
可愛い女の子に会いに行ったはずが、人生を変えるものに出会った日
みなさんには、自分の人生が変わったと思えるほど、一生夢中になれる何かに出会った「最初の日」はありますか?
あとから振り返ると、「あの日がすべての始まりだった」と思える日。
僕には、そんな一日があります。
あの日、18歳だった僕は、可愛い女の子と出会うためにある場所へ向かいました・・・
みなさん、お元気ですか?
「Oldies Live Houseを永遠に!」を勝手に推進している、あさがおひであきです。
このnoteでは、1950〜60年代のアメリカを、生演奏とダンスで体感できる空間「Oldies Live House (OLH) 」について発信しています。
近年、そのOLHの数は少しずつ減っています。
だからこそ、この場所の魅力を一人でも多くの人に知ってもらい、「一度行ってみたい」「また行きたい」と思ってもらえることが最高に嬉しいです。
今回は、そのすべての始まりとなった、僕が初めてOLHへ足を踏み入れた日の話をさせてくださいね。
今から約30年前。
18歳だった僕は、BLANKEY JET CITYやZIGGY、横道坊主などのジャパニーズバンドの曲が大好きでした。
その一方、洋楽にはほとんど興味がありませんし、「Oldies」という言葉すら知りませんでした。
また、恥ずかしがり屋で、運動神経には自信がない。
特に「ダンスなんて、自分には一番縁がないもの」本気でそう思っている若者でした。
そんなある日、当時働いていた会社の先輩が声を掛けてきました。
「ひで!今度の週末、合コンあるけど行くだろ?」
その頃の僕は、長く付き合っていた彼女と遠距離恋愛の末に別れたばかり。
その失恋を忘れたくて、休みになると合コンやナンパに燃えていました。
だから返事は即答で、
「もちろん行きます!」
ところが、先輩が続けた
「場所は横浜でバンド演奏があって、飲んだり、食べたり、踊ったりしながら楽しめるところなんだって」
の中にあった、「踊る」一言で、僕のテンションは急降下しました。
「いやぁ・・・・やっぱりやめます」
「そういえば、お金もないので・・・」
本当は、お金がないことなんて理由じゃありません。
踊るような場所に自分がいると想像しただけで、怖くて恥ずかしくなったんです。
そんな僕を先輩は二つの言葉で説得しました。
一つ目は、
”その日は先輩が僕の分をおごる”
そして二つ目。
”Kさんが連れてくる女の子たちは、毎回めちゃくちゃ可愛い”
その結果、僕の心を動かしたのは二つ目でした。
「可愛い女子たちが来る」
今こうして振り返ると、本当に単純だったなと思います。
でも18歳なんて、そんなものですよね。
参加すると決めた瞬間から、頭の中はもうバラ色でした。
「もしかしたら、最高に可愛い彼女ができるかもしれない」
「今度こそ失恋を忘れられるかもしれない」
そんな妄想ばかり膨らませながら、週末を待っていました。
あの日、自分の人生を大きく変えるものが待っているとも知らずに。
そして、いよいよ合コン当日。
僕は仕事が終わると、当時住んでいた寮まで猛ダッシュで帰宅しました。
まずはお風呂に入り、そして鏡の前で何度も服を合わせます。
「あれじゃない」
「これでもない」
当時の僕なりに、一番モテそうな服を真剣に選んでいました。
そんなことをしていると、今回誘ってくれた先輩が部屋へやってきました。
「ひで、今日行くところはサンダルは禁止だからな。ビーサンなんか履いてくるなよ」
「はい、分かりました!」
そう返事をしながらも、僕は心の中で思っていました。
(いやいや、俺はもともとビーサンなんて履かねーよ!)
