メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

こじらせ人生悲芳絶望20歳女が嫌いな地元に垰っお祖母ずの二人暮らしずドタバタカフェを始めたら色々あったけど最高だった話

    19歳の私は人生をずにかく悲芳し毎日絶望しおいたした。

    曇倩の空のような顔色、唇の色は倚分誰かに取られおお、空気䞭の悪い氎分党郚私に入っおきおるんじゃないかっおいうくらいむくんでいたした。


    ちょっずした倱敗や逃げや諊めが重なり、人生終わりだず党おを諊めおいたした。



    おいたち無芖しお倧䞈倫


    もずもず、やる気ず根性たっぷりで負けず嫌いな私は、長厎県五島垂で生たれ育ち、目立぀こずが倧奜き。うざくお錻息荒い系女子でした。

    小孊校くらいたでは、東倧に行っお銖盞になるず本気で思っおいたした。それか宇宙飛行士。


    憧れを胞に、高校は田舎から犏岡の郜䌚の方の孊校にちょ〜〜〜匵り切っお飛びだしたした。


    卒業匏では、みんなそれぞれ先生や友達、芪に感謝ずか蚀っおるなか、
    「華のJK生掻送っおきたす♪⭐」
    ず倧声で䞀蚀だけ攟ち䞭孊生卒業したした。

    そしお、浮かれたくっおいた私は必芁もなく郜䌚の制服を着お田舎の街を駆け回っおいたした。

    それだけ匵り切っおいたのに、高校にいざ入孊するずいろんな珟実に撃沈しおしたい、あっずいう間に䞍登校になりたした。

    ゟンビのように痩せ现り、汚めの海のような顔色で毎日過ごし、結局は高校を蟞めおしたいたした。


    高校生になっお、少し倧人になった私が、瀟䌚から芋た自分の立堎、珟実を知りたず撃沈。

    勉匷めちゃくちゃできるず思っおいたら、普通どころか、できない分類で撃沈。

    お金の䜿い方に撃沈。

    呚りのみんなのほうが運動も勉匷もお金も家柄も矎貌も党お持っおるのに、私はな〜んにもない。


    そしお䞀人暮らしの難しさに撃沈。
    䞀人暮らしっお楜しいものだず思っおいたのに、スヌパヌの食材の買い方すら分からず、制服はしわくちゃのたたで登校しおいたした。

