メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byavenue24

会社を辞めると決めた日、とんかつを食べた。

    のれんをくぐるだけなのに、罪悪感があった。 メニューを開く前から、頭の中にはフルコースの小言が並んでいる。

    「そんなん食べたら太るよ」
    「ちょっと高いんじゃない?」
    「そんな贅沢許されると思ってる?」

    私の頭の中には、町内の自治会長を30年ぐらいやっていそうな、世間体と常識をこよなく愛するおばさんが住み着いている。しかも頼んでもいないのに、四六時中メガホンを握りしめているのだ。

    運ばれてきた黄金色のとんかつに、ソースをたっぷりとかけて口に放り込む。 サクッ、と衣が鳴り、濃厚な脂の甘みが広がった。

    うまい。なんてうまいんだ。

    噛み締めるたびに、頭の中のおばさんが「きぃー」と悔しがりながら小さくなっていく気がした。自分の「食べたい」という本能に、何年ぶりかで100点満点の自由を与えてあげられた。

    そもそも私がこの店に吸い込まれたのは、その数時間前、会社のミーティングブースで私の「からだ」が前代未聞のストライキを起こしたからだった。

    ことの始まりは、昨年秋に会社が発表した40歳以上を対象とした早期退職制度だ。会社側はやたら否定したがるが、どう見ても「お金あげるんで、おっさん・おばさんは早く辞めてください」な制度である。

    心は「やーめーたい!」とシュプレヒコールを挙げていた。リモート中心だった勤務形態から出社が義務化され、通勤した日はどっと疲れて子どもの話を聞く余裕すらない。定年まであと20年以上、このペダルを漕ぎ続けるイメージが全く持てなかった。

    しかし、私が一歩を踏み出そうとすると、脳内おばさんがメガホンを最大音量にして怒鳴り散らす。

    「世間的にはいい会社じゃないの。辞めてどうすんの!」
    「40過ぎたババアが正社員を手放したら、次なんてないわよ!」

    なお、おばさんの言う「世間」が具体的に誰を指しているのかは、最後まで分からなかった。けれど私はそのマシンガントークに圧倒され、出口のない回し車をカラカラと永遠に走り続ける、思考のハムスターと化していた。

    SNSを開けば、タイムラインにはフリーランスとして輝く人たちの姿がある。胸の奥がチリチリと焦げるような嫉妬が湧き起こる。私もあっちに行きたい。でも仕事を辞めた後、何をやって生きていけばいいかわからない。

    あまりにも悩みすぎて胃に穴が空きそうだった私は、一か八か、ヒプノセラピー(催眠療法)というものを受けてみることにした。怪しい。もの凄く怪しいけれど、背に腹は変えられない。 怪しげな催眠の中で引き出されたのは、幼児期の古い記憶だった。実家は世間体を何より重んじる家で、私は家庭の経済事情のなか、金食い虫と罵倒されて傷ついていた。

    その瞬間、頭の中のおばさんの声が誰なのか分かった。

    母だった。

    あの甲高い声。まくしたてるような言い方。 私は40を過ぎてなお、実家から遠く離れたオフィスのデスクで、頭の中の母親に「世間体が悪い」「この金食い虫」と叱責され、怯え続けていたのだ。大企業にしがみつこうとしていたのは、優秀な社員になりたかったからではない。ただ、頭の中の母親から合格点をもらいたかっただけだった。

    翌日、私はいつものように出勤した。ミーティングブースでPC画面を見つめていると、また脳内の母が囁く。「あんたみたいな無能は、大きい会社にしがみついているのが一番なんだから」。

    その瞬間、からだが猛烈な反抗を始めた。

    ドクドクドク、と心臓が早鐘を打つ。キーボードに置いた手が、自分のものではないみたいにプルプルと震え出した。会議の相手の声が、急に水の中にいるみたいに遠くなる。頭は会議を続けようとしていた。でも、からだはもう、とっくに席を立とうとしていた。

    (ああ、私の身体は、もう1秒もここにいたくないんだな)

    そう自覚した瞬間、ストンと腹が据わった。あんなに怖かった「退職」の二文字が、するりと喉を通った。だから私は、その足でとんかつ屋へ走ったのだ。

    会社を辞めて、生活に大きな余白が生まれた。 まず、料理をする余裕ができた。そして、8歳になる息子が話しかけてくる回数が増えた気がした。 いや、違う。息子は前から、こんなに話していたのだと思う。正確には、私がようやく聞くようになったのだ。

    会社員時代の私は、時間も心のキャパシティも常にマイナスだった。息子に対する口癖は決まって「とにかく!」「いいから早く!」の二択。気がつけば、息子自身も何かを要求するときに「とにかく!」と語気を強めるようになっていた。鏡のように、私の焦りを映し出していたのだ。仕事のストレスに圧迫され、時には子どもの存在そのものを、私の時間を奪うノイズとして疎ましく思うことさえあった。

    息子が話しかけてくる内容は、だいたいがポケモンの技や、最強王図鑑のバトルといった、どうでもいい話だ。正直に言って、私は今でもその話に1ミリも興味がない。 かつては音速でスルーしていた話を、今は相変わらず興味はないままだが、「へー、そうなんだ」「それが強いんだね」と、彼の目線に合わせて最後まで聞く余裕がある。

    天気のいい日に、息子と川沿いの緑道を自転車で走る。 会社員時代の脳内BGMが「おばさんの説教」だったことを思えば、子どもの声を聞いている今は大出世だ。

    もちろん、将来やお金の不安を思うときりがない。 でも、向かい風の中で笑う息子の背中を見ていると、不思議とペダルは軽かった。 たぶん、風向きが変わったんじゃない。 漕いでいる私が、少しだけ変わったのだ。

     
     
    キャリアブレイクして大学院の科目等履修生になった元ワーママ。早期退職、40代人生再設計のリアルを綴っています。メンタルケアができるAIアプリを開発中。夫・子の3人家族。 Amazonのアソシエイト参加中

    あなたへのおすすめ