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自分の居場所はどこにある?――若林正恭『青天』感想

    オードリーの若林正恭による初小説『青天』が、第175回直木賞にノミネートされた。

    売れている作品だとは知っていた。だからこそ、逆に読まなかった。直木賞候補になったと聞いて手に取る私は、少し拗らせているのかもしれない。

    若林さんはインタビューで「おじさんに向けて書いた」と語っていたそうだ。でも、この作品は「拗らせたおばさん」にもちゃんと届いた。

    なにが届いたのか。
    それは、「自分の居場所を見つけると、人は自由に生きられるようになる」ということだ。


    総大三高アメフト部の「アリ」こと中村昴は、高校最後の大会で強豪・遼西学園に敗れる。引退後、自分は一流のアスリートにも、優等生にも、不良にもなれない中途半端な人間だと気づく。そして、部活以外に友達がいないことにも。

    アリくんの姿に、私は思わず自分を重ねてしまう。
    私には夫も子どももいない。
    地域のコミュニティにも属していない。
    だから会社以外に、頻繁に会う人がほとんどいない。

    ふと思った。
    私の末路って、「定年退職したおじさん」なんじゃないかと。
    肩書きを失った途端、自分の居場所がないことに気づいて途方に暮れる。そんな人たちと、実はあまり変わらないのかもしれない。

    嫌だ。

    じゃあ、どうすればいいんだろう。
    アリくんもまた、そんな問いを抱える。
    斜に構えていて、自我も強い。
    だからこそ、自分の中途半端さと向き合い、もう一度アメフトに戻ることを決める。

    なぜなら、

    「人とぶつかっていないと自分が生きているどうかわからなくなる。」(本文より)

    からだ。
    一度は引退したチームへの復帰。
    歓迎ばかりされるわけではない。後輩たちとの微妙な距離感。
    遠慮や見栄が入り混じって、本音を言えなくなる感じが痛いほどわかる。

    大人になると、気を遣っていないふりだけは上手くなる。
    本当は気になっているのに。
    本当は聞きたいことがあるのに。


    そんなとき、作中で倫理の先生がこんなことを言う。

    「すっごく簡単に言うと、自分が本当のこと言わないと、他人も本当のこと言わないってことよね、うん」(本文より)

    耳が痛い。わかるけれど難しい。

    自分のことすらよくわからないのに、本音を口にして誤解されたらどうしようと思ってしまう。

    だからアリくんは、まず自分自身と対話する。
    私はそんな彼の内省的な思考が好きだった。


    一方で、本作はかなり本格的なアメフト小説でもある。
    試合や練習の描写が想像以上に多い。
    正直、ルールをよく知らない私にはわからない部分もあった。
    だからといって、丁寧なルール解説があるわけでもない。
    その潔さがむしろよかった。
    細かな戦術を理解するというより、その場の熱量や緊張感を味わいながら読んだ。


    部活に戻り、仲間とぶつかり合いながら、自分の居場所を見つけていくアリくん。
    そして、ほぼ負けるとわかっている試合へ挑んでいく。

    その姿を見ていて心に残ったのが、この言葉だった。

    「こんなクソ凡庸な運動神経で、よくここまでがんばったよ。マジでめちゃがんばった。自分のことが好きってこんな感じかな。」(本文より)

    本作がいいのは、ここを単純な青春や友情の物語にしていないところだ。
    仲間サイコー。努力は裏切らない。
    そんな話ではない。

    自分のことを少し好きになれた人間が、少しだけ自由になれる。
    そんな物語なのだと思う。


    だから私も、自分のことを好きになりたい。
    わたしにとっての新しい居場所。
    書くという居場所。
    誰かとぶつかることを恐れず、自分の意思をもって言葉を紡いでいきたい。

    『青天』は、そんなことを思わせてくれる作品だった。


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    本とドラマが好き♡ 小説やドラマの感想を自分味に料理して紹介しています。 ドラマ感想は、ドラマ視聴後の温度が冷めないうちに、どこよりも早く綴ります。 物語を通して「人間とは何か」を考えるのが好きです。 https://www.instagram.com/olivedayo416/

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