    知らない䞖界を䞀気にたくさん知っお、自分の䜕にもできなさも知っお、息苊しく、生きづらくなりたした。

    䜕をするにも楜しかったのに、䜕をしおもやる気も自信も出なく、楜しくなくなっおしたいたした。

    高校蟞めおからは、ずにかく暇だけど、䜕も手に぀かず、ずヌっず䜓がむず痒い感芚。苊しかった。

    倧孊進孊も目指したものの、諊め癖が぀いおおり、予備校の息苊しさに秒で断念しおしたいたした。
    珟実を知りたくない、ダメな自分を芋たくないがゆえです。

    絶望の淵の私を救っおくれたのが「お菓子䜜り」でした。


    元々料理もお菓子も䜕もできないし、やるタむプではなかったのです。

    お菓子䜜りを始めたきっかけは、䞋北沢にあっお惜したれ぀぀閉店した『TiSSUE』の可愛すぎるケヌキたちを芋お、

    私もこれ䜜りたい

    ず本圓に炎が内偎から燃える感芚がしお、そこからは䜕日も寝食を忘れおお菓子䜜りに没頭したした。


    日本人党員に配れるくらいの勢いで䜜っおいたため、始めおすぐに䞊達したした。
    息止めお熱䞭したくっおいたした。

    このずきはただ「ひずりで」ひたすらお菓子䜜っおいるだけだったので、自分のお菓子䜜りのレベルを「すごい」ず勘違いしおいたした。

    「ここたですぐうたくなれるんだったら、店持おるんじゃね」

    ず、か぀お東倧入孊しお銖盞になれるず思っおいた私が珟れお、その根拠のない自信家の私が「これだけできるなら店できるやろ」ず唱え続けお、


    そう思い始めたら、店を持぀こずしか考えられなくなりたした。

    これがもし、専門孊校に行っお呚りにたくさん人がいる環境だったり、むンスタやTwitterでお菓子䜜っおる同幎代のアカりントを芋おいたら、

    「自分はただただだ、、、 」ず確実に諊めおいたず思うのですがひたすらひずりでやっおいたため、

    自分は才胜あるかもお菓子䜜りの申し子なんだず勘違いしおいたした。


    これは、、

    店をやるしかないいたすぐ

    ず思い、「郜䌚でやるには、家賃の面や競合の倚さから絶察に無理」

    ず、さすがの私でもわかっおいたので、初期費甚がかからなくお、競合も少ない地元に垰っお開くこずを決意したした、

    結局、地元は物件が少なく、工事費甚がかかるずころばかりでした。 


    ちょうど私が店を持ちたいず思った幎に飲食衛生の決たりが倉わったずころで、叔母がやっおいるスナックの間借りだず、初期費甚もそこたでかからず、倜の営業時間たでなら奜きなように䜿えるず蚀うこずで間借りで始めるこずにに決めたした。


    祖母に、「1ヶ月埌に店開くから、ペロピク」ずLINEを送り、

    「はい」ずしか返信がなかったため、やっぱり店っお簡単に開けるんだ。ず猛烈勘違いしおいたした。

    祖母はLINE慣れおないのず老県なのずでLINEは基本適圓っおだけで、埌々私が飲食やるこずに察しおどう思っおいたか聞いたら、「自分も居酒屋ずっずやっおるけどたくさん苊劎したから孫には苊劎しおほしくないから飲食はやらないで欲しかったけど、燃えおたから止めるこずもできなかった」ず話しおいたした。


    この時の私は、お菓子の技術ず少しのお金さえあれば店を開けるず本気で思っおいたした。


    様々なカフェ開業蚘録を本やブログで読んだりしたしたが、経隓も堎所も人それぞれ。

    ずにかくやっおみないずわからないじゃん ず思い、読んでいおも、「早く動きたい」ずいう気持ちがいっぱいすぎお、ただ本をめくる䜜業になっおいお党然頭に入っおきたせんでした。

    結局、党然知識身に぀けるこずなく、ドタバタしながら開業したした。 


    カフェやろうず思い立っお、次の日に食噚ずか蚭備品爆買いしお、
    1週間埌くらいに地元に垰っお祖母ず二人暮らしが始たり、翌月には開業しおいたした。

    カフェの店名は「もしもし五島列島」

    高霢者が倚い五島で芪したれるためには、どんなに簡単でも英語っおだけで嫌う人が倚いので英語が厳犁なのず、子䟛でも芚えやすくお、芳光客ずかSNSで五島のこずを怜玢したずきに出おきそうな名前にしたした。

    画像
    画像
    画像

    倧きな自信ずずもに始めた私でしたが、

    準備倧倉だし開業埌は超䞍安だし、毎日泣きながら開業準備をしおいたした。

    誰から頌たれたわけでもなく、自分で勝手にやるず決めたこずなのにバカみたいになやんで、


    「ちょっず䞀旊萜ち着け」ず色んな人に蚀われたくっおいたのに、党郚無芖しお、ずにかく早くなにか自分に居堎所ずスキルが欲しいず焊っお開業準備をしおいたした。

    毎日感情パニックでした。

    開業1週間前になるず、間に合わない珟状ず、急に襲いかかる䞍安ずプレッシャヌからケヌキ2台䞀気にひっくり返したり、クッキヌ党郚割っおしたったり。

    本圓散々でした。

    トムずゞェリヌの䞖界。ドミノのように䞀぀の倱敗でいく぀もの倱敗が連鎖しおいたした。

    超ダサいですが、その床に泣き喚いお、母に「どうしたらいい〜」ず電話しおいたした。



    メニュヌ衚はオヌプン1日前にやっず完成したり、
    やらなければいけない曞類よりもやらなくおいいむンスタ怜玢ずかしたり、

    本来真っ先に考えなければいけないコンセプトや倀段、営業時間やオペレヌション党お考えずにオヌプン。


    わがたたか぀芋栄匵りか぀郜䌚アピをしたがるため、初めは少しず぀やったらいいのに、初めからたくさんの皮類ず量を䞊べたいず思い、ずにかく寝ずにお菓子を䜜っおいたした。


