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考える葦、倒れる葦

    めまいde救急車

    私の名前は、エミー。 江川エミ。
    良かった。意識はある。名前も住所も言える。
    だが安堵は長続きしない。
    数分おきに襲う猛烈な目眩に、思考はすぐ飲み込まれた。
    右手にスマホ。左手にエチケット袋。
    頭を垂れたこの姿は、もはやイスラム教徒の祈りのポーズである。神様、どうか救急車を。

    遠くでサイレンが聞こえる。
    ああ、あれは私のアンビュランスだ。
    きっと私を助けに来てくれる。
    そう思った瞬間、音は遠ざかった。
    違うのかい。
    私のじゃないのかい。
    目眩で倒れながらも、心の中では盛大にツッコむ。
    月曜の昼下がり。
    私は路地裏でうずくまりながら119に電話し続けていた。
    ところが繋がらない。
    20コール。
    切る。
    また掛ける。
    繋がらない。
    こんなことは初めてだった。
    3年間で6回目の救急車要請。
    経験者の私が言う。
    今日は異常事態である。
    私が倒れたのは、駅から近い割には静かな路地だ。
    これをラッキーと思うのかどうか、余裕はない。
    そんな私の前に、ピンクのスニーカーが現れた。
    「大丈夫ですか?」
    ありがたい。
    本当にありがたい。
    だが私には靴しか見えない。
    顔を上げると世界がフラフープのように回るのだ。
    私はスマホ画面を差し出した。
    ほら。
    救急車呼んでます。
    理解して。
    ジェスチャーで会話する瀕死の人が私。
    救急コールは虚しく続いている。
    やがてピンクのスニーカーは去り、今度は白いスリッポンが現れた。
    そこの花屋の者ですけど、大丈夫ですか?
    花屋のお姉さんだった。
    スリッポンが消える。えっ?いなくなったの?早くない?
    そんなことより、エミー、救急車だよ。と思考が切り替わる。
    一度コールを切って、掛け直す。
    しばらくして花屋のお姉さんはメモを持って戻ってくる。
    その紙を私に握らせ
    「ここの住所です」
    おお。
    グッドジョブ。
    でも救急はまだ出ない。
    私の頭の中ではフラフープが高速回転している。
    「あーいらっしゃいませー」
    お姉さんの声とともにスリッポンが消える。
    花屋にお客さんが来たのだ。
    どうする私。
    私は#7119へ助けを求めた。
    6回目ともなると知恵もつく。
    そちらから救急119にコールしてと切望してみた。
    事態を呑み込んでくれて、ようやく救急車が手配され、隊員から電話が入った。
    「三鷹から向かっています」と。
    三鷹。
    遠い。
    今の私には地球の裏側に聞こえる。
    その頃にはもう、気絶したい。

    ようやく、本物のサイレンが近づいてきた。
    昼下がりの穏やかな路地。
    花屋には色とりどりの花が並び、いつもなら静かなこの場所に、救急車という非日常を呼び込んでしまった。
    恥ずかしくて消えたい。
    でも今は、それどころではない。
    羞恥心なんて、あっちへ行け。
    この空間よ、異物の私を少しだけ受け入れてくれ。
    そんな無駄な思考まで止まらない。
    「大丈夫ですよ」
    頭の上から降ってきた救急隊員の声は、太くて穏やかだった。
    この声なら任せられる。
    6回目ともなると、そんな安心感まで覚えてしまう。
    救急車の中では、私は目を閉じたまま質問に答える。
    隊員たちは無駄なく動き、受け入れ先の病院を探してくれている。しかし、なかなか決まらない。
    月曜の昼間でこれだ。
    東京都の救急医療はどうなっているんだ。
    小池さんに電話しようか。
    ユリコさん本人が倒れたら、絶対ホットラインがあるに違いない。そんなことまで考えてしまう。
    「目は開けられますか?」
    「……無理です。」
    開けたら、静かなジェットコースターが始まる。
    遊園地のコーヒーカップなど可愛いものだ。
    ようやく病院が決まり、救急車は走り出した。
    母が入院していた、あまり思い出したくない病院だった。
    「行きたくないなぁ」
    そう思いながらも、サイレンを鳴らして走るアンビュランスに揺られていると、不思議ともう半分治った気分になる。

    病院では頭のCT検査と目眩どめ点滴。
    いつものコース。
    今回も頭に異常なし。
    6回目にして「脳梗塞です」と言われなくて、本当に良かった。
    「立てそうなら帰れますよ」
    その一言で恐る恐る目を開ける。
    白い天井。少し眩しい蛍光灯。
    見慣れた救急外来の景色だった。
    私はふらつく足で会計を済ませ、タクシーに乗り込んだ。
    病院を出たのは夕方だった。

    薄暗い部屋に戻り、間接灯をつけてベッドへ倒れ込む。
    "What the hell!"
    思わず英語が出る。
    だが、問題は目眩だけではなかった。
    目眩の原因がそもそも分からない。
    内科。脳神経外科。眼科。整形外科。
    行く先々で違う薬をもらう。
    しかし決定打はない。
    ある整形外科医は笑いながら言った。
    「また倒れたら119呼べばいいんだよ」
    看護師さんまで苦笑い。
    いやいや。
    呼びたくて呼んでるわけじゃない。
    しかも最近すぐ来ないし。
    私は笑えない。
    それでも7回目の救急車だけは阻止したい。
    スローガンは、ストップ・ザ・救急車!

