
思い込みという名の呪いー『多類婚姻譚』感想ー
"飛ぶ鳥を落とす勢いの作家"といえば、凪良ゆうではないだろうか。
2020年に『流浪の月』、2023年に『汝、星のごとく』で本屋大賞を受賞。さらに『汝、星のごとく』は横浜流星と広瀬すずのW主演で映画化され、2026年10月9日に公開予定だ。
もちろん、わたしも何冊も読んでいる。
なかでも『汝、星のごとく』は印象深い。愛し合いながらも、すれ違いによって離れ離れになってしまう二人。その切なさに胸を締めつけられた。
少女漫画で育った人なら、いや、恋に憧れたことのある人なら、一度くらいはこんな身を焦がす恋をしてみたいと思うのではないだろうか。
本の向こうから読み手の私たちへ、ズキューン♡
凪良ゆうは、そんな読者の心を射抜くのが本当にうまい。
しかも、狙うのは恋心だけではない。
現代社会を生きる女性の息苦しさや、生きづらさを、さまざまな角度から描き出す。だからこそ、多くの読者が「わかる」と頷いてしまう。
読者の心を外さない、まるでダーツの名手のような作家だ。
そして、『多類婚姻譚』もまた、その一冊だった。

セクシュアリティ、ジェンダー、金銭感覚、世代間格差、育った環境……。
価値観の異なる人たちが交わる社会のなかで、「結婚」という制度を通して、人と人との違いを描いていく物語だ。
正直に言えば、わたしはもう結婚をテーマにした作品にはあまり興味がなかった。
それでも、第175回直木賞候補作と知り、手に取った。
すると、こんな一節に目が止まる。
「どれだけ社会人としてがんばっても、結婚という一点をクリアできない限り永遠に合格点をもらえないのは理不尽だと思う。」(本文より)
ああ、そう思っていた時期が、わたしにもあった。
結婚していないというだけで、どこか一人前ではないような気がしていた。時間が経っても、その思い込みは完全には消えていない。まるで呪いのように心のどこかへ残っている。
だから、この一文はきっと同じ世代の女性たちにも深く刺さるのだろう。
「それ、それ!」そんな声が聞こえてくるようだった。
一方で、読み進めるうちに気づいたこともある。
最近、会社で受けたハラスメント研修では、「インシビリティ(職場での無礼な態度や配慮の欠如)」について学んだ。
たとえば、挨拶を返さないことや、人の話を遮ること。
わたしは「声が小さくて聞こえなかっただけかもしれない」「話を止めないと議論が脱線すると思っていた」と、自分なりの理由を持っていた。
でも、それはあくまで"わたし側"の事情だ。
相手には相手の受け取り方がある。
『多類婚姻譚』が描いているのも、まさにそこだった。
自分では当たり前だと思っている価値観も、相手から見ればそうではない。自分の正しさは、誰かにとっての正しさとは限らない。
読み始めた頃は、どこか「若い人の話だろう」と少し距離を置いていた。
読み終えたとき、揺さぶられていたのは若者ではなく、わたし自身の思い込みだった。
価値観は、一方向から眺めるだけでは見えてこない。
だからこそ、自分の考えを疑い、相手の立場にも目を向けることが大切なのだと思う。
傷つきながらも、迷いながらも、自分の人生の舵は自分で握る。
そんな当たり前だけれど忘れがちなことを、静かに思い出させてくれる一冊だった。