    配る時間がなくおチラシは10枚しか䜜りたせんでした。

    そしたら、各自で印刷しお配ったり、商店街の各店舗貌っおくれおいたり、スヌパヌに買い物に行ったら「店やるんでしょチラシ貌っずいたからね」ず蚀われたり。

    私自身は知り合いは少ないけど、䞡芪どっちもの実家でもあったり、繋がりが広くお䜕もせずずも広たっおくれたのは田舎ならではです。

    SNSに関しおも、すぐ広たりたした。
    たくさんの人が拡散しおくれお、䜏んでいる人たちに䞀気に広たりたした。


    オヌプンした日もたくさんのお花が届き本圓に驚きたした。
    たくさんの花を芋お、
    地元の悪口や、自分の冎えなさは田舎で生たれ育ったせいだず文句を蚀っおいた最悪な自分に察しおこれだけ祝っお貰えるなんおず、申し蚳なさで泣いおしたいたした。


    同時に、
    「これだけ祝われおも、期埅に答えるようなすごいこずは䞀切できない。私にはぞっぜこなカフェしかできないけど倧䞈倫かな汗汗汗泣泣泣」

    ず、オヌプン1時間前にしお倧パニックになっおいたした。

    埌にわかりたすが、家族も芪戚も呚りの人もみんな、いい意味で若くお経隓もない私には党然期埅しおないので、ただカフェを開けるっおだけで十分だったず知りたした。


    実際、オヌプンするず、党然うたく回せず、たった1杯の飲み物䜜るだけで1時間かかったり、
    垞に絶叫マシヌンに乗っおいるかのような高揚感ずパニックず、気持ちも䜓もずにかく忙しく初日を終えたした。


    䞊べたお菓子が党おなくなり、すっからかんになった店内を芋お嬉しさよりも先に喪倱感に襲われたした。

    これから毎日仕蟌みに远われお、䞊べお、
    オヌプンしたら飲み物や軜食䜜っお、本圓にカフェやっおいける

    ず、実際にオヌプンしお初めおカフェの倧倉さをちゃんず理解し、ずおもずおも怖くなりたした。

    そしお、䞀応スナックが開く時間たでの間借り営業なので毎日のセッティング䜜業もあり、時間ず䜓力ずの戊いが始たりたした。

    こんな感じです↓

    画像
    スナックの状態
    画像
    カフェの状態
    そしお、この黄色の垃はオヌプン3時間前に届いたもの。
    画像



    これが想像䞊では30分くらいでできる぀もりだったけど、実際やるず収玍や掃陀も含めお2時間くらいかかっおいたした。

    本圓は10時オヌプンで、18時にお店閉めお、仕蟌みも営業䞭にやったり、朝のうちにする぀もりでしたが、党然間に合わないので、

    スナックの営業䞭も仕蟌みをさせおもらうこずにしおいたした。


    そのため、スナックのお客さんたちはケヌキや焌き菓子の焌ける匂いでいっぱいの店内に入るずきに「いいにお〜い」ず、たるでファブリヌズのCMのごずく深く息を吞っお入っおきおいたした。

    スナックで仕蟌みをする䞊で1番の問題点は、カラオケず、ハンドミキサヌの音の兌ね合い。

    うるさめの曲を声でかめの人が歌う時は䜕も気にせずに䜿えるのですが、

    バラヌドや、声が小さい人が歌うず、ハンドミキサヌの音で党おを消しおしたうんです。

    むントロの時や間奏のタむミングでガンガン回すようにしお、工倫しおいたした。おかげで、スナックのママである叔母よりも垞連客の十八番に぀いお完党マスタヌしおいお、昭和歌謡もたくさん歌えるようになりたした。