ちなみに、当時のOLHでは
・サンダル
・短パン
・Tシャツ
・金髪
・サングラス
などが入店禁止の店もありました。
もちろん、そのときの僕はそんなことは何も知りませんし、自分なりに考えた「可愛い女の子たちにモテるため」のベストな服を身にまとい、先輩の愛車180SXに乗り込みました。
先輩は当時、箱根でなかなか有名な走り屋だったので、車内では先輩の運転を観察するのが好きでしたが、その日は「可愛い女の子」で頭がいっぱいでワクワクしながら先輩と話をしていました。
そして横浜駅西口でKさんと合流。
このときの僕はKさんと、ほとんど話したことがありませんでした。
同じ会社ではありましたが、従業員も多く、顔は知っているけれど話したことはない。
そんな距離感でした。
しかも職場で見るKさんは、どちらかというと寡黙な人。
大勢で笑いながら話している姿も、ほとんど見たことがありません。
だからこの日も、
「合コンをセッティングしてくれた人」
くらいの認識しかありませんでした。
もちろん、この後、僕がこの人に大きな影響を受けるなんて思うはずもありません。
そのKさんの後について歩いていくと、たどり着いたのは「ムービル」という建物でした。
映画館がいくつも入ったビルです。
「ライブハウスって、映画館の中にあるの?」
少し不思議に思いながら、エスカレーターを上がっていきます。
そして、一軒のお店の前で足が止まりました。
重厚感のある入口。
中は外からほとんど見えません。
少しだけ緊張しながら、僕は店内へ入っていきました。
その瞬間です。
今でも鮮明に覚えています。
薄暗いけど心地よい白熱灯の光がキラキラした照明。
そして、今まで嗅いだことのない、不思議な香り。
あとになって知りましたが、あの香りは、バーボンとポマードが絡み合った香りでした。
それまで18年間生きてきた僕の世界にはなかった匂いです。
その匂いと光が絶妙に絡み合い、僕は異空間に足を踏み入れたような感覚になっていたと思います。
そして席へ案内され深みのある赤いソファーに座りました。
女性陣とは現地集合になっていたのですが、まだ来ていなかったので、とりあえず男性陣だけで乾杯し飲み始めました。
でも僕は、まったく落ち着きません。
店の中をキョロキョロしていると、Kさんが笑いながら話しかけてくれました。
「どう?こういうところ、大丈夫?」
「もう少ししたら女の子たちも来るからさ」
その優しい一言で少しだけ緊張がほぐれてから、しばらくすると、店内の照明がゆっくり落ちていき、さっきまで聞こえていた話し声も少しずつ静かになり、みんなの視線がステージへ集まりました。
そしてスポットライトが点いた瞬間、一気に世界が変わりました。
ステージに現れたのは、豪快なリーゼントに派手なスーツを着た男性ボーカル。
その後ろには、ギター、ベース、サックス、ドラム、ピアノ。
さらに、アーミー風の衣装をまとった女性ボーカル。
僕が今まで一度も見たことのない世界が、目の前に広がっていました。
人生で初めて観るOldies Live。
その記念すべき一曲目は、後になって知ることになる、フォー・シーズンズの「Sherry」でした。
高い声で歌うキーボード。
心地よいハーモニー。
でも・・・・・18歳の僕は、
「なんだ、この曲。ずいぶん退屈だな」
そう思っていました。
今では笑ってしまいます。
30年以上も聴き続けることになる曲を、最初は退屈だと思っていたんですから。
今では「Sherry」を聴くたびに、この時のことを思い出します。
人生って、本当に分からないものですよね。
一曲目が終わると、少しテンポの速い曲が始まりました。
すると、一人、また一人と席を立ち始めます。
みんなステージの前へ歩いていき、自然に踊り始めました。
最初は若い人だけかと思いました。
違いました。
20代も。
30代も。
僕の父と同じくらいの年齢、もしくはそれ以上の人も。
みんな笑顔で踊っています。
誰も恥ずかしそうにしていません。
ただ、楽しそうにみえました。
ダンスなんて絶対に無理と思っていた僕にとって、多くの人が踊っているその光景はメチャクチャ衝撃でした。
そして、店の中が段々と変わっていくように見えたんです。
いや、変わったのは店ではなく、僕の心だったのでしょうね。
・バンドの演奏
・笑顔で踊るお客さん
・接客している店員さん
・料理や飲み物
・店内のあちこちに見えるレトロなもの
そこにあるものすべてが、キラキラと輝いて見えてきたのです。
言葉ではうまく説明できませんが、僕は完全に心を奪われていました。
おそらく、この瞬間から僕は放心状態のようになっていたように思います。
だからなのか?1曲目のSherry以外の曲は、どんな曲があったのか、まったく覚えていません。
そんな中、ようやく待ちに待った女の子たちが到着しました。
「Kさんが連れてくる子は可愛い」
その評判どおりでした。
みんなおしゃれで、本当に可愛かった。
数時間前までの僕なら、きっと大喜びしていたと思います。
でも、その日の僕は違いました。
女の子たちが自己紹介をしてくれても、話しかけてくれても、どこか上の空。
頭の中は、さっき見た光景でいっぱいでした。
そのため先輩や女の子の振りにも、ほとんど無表情で返すばかりで、ボーっとしていて愛想のないヤツになっていたと思います。
