう。これは一体なんだ?調べてみると、YouTubeなどを中心にオンラインでライブ配信する方がいて、それに合わせて視聴者がエントリーしていることを知った。恥ずかしながら、そんな世界があるとは知らなかったのである。いろいろな配信者の方がいて、視聴者がコメントを残して交流していた。楽しそうだ。…いや、楽しそうだが、一定のコミュニティがすでに構築されているようにも思えた。今さら入れるのか。そもそも話が合うのか。もういい歳のオッサンだぞ?

     遊び始めてから5か月たったころ、意を決し、とある配信にアクセスして挨拶をした。「おきらくごくらくさんも強い方だ」と別の視聴者からコメントをもらった(この方は、今では私がSNS上でたいへん懇意にさせていただいている方である)。とてもうれしかった。それ以来、この配信者のライブにはほぼ毎回遊びに行って数々のプレイヤーと仲良くなった。ほぼ休眠アカウントだったX(旧Twitter)でも相互フォローの方が増え、レース以外での話でも日々交流させていただいている。

     まさかこの歳になって友人ができるとは思わなかった。これがF-ZERO 99というオンラインゲームが私にもたらした予期せぬ恩恵と思っている。かつて孤独なタイムアタックを中心にして、オフラインでもほとんど対戦ゲームなどしなかった私が、である。オフラインだろうがオンラインだろうが、人と人は交流するという人間の営みには変わりはないのだ。日々の交流に感謝である。そんな中、人生初の「オフ会」に参加するきっかけを得た。これについては次回書こうと思う。

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