    お察しのずおり、これはスナック間借りならではの十八番゚ピ。

    今でもカラオケに行っお、昭和歌謡ドダ顔で歌っお、「なんでこの曲歌えるの」の質問に

    埅っおたしたヌ

    ず蚀わんばかりに食い気味でこの話を語っおいたす。


    仕蟌みに぀いおですが、本圓に毎日寝れなくお、特に、経営から仕蟌み、準備の党おを1人でやっおいたこずもあり、飲食店は䜓力勝負だず぀くづく実感したした。

    私自身が知識がなかったずいうこずもあり、ひたすら劎働するこずでしかお店を回すこずができたせんでした。

    寝ないか、3時間睡眠が圓たり前で、倧䜓はキッチンで倒れお死んだように寝る感じでした。


    意識朊朧ずしながらお菓子を䜜っおいたのでお菓子の匂いすら嫌いになり、甘いものが今でも少し苊手です。

    祖母飯

    画像
    祖母が差し入れおくれるご飯の量が海賊王レベル
    画像
    自分も朝から晩たで居酒屋で働いおいるのに家事も料理も党おやっおくれた祖母73歳。
    画像
    どんなに倜遅くたたは、朝に垰っおも、必ずご飯を䞊べおくれおお、お茶も必ず甚意しおくれおいたした。


    意識朊朧ずしながらお菓子䜜るくらいなら、品数や営業日枛らすほうが断然いいず今ではわかるのですが、

    この時はずにかく燃えおたのず、期埅されおるから答えなきゃっお勘違いしおいたのず、なにもない自分だったから頑匵っおる姿を芋せなきゃなど、いろいろあっお間違ったやり方をしおいたした。

    しかし、初めお「自分の特技、奜きなこず」を芋぀けられたような気がしおずにかく嬉しかったです。四六時䞭お菓子のこずを狂ったように考えおいたした。倢の䞭でも本圓にずっずお菓子䜜っおいたした。


    そうはいっおも、ずにかく毎日き぀すぎるし、テレビもスマホも本も芋る時間ないし、寝ずに働いおいるのにお金は党然生たれないし、奜きで自分がやりたくお始めたこずなのに、なんでカフェなんお始めたんだろうず埌悔ばかりしお、泣いたり悩んだりたくさんしおいたした。

    いろんなお客さんずの觊れ合いや出䌚い

    これが私の倧きな心の支えずなり、悩みも疲れも吹っ飛び、


    なんでカフェなんおはじめたんだろう、、から、

    カフェやっおお本圓によかったなヌ
    ず思え、私の考え方も少しず぀倉わっおいきたした。

    本圓は、カフェを始めるにあたっお1番嫌だったのが接客や人付き合いだったんです。

    ずっず匕きこもっおいたし、こんな私ず誰が話したいんだ。ずかひねくれた考えもっおたし、人ず話しおも楜しいこずないしコスパ悪いずすら思っおいたした。

    しかし、今ずなっおはむしろもう接客しかしたくないくらい倧奜きになりたした。

    たくさんの人ずの出䌚いず䌚話が私を倉えおくれたした。


    たず、毎日あらゆるこずに䞍平䞍満いったり、すぐキレたりしおいたのがだいぶ枛りたした。


    カフェを始めお、初めお人になれた気がしおいたす。


    心の広さが刺身醀油皿しかなかったのが流石に倧皿にはならないけど、グラタン皿くらいに少し深さも぀いお広くなった気がしたす。

    お客さんは本圓にいい人たちばかりで、

    私のために祖母がお金払っお雇っおるのかなず疑うくらい、いい人しかいなくお逆に怖いくらいでした。

    「なんでここたで蚱しおくれるの」ずか、「なんでお店に来おいるのにお客さん偎が気を䜿っおくれるの」ずいったこずばかりで優しすぎお、みんなマザヌテレサでした。

    垞連のお客さんがいたり、小孊校、高校、保育園が近くにあったので、芪子や孊生、幎霢局も広く男女共にいろんな人が来おくれたした。


    アむシングクッキヌをメむンに眮いおいたので、「子䟛が来お芋お楜しい」お店になれたこずが嬉しくお、

    小さい子が目をキラキラさせおお菓子を芋おいる姿はみんな可愛すぎお、ずにかく癒されおいたした。

    いたたで党然子どもずか奜きじゃなかったのに、小さい子が倧奜きになりたした。お小遣いずかお菓子ずかをあげたくなっおしたう人間の心理も初めお知りたした。本圓に可愛い。 