実際、この時の女の子たちと別の機会で会った際に、
「初めての時、あんた感じ悪いヤツだったよね!」、
「別人?あの日なんかあったの?」というようなことを言われました。
それもそのはずです。
あの日の僕は、女の子ではなく、OLHに心を奪われていたのですから。
そして、しばらくすると次のライブが始まりました。
また自然と人が踊り始めます。
その時、一人の女性がKさんへ声を掛けました。
「Kちゃん、踊ろう!」
そして、Kさんが立ち上がり踊り始めました。
その踊りは「カッコイイ」だけでは表せないほど衝撃的で、僕は身体に電流が走ったかのように痺れました。
当時の、このライブハウスにはOldiesのダンスチームが沢山いて、数人で同じ踊りを合わせるのが主流でしたが、Kさんの踊りは他人と合わせなくても目を引いてしまう、周りとは異質の踊りでした。
しかも、Kさんが踊る場所はステージの目の前ではなく、いつもあまり人がいない隅っこみたいな場所。
それでも自然に人を惹きつける圧倒的な魅力が、Kさんの踊りにはありました。
その日までほとんど話したことがなかったKさんに、僕が憧れを抱いた瞬間でした。
そのKさんのおかげで、今の僕はYouTubeで「Oldiesダンス」の配信をやるようになりました。
その踊りのほとんどは、Kさんが教えてくれたステップが土台になっています。
ぜひ、ご覧ください。
☆あさがおひであき・チャンネル
結局、あの日の僕は女の子と楽しく話すことや、ライブ中に踊ることはありませんでした。もちろん、彼女もできませんでした。
でも30年経った今も、あの日のことは、昨日の出来事のように思い出せます。
それくらい特別な夜でした。
そして、その夜を振り返ったときに、気がついたことがあります。
あの日、僕が家でオールディーズのCDを聴いたり、普通のライブハウスでOldiesの演奏を聴いたりしただけでは、きっとOLHにここまで心を奪われることはなかったと思うことです。
・オールディーズの生演奏
・Kさんをはじめ、踊り楽しむ人たち
・接客している店員さん
・美味しそうな料理やお酒
・心地の良い照明
・店内のあちこちに置かれているレトロなもの
・バーボンとポマードの香り
そして、この時間を心から楽しんでいる人たち。
そのすべての要素が古き良き時代にタイスリップしてきたような、OLHにしかない空間を作りだし、僕の心をつかんだのだと思います。
その結果、僕は「Oldies」ではなく、「Oldies Live House (OLH)」の空間そのものに夢中になったのです。
そして気づけば、僕自身も踊るようになり、たくさんの人と出会い、笑い合い、人生の大切な時間をOLHで過ごしてきました。
あの夜がなければ、今の僕はいません。
大げさではなく、本当にそう思っています。
だからこそ、OLHが年々減っていく現実は、とても寂しいです。
もちろん、時代は変わります。
それは仕方のないことです。
でも、OLHでしか味わえないものがあると僕は信じています。
第二次世界大戦後の古き良き時代といわれる1950~1960年代は、色々な発明や文化が沢山生まれ「世界はこれから豊かになっていくぞ!」と、多くの希望が満ち溢れた時代です。
オールディーズは、その輝いていた時代の曲なので、それを聴いた人の心まで豊かにする不思議なパワーがあると思います。
そんなパワーを持っている音楽「オールディーズ」の生演奏を、その時代にタイムスリップしてきたような空間で楽しめる場所。
それが、「Oldies Live House (OLH)」です。
そして、そのOLHに出会ったことで人生が豊かになった僕のような人が、これからもきっといるはずなんです。
だから僕は願っています。
10年後も。
20年後も。
僕がこの世からいなくなった、もっと先の未来も「Oldies Live House (OLH)」という文化が、どこかで灯りをともしていてほしいと。
今では、初めてOLHへ来た人を見ると、あの日の自分を思い出します。
少し緊張した表情で店に入り、何をしたらいいのか分からず、周りを見回している人。
そんな姿を見るたびに思うんです。
「あの頃の僕も、きっとあんな顔をしていたんだろうな。」
だから、その人が
「OLHって素敵だな!楽しい!また行きたいな!」
そんな気持ちになってくれる、そのきっかけの一人に僕もなれたらと思っています。
昔の僕が、Kさんや名前も知らない誰かを見てそう感じたように。
何年経っても色褪せない思い出がある。
それは、とても幸せなことだと思います。
そして、人生が変わったと思えるほど、夢中になれるものに出会う日は想像もしていなかったところからやってきます。
僕の場合は、可愛い女の子に会いに行ったはずのあの日に、30年経った今も人生を豊かにしてくれる「OLH」に出会いました。
あなたにも、そんな日がありませんか?
「あの日がすべての始まりだった」と思える一日が。
もし思い浮かんだなら、ぜひ大切にしてくださいね。
その一日は、これからも、きっと何度もあなたの人生を彩ってくれるはずです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
読んでくださった皆さんの毎日が笑顔であふれますように。
そして、いつかどこかの「Oldies Live House (OLH)」で、お会いしましょう。