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武士道 第12章 #20 分詞構文であることが理解せられたか

    #20  This view of mental physiology once admitted , the syllogism of seppuku is easy to construct.

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    私の訳:この精神生理学の見方が一度び容認されたら、切腹の論理は構成するのが容易である。

    この文章の前半 This view of mental physiology once admitted は、ちょっとおかしい文章であることに気づかれたであろうか。「精神生理学的な見方が一度認められた・・」となるのだが、それであると受動態の文章にならないといけない。故にこの文章には  is が抜けている。
     とうか、「精神生理学的な見方が一度認められた」だけではちょっと内容から 尻切れトンボのようであろう。
     実際に、全体の訳は「精神生理学的な見方が一度認められたなら」と仮定か譲歩を表す副詞節の言い方になっているし、そうすると後半の文章とのつながりが良い。
     つまりこれは分詞構文で通常の節に直すと
    If this view of mental physiology is once admitted となるのであろう。
     このようなことを精密に考えながら訳を考えるのが英文解釈であると思うのだが皆様はいかが思われるだろうか。

     いや、私がちょっと懸念しているのは・・・昨今・・・
     英語といえば、皆、というか、特に若い方は・・英会話、だという。
     英文を読む、となると、簡単な文章を短時間で大量に読みさっと文意を取るのが良いのだ、という。おそらくTOEICで得点を取ることを想定しているだと思うが・・・

     英会話も大量の文章をざっと読むことなど大事ではないとは言わない。
     ただ、一番大事なのは、文章を時間をかけても良いから正確に訳することが大事ではないかな。特に勉強ということになるとこれが一番大事だろう。

     野球に例えると・・・
     甲子園に行くのだ、プロになるのだ、と頑張れば、だ。
     150キロのすごい豪速球を投げるピッチャーもごろごろいるし、彼らを打ち込まないと、甲子園もプロも難しい。
     となると、勢いピッチングマシーンの球速を速くするとかして、速い球を打つ練習をしようとするが、もう一つのやり方がある。
     むしろ100キロ、120キロのちょっと遅めの球を確実に芯で捉えて打つ練習を繰り返す。
     これも重要な練習で、実は、駒大苫小牧高校はこの様な練習を重視して甲子園大会を制したのである。
     文章をじっくり読むことが、速読や英会話にもの通じる道だと私は思うぞ。

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