
【創作大賞応募エッセイ】東京、ダッシュ!
6月某日午前11時12分、私の乗った特急「あずさ」は、東京駅に滑り込んだ
今日はいよいよ、5回続いた「ミッション」の最終日である。
さてミッション遂行までにはしばしの時間。せっかくだから、東京駅周辺を楽しもう。
東京駅南口改札を抜けて、左方向へ歩き出す。目指すは『東京国際フォーラム』。「はとバスのりば」の建物の脇を直進し、やがて東京国際フォーラムの巨大なガラス棟が現れた。その巨大さ美しさに圧倒されながら「へぇー」と心の中で声を上げている。
お昼前だからか、人通りはそれほどではない。キッチンカーが3、4台、開店準備を進めていた。
前方に白く大きい石のオブジェを発見。見た目のぷにぷにさに思わず触れたくなった。しかし待てよ。勝手に触っても良いのだろうか?私は伸ばした手を止めた。触れた瞬間、どこからか警備員が飛び出してきて「お縄」です。何てことになったら大変だ。
ニュース番組で「田舎から出てきた初老の女性が勝手に芸術作品に触れ…」そんなの絶対に嫌だ。
しかし「作品に触れないで下さい」とはどこにも書いてない。が「ご自由にお触り下さい」ともない。どうしよう…。そんな私にふと妙案が降ってきた。ハンカチを落とすのだ。そして拾うタイミングでさり気なくオブジェに触れるのだ。よし、これで行こう!いざ実行である!
私はコンマ1秒ほど作品に触れ、その場からダッシュで立ち去った。
まるで、昭和の映画のワンシーンのようなことを、日本最大級のコンベンション&アートセンターでやっている。令和の時代にである。私って一体…
もしどこかに隠しカメラがあったら、絶対怪しい人物と思われただろう。久々のダッシュのせいか、それともどこか犯人感を免れない後ろめたさからか膝がガクガクと笑った。私の顔は真剣そのものなのに。
そのうえ私は、完全に方角を見失ってしまった。ここは飲食店の路地裏だろうか?換気扇から脂ぎった煙が生温かく漂ってきた。足早に右や左の角を曲がっていると前方に「有楽町駅」の文字が見えた。よし、「東京ミッドタウン日比谷」は近いはずだ。でも私には東西南北、まるで見当がつかない。スマホの地図アプリを見ても矢印はとんでもない方向を指していて、私はその場でグルグル回ってしまう。
グルグル回ったその先に、交番とお巡りさんを発見した。私はそのお巡りさん目指して突き進む。先ほどまでのオブジェを触った、触らない問題はもうどこかに飛んでいた。
「すみません、『東京ビッグサイト』に行きたいのですが…」おずおずと訊ねた。
「東京ビッグサイトですか? うーんちょっと待ってくださいね」と言い交番の中に入っていった。その言葉にはかすかに地方訛りのような響きがあったと思う。
私は勝手に想像する。たぶんこの若いお巡りさんは地方出身者なのだろう。そしてこの大都会東京の交番に配属になった。もしかしたら私よりこの辺の地理にも詳しくないのかも知れないんじゃないかと。
すると、お巡りさんは交番の中から、1メート四方くらいある大きなベニヤ板を抱えて出てきた。その板には地図か描かれていた。右手で地図の中心部を指すと「いいですか、現在地がここだから…」と話し始めた。
ちょっと待ってください!ここは真昼間のJR有楽町駅前である。多くの人々が行きかっている。私は誰がどう見たって百発百中、道に迷った田舎のおばさんである。
やめて、やめて下さい、お巡りさん。もうちょっと簡単にメモ帳かなんかに書く位な説明でお願いできませんか?ご親切には感謝いたしますが…
そんな私の心の声がお巡りさんに聞こえるはずもない。
「もう一つ先の突き当りを左に曲がるとバス停があるからそこからバスに乗って…」
「えっ!バス停!?」私は聞き返す。「徒歩圏内じゃないんですか?」
お国訛りのあるお巡りさんは、きっとまだこの辺の地理に詳しくないのかも知れない。
「えー!?ここから歩いては行くのはちょっと…」ともごもごしている。
私は
「そこにはゴジラがいるんですよ。日比谷公園のちかくですもん。いくらなんでもバスには乗らないでしょう?」
道も分からない田舎者のくせに、ちょっと強気の私である。
「ゴジラ…!??」お巡りさんの板の上の指が止まった。
「もしかしてお母さん、『東京ミッドタウン』に行かれるんですか?」と私の顔を覗き込む。
私は勝ち誇ったように首を大きく縦に振る。(さっきから、そう言ってるじゃん。もうしっかりしてよ!)未来ある若者のためにその言葉は飲み込んだ。
「だって、おかあさん
『東京ビッグサイト』って言ったから…」
「えっ!?」
そ、そんなぁ…。
『東京ビッグサイト』と『東京ミッドタウン』
ちょいと待って下さい!
ツーっと変な汗が流れる。
似てる、似ていすぎるじゃあないか!
東京の次にカタカナ6文字。しかも小っちゃい「ッ」の入る位置さえ一緒だぞ。
完全ノックアウトだ!
何でこんな似た名前つけるんじゃい!
「……あれぇ、そんな事言いましたかぁ」私は1秒でも早くこの場を立ち去りたかった。しかしお巡りさんは、親切に丁寧に教えてくれた。
私は赤べこのように赤面し、赤べこのように首を振り、お礼を言った。
オブジェとは別の意味でダッシュである。そしてゴジラとの対面をはたす。
ゴジラが少し笑っているように見えたのは、気のせいだろうか?
私は東京ミッドタウン日比谷に入り、エスカレーターで6階の屋上庭園「パークビューガーデン」を目指す。
ドアを開け、庭園に足を踏み入れる。
整った芝生と木々たち。少し強い風が快い。
今朝のニュースで九州地方に台風が上陸しそうだと言っていた。被害が出ませんようにと思いながらベンチに腰を下ろした。
日比谷公園や皇居の美しい景色が一望できる。ビルの中にこんな空間がある不思議。ここも東京なのだ。
先までのドタバタの自分を俯瞰してみる。何やってんだ、私…
まぁ、本当はそんな自分も嫌いじゃないけど。
私はきっとこれからも、こんな風に日々を重ねていくのだろうなぁ。
深くゆっくりと深呼吸を繰り返す。大都会で浄化されていく。
いかん、いかん。なんだか、やり切った感に浸ってしまった。
本当のミッションはこれからなのに。
がんばれ、私!
ありがとう、東京!
田舎とはちょっと違う、都会の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
ミッション遂行の、目的地まで、あと少し。
私は迷わず慌てず、それでもダッシュする。