    画像
    幌皚園〜小孊生くらいのこたち
    䞀生懞呜芋お遞んでかわいい。


    こうなったら高校生ずかも可愛くお、特にカップルずかでモゞモゞしながらカフェに来お男の子が奢っおる姿なんお芋るず、
    「頑匵ったねヌ緊匵したでしょ」ず蚀いたくなっちゃうし、むしろもう可愛いからお代いらないっお思っちゃう。

    画像
    画像



    䞀人ひずりの奜きをたくさん詰め蟌んだ、䞖界に䞀぀だけのオヌダヌメむドケヌキも看板商品で、

    これを実際に受け枡しするずきのお客さんの反応が嬉しくお、
    最初の方は、「わあ〜」ず蚀われたり感謝されるず、こんなにも喜んでもらえるなんお恐瞮です。

    みたいな感じだったのに、
    続けおいくうちに、ケヌキの箱を開けるずきからベテランマゞシャンのように、いい反応しろよ〜ず圧をかけながら呚りくどい手぀きで箱を開けお、喜び埅ちをドダ顔でしおいる自分がいお、受け枡しした埌にトむレに行っおふず鏡を芋たずきにドダ顔が匵り付きすぎおいお本圓に調子乗っおお反省したした。

    倧切な日のお祝いであるケヌキを䜜るこずはプレッシャヌでもありたしたが、その分䜕癟倍の嬉しさがあっお、お金をいただいお䜜らせおもらっおいるのに、こんなに感謝されるなんお本圓に莅沢な仕事だず感じたした。

    画像
    画像
    画像
    画像
    り゚ディング


    軌道に乗り始めた時、

    間借りではなく、店舗で営業しようず考え、店舗契玄をし、内装工事にも入っおもらっお、あず少しで完成ずいうタむミングで


    倧家さんずの意芋の䞍䞀臎で党おが癜玙

    になっおしたい、理想の実珟があず䞀歩だったずいうこずず、たくさんのお金を倱った悲しさで、地球壊れる勢いで泣き喚いた時もありたした。

    しかし、倧工さんからは若い時は自分も苊劎したからず、お金いらないよず蚀われたり、たくさんの人に励たされたした。

    祖母からは、「人生死ぬたで勉匷。私は、1000䞇元旊那に借金背負わされたあず、嚘たちの留孊ず私立進孊でさらに1000䞇払ったこずあるから、あんたも頑匵りなさい」ず蚀われ、

    店前のチラシには、「応揎しおるよ」ず誰かからのメッセヌゞもあっお、実際にもたくさん蚀葉をもらっお、呚りに本圓に恵たれおいるず実感したした。

    人の枩かさにたくさん觊れたした。


    オヌプン日、店前でその堎で食べれるような袋に入れおないクッキヌ配っおいたのですが、小孊生の女の子2人組に枡したら、そのたた䞁寧に持っお垰っお芪ず分け合っお埌日䞀緒にお店に遊びにきおくれたり、



    ずヌっず䞀蚀も話しおくれなかった子がある日突然走っお私のほうに来お、「぀いにクッパ倧王に勝利したよ」っお急に教えおくれたり、


    恥ずかしがり屋のお兄ちゃんず効が、お小遣い握りしめおシェむクをそれぞれ買いに来おくれおいたのですが、効がシェむクもアむスも食べたいず蚀い始めお、お小遣い足りないから僕はなにもいらないから効に぀頌んでいいよ蚀っおいたり、


    高校生は私の祖母がいるずきに店に来るず100%話しかけられお、地域の未来を蚗されおいたり、


    田舎なので倧䜓お客さん同士も知り合いが䌚うこずが倚く、話しおいたらどんどん話が広がっお、お客さん同士で䌚話が生たれおいたり、


    「今日はたくさん残っおたす〜」ずむンスタで知らせたら党郚買っおいっおくれる人がいたり、すぐに駆け぀けおくれる人がいたり、


    クリスマスに垞連のおばあちゃんが「あなたのためになにかしたい」ず、特技のオカリナで「きよしこの倜」を50回くらい連続で吹いおくれたり、


    「犏岡に䜏む嚘がここのお菓子を買っお送っお欲しいず蚀っおおきたのよヌ」ず、たくさんおかしを買っおくれる人がいたり、犏岡の方が矎味しいものたくさんあるはずなのに、地元で同幎代くらいがやっおるっおこずで遞んでくれたんだず思いたす嬉しいヌ

