
【よしなし事】なぜだか
最近、自分を奮い立たせる言葉が変わってきた。
かつては「がんばってこう」と、自分にガソリンを注ぐような言葉をかけていたけれど、
今は少し違う。
「あー、めんどくさい」
ふと、この言葉を口にする。
かつてはネガティブな逃げの言葉だと思っていた。
けれど、宮崎駿さんが机に向かい、
身をよじらせながら
「めんどくさい、めんどくさい」と呟き、
あの圧倒的な世界を創り出している姿を知ってから、
私の中でこの言葉の意味が書き換わった。
「めんどくさい」は、
何かに真剣に向き合っている証拠なのだ。
めんどくさいことを積み重ねた先にしか、
辿り着けない場所がある。
だから今日も、
「めんどくさい」と言いながら、一歩だけ、
前に踏み出す。
心が少し尖ったときは、トータス松本さんのように
「それでええねん」と自分を許してみる。
そんな風に言葉で自分を整える日々の中で、
なぜだか、一番私の心を穏やかにしてくれるのは、
自分の言葉ではない。
夕食のあと、息子が満足そうにこぼす独り言だ。
「あー、おなかいっぱい」
凝った料理は作れない、
外食や惣菜で済ませる日もある。
けれど、
膨らんだお腹をさすりながら放つその言葉には、
理屈抜きに
「今、満たされている」という響きがある。
その響きに触れるとき、
なぜだか私は、幸せな気分になる。
偵察も、分析も、未来の不安も、
その一瞬はどこかへ消えてしまう。
ただ、目の前の息子が満たされている。
それだけで、ええねん。