
胸の奥にラップした感情がほどける物語ー「#台所のあるところ」感想ー
最近の深夜ドラマといえば、『サレ妻』のようなドロ沼復讐劇が人気だ。
サレた側が徹底的に制裁を下し、視聴者の日頃の怒りや鬱憤をスカッと晴らしてくれる。
一方で、自分の好きなものを一人で好きなだけ食べる。そんな孤独の心地よさを描く『孤独のグルメ』も根強い人気がある。
スカッとしたい。でも癒やされもしたい。
そんな相反する気持ちを抱えながら、私も時々、ドラマ好きが集うSNSをのぞく。同じ感想に共感したり、思いもよらない考察に唸ったり、ときには「少し落ち着こうよ」と苦笑いしたり。人見知りの私にとって、顔も名前も知らない誰かとのそんなやり取りは、「会話って楽しいんだ」と思える時間でもある。
第175回直木賞候補作品となった、『#台所のあるところ』も、そんなSNSを舞台にした物語だった。

架空の30分深夜ドラマ「台所のあるところ」をきっかけにつながる、世代も境遇も異なる五人の女性たち。
劇中ドラマは、『サレ妻』ほど痛快ではないし、『孤独のグルメ』ほど癒やし一色でもない。それでも、人の弱さも温かさも丁寧に描かれ、最終回まで見届けたくなる魅力がある。
何より心に残ったのは、登場人物たちの「今」が、そのまま私たちの「今」に重なることだった。
同棲中の恋人との価値観の違いに悩む若者の今。
反抗期の子どもを育てるシングルマザーの今。
子どもが巣立ち、自分のこれからを考え始めた主婦の今。
土地に縛られ、自分のこれからの人生を憂う高齢女性の今。
誰もが、それぞれの「今」を懸命に生きている。
だからこそ、その悩みは読者にも寄り添い、そっと背中を押してくれる。
原田ひ香さんは、日常を驚くほどリアルに描く。そして、ときにゾクッとさせ、最後にはかすかな救いを残してくれる。
でも私が一番好きなのは、その先だ。
胸の奥に何重にもラップを巻き、洩らさないように、匂わせないように閉じ込めていた感情が、少しずつ緩んでいく。
そして、自分でも気づかなかった思いが、ふわりと匂い立つ。
「それ、言われたくなかった。」
そんな本音が、胸の奥から洩れてくる。
その余韻は、苦くて痛い。
だからこそ愛おしい。
癒やしだけでは終わらない。
人間の弱さも温かさを描いた、この人間ドラマを丸ごと味わいたい人にこそ読んでほしい一冊だった。