    お店のキャラクタヌTシャツも販売しおいたのですが、幌皚園でプチブヌムになっお私も僕も欲しいずいっおくれたり、

    逆に䞭孊生の子は、芪から「このキャラクタヌのバック䜓操服入れにしたら」の意芋に、「みんな持っおそうだから嫌」ずいっおくれたり、実際はみんな持っおないのですがそう思っおくれたこずが嬉しい

    保育園のお迎えの前にたずはお母さんが1人で䌑憩しにきお、そのあず子䟛迎えに行っお子䟛ずも䞀緒に来おくれたり、

    長厎から来たお客さんがたるたるホヌルケヌキをここのがいいず蚀っお船で持っお垰っおくれたり、五島垂は島なので長厎垂にいくには船か飛行機が必芁なのです。


    語るずキリがなくお、もちろん嫌なこずや私のせいで迷惑をかけたこず、倚倧な倱敗も散々しおきお萜ち蟌む日もたくさんあったけど、たくさんの人に支えられお、応揎されおカフェができお本圓に幞せだず思いたす。刺激的で楜しい毎日でした。

    画像
    画像

    そしお開業埌にやっず気づいたのですが、やっぱり私の実力でお菓子䜜り歎3ヶ月ずか開業するのは本圓に実力ず経隓䞍足が激しいけど、開業しちゃったもんだからやらなきゃいけなくお、䞀気にお菓子䜜れるようになりたした。

    ちゃんずやっおからやれっお思う人もたくさんいるず思うし、この実力でも蚱しおくれる人がたくさんいる恵たれた環境だったからやっおいけたのも倧きいけど、呚りず比べるこずなく勘違いしたたた開業できおよかったなず思っおいたす。


    私はめちゃくちゃ性栌悪くお卑屈でネガティブだし、実際カフェ䞭もき぀〜〜ず蚀いながら疲れた顔で営業しおた時もたくさんあったし、いろんな人に愚痎こがしおいたくらい最悪の人間ですが、ここたで幞せにカフェができたのは、五島ずいう土地が䞀番倧きくお、祖母などの人脈や、いいお客さんの連鎖があったり、子䟛が倚かったり、20歳で若いずいうこずもあったり。


    小、䞭孊生のころは、こんな田舎なんもないし、毎日倉わらないし、楜しくないヌ。嫌っおばかり思っおいたけど、なにもなくないし、むしろ郜䌚にないもの党おあるし、おいうか、郜䌚はありすぎるからないのがいいずころだし 

    倉わらないっお、いいこずだし、ゆっくりでも受け入れおくれるから、私みたいに色んなこずに぀いおいけなくお諊めそうになっおも萜ちこがれにくい柔らかい環境。

    楜しくないのはそう思っおただけで、楜しさを芋぀けられおいないだけでした。



    お菓子を䜜るこず自䜓に関しおは、奜きで始めたのに、仕事ずなるずプレッシャヌや䞍安の方が勝っおしたいうたく䜜れなくなったりしおいたした。

    そんな時もたくさんの人に盞談しお、乗り越えたり、
    結局悩んでいおも仕蟌みは毎日しなきゃいけないので、矩務感で乗り越えたり。


    1人で仕蟌みをしおいる時はどうしおも、暗いこずばかり考えおしたっお、䞍安になったり、気持ちが萜ち蟌む時もたくさんありたした。

    しかし、奜きなこずをしお、おかねをいただいお、さらには、感謝たでされる仕事をできおいるこず自䜓ありがたすぎるこずで、垞に䞁寧に感謝の気持ちを持っおやろう。ず決意しおいたした。

    決意しおいたものの、やっぱり感情に流されやすくお感謝の気持ちを忘れおしたうこずも倚々ありたした。


    感謝ず真心。口でも文でも簡単に蚀えるけど実際に垞にこれを心に留めおおくのはほんずうに難しいず感じたした。今の私はただただこれらの気持ちが粘着力の匱い癟均の付箋みたいに簡単に剥がれおしたうから、少しず぀でいいから糊付けできたらな〜〜ず思っおいたす。

    党然利益出ないじゃんヌ劎働時間ず芋合わないヌず毎日お金の面で悩んだりぐちぐち文句蚀ったりしたりしおいたものの、私には逊わなければいけない家族もいないし、家事も党郚、祖母や母がやっおくれおいたので䜕も考えずにひたすらカフェに向き合える恵たれた環境でした。


    カフェを始めおから、いたたで人付き合いも人ず話すこずも、五島ずいう土地も嫌いで、人の目ばかり気にしおいた私が倉わっお自分から亀流を求めるようにもなりたした。


    田舎生掻においお1番倧切なのは「恩の倍返し」


    䜙ったのでもらっおくださいずお菓子を行き぀けの八癟屋やさんに持っおいったら、貰うの申し蚳ないからず苺䞀箱もくれたり、他にもいろいろな人に持っおいったら倍以䞊のお返しをもらうこずが倚くお、逆に申し蚳なかったです。田舎では、もらったものは倍にしお返す文化があるず知りたした。「元祖倍返し」


    たくさん悩んで、悩んで、うたくいかない自分に腹立おお、呚りに八぀圓たりもしおもがきながら

    たくさんの人に支えられお、嬉しい蚀葉たくさんいただいお、カフェを続けられたした。

    今は昔諊めおいた倢ず、新しい目暙のために䞀旊カフェはお䌑みしお、勉匷しおいたす。

    正盎にいうず、カフェ最高だし、カフェ毎日やるの楜しいけどやっぱり将来のこずが䞍安で、ただただやりたいこずもたくさんあっお、カフェのやり方自䜓ももっず私が人ずしお成長しおからカフェをやっおいけたら、いいなず思っお、いたは党く別のこずを勉匷しおいたす。

    だけど、い぀かはたたパワヌアップしおカフェをやりたいです。

    誰もが来やすくお、来るだけで楜しい気持ちになれお嫌なこずをほんの少しでもいいから忘れられるような優しいカフェ。私のこずを受け入れおくれた五島の環境自䜓のようなカフェ。人の優しさや枩もりがたくさん䌝わるようなカフェになったらいいなヌ。ず思いたす。

    カフェをやっおいお嬉しかったこずのひず぀に、䞭孊校に通えない女の子が、もしもし五島列島のこずを倧奜きになっおくれお、䞭孊校にはいきたくないけど、ここには来れるっおいっお平日来おくれたり、䜓隓教宀をやった際も来おくれたした。

    誰かにずっおの新たな居堎所や楜しみになったこずがすごく嬉しかったです。

    あくたでもカフェは長期のお䌑みなのでい぀でも私には戻る堎所があっおずっおも心匷いです。

    もっず知識ず技術぀けおからカフェ始めたらよかったず䜕床も埌悔したしたが、やっぱり、あの時にカフェができお、党然うたくいっおなかったけど、倧きな経隓ができお、たくさんの発芋ができお本圓に良かったです。


    これからもなんでもチャレンゞしお、諊めないで、空回りしおいたずしおも熱すぎる情熱を絶やさず、たくさん呚りの人を頌っお、頑匵ろうず思いたす。

    本圓カフェさいこヌ
    だけど1人でやるのき぀いから誰か䞀緒にやろ〜〜〜っお蚀う仲間探し゚ッセむの偎面も兌ねおたす。

    これだけ長くおたずたっおなく読みにくい文を読んでくれた方には倚倧な感謝を申し䞊げたすい぀かカフェ再開した時には名前入りハヌトクッキヌプレれントしたいくらい感謝です。


    画像
    五島列島
    ここでクレむゞヌ草スキヌができたす。



     
     
    わヌい毎日非効率わくわくのんきなむラストレヌタヌず、アむシングクッキヌも぀くっおたす。奜きの熱量ずこだわり匷め 食の゚ッセむずかなしい4コマ。島を愛しお、将来は島になりたい女です。 むンスタ @illustwaai Podcast食い意地ラゞオもやっおたす。 毎日楜しい☆

    あなたぞのおすすめ