    ヤクルト1000を飲む。
    背骨コンディショニングを始める。
    パーソナルトレーナーまで付ける。
    藁にもすがる作戦である。
    すると不思議なことに、目眩は少し落ち着いた。
    その代わり、別のものが現れた。
    脳の揺らぎ。
    本当に揺れているのか。
    私の思い込みなのか。
    分からない。
    でも、その違和感は胸のざわつきへ変わる。
    心療内科へ行った。
    久しぶりに会った先生は私を見るなり言った。
    「元気そうじゃない」
    呑気か。
    こちらは6回も救急車に乗っている。
    事情を説明すると先生はあっさり言った。
    「予知恐怖症だね」
    なんだそれ。
    怪獣の名前みたいだ。
    「でも死なないから大丈夫」先生は笑う。
    死ななければ良いという問題か?
    こんな推いを死ぬまで我慢しろということ?

    そして半年後。定期的にくる半年後。
    それみろ。
    また別の場所で倒れた。
    やっぱり大丈夫じゃないではないか。
    死ぬほどじゃないけど、やはり苦しい。
    でも今回、アンビュランスはまぬがれた。
    ラッキーにも、町医者の玄関口で倒れた。

    最近の私は、自分の脳を疑っている。
    もし手のひらに取り出せたらどうだろう。
    小さな脳味噌が、カタカタと震えている気がする。
    苦しいの?疲れてるの?
    もしかしてキャパオーバー?
    私は脳に聞いてみる。
    すると脳が言う。
    「お前が考えすぎなんだよ」
    確かにそうだ。
    昨日のこと。
    今日のこと。
    明日のこと。
    十年前のこと。
    まだ起きてもいない未来のこと。
    私は四六時中考えている。
    夜になっても終わらない。

    「今日は眠れそう?」と自分に聞く。
    「うーん、微妙」
    「薬飲む?」
    「睡眠導入剤?」
    「いや安定剤?」
    そんな会議を五分ほど続ける。
    薬を飲んでも安心できない。
    今度はラジオのアナウンサーのイントネーションが気になる。
    TBSはちゃんと教育しているのか。
    AIの方が標準語が上手いのではないか。
    そして気付く。
    また考えている。
    私の脳は、目眩よりも、救急車よりも、思考に疲れているのではないか。
    パスカルは言った。
    「人間は考える葦である」
    その通りだと思う。
    だが私は付け加えたい。
    考えるのは結構だけど。
    考えすぎると、時々、
    倒れる!

    思考のキャラクターたち

    私の頭の中には、昔から何人か住んでいる。
    一番古い住人は、五歳の「いなばの白うさぎ」だ。
    幼稚園の発表会で、真っ白なタイツに丸い尻尾をつけられた私は、本気で恥ずかしかった。
    どうして私が主役なの?
    できればワニ役がよかった。
    好きな男の子にワニの背中踏まれる方が、ずっと気楽だった。
    あの日から私は、「大人はいったい何を考えているんだろう」と考える子どもになった。

    もう一人の住人は、夜の脚本家である。
    小学校高学年から毎晩、眠る前になると恋愛ドラマが始まる。
    主人公はなかなか結ばれない。
    続きは明晩。
    私の中で人気が出ると3か月連載。
    時にはスピンオフまで作る。
    誰にも読まれないのに、私の頭の中の劇場では毎晩満員御礼だった。

    そして、白い髭のおじいさん。
    私だけの神様である。
    夜になるとベッドのそばに座り、黙って私の話を聞いてくれる。
    アドバイスはほとんどしない。
    聞き役専門だ。
    でも、高校でカトリックの女子校へ入る頃には、いつの間にか姿を見せなくなった。
    きっと今ごろは、別の子どもの相談相手になっているのだろう。

    高校生になると、友達は受験の話をしていた。
    私は劇場の話ばかりしていた。
    洋楽を聴き、洋画を観て、演劇の本を読む。
    「どうして私は、みんなと少し違うんだろう」
    そんな疑問だけが、ぼんやり残った。
    当時はまだ、その理由を知らない。
    私の思考は、ただ少し変わっているだけだと思っていた。
    何十年もあとになって、一人の英国人劇作家の名前を聞くまでは。

    思考増しの正体

    三年前のある日、私は人生をひっくり返されるような言葉を聞いた。
    「あなたの前世、有名人だったら教えるわね」
    はっ? なんですか、それ。
    一週間後、そのレディから手紙が届いた。
    そこに書かれていた名前は―
    バーナード・ショー。
    英国の劇作家で、『マイ・フェア・レディ』の原作『ピグマリオン』を書いた人だ。
    「知ってる。この人」
    私は興奮した。
    初恋より興奮した。
    レディはこう書いていた。
    「調べてみてください。あなたとのシンクロニシティを楽しんでね」
    もちろん調べた。
    すると驚くほど共通点が出てくる。
    演劇好き。当たり前だ。彼は劇作家だ。
    英文学好き。当たり前だ。彼はイギリス人。
    皮肉屋。彼にはそれに毒舌家も足す。
    少し変わり者。自分で言っちゃう?
    そして何より、
    「どうして私は周りと少し違うのだろう?」
    という長年の疑問が、不思議なほど腑に落ちた。
    偶然と言う人はいるだろう。
    それでも私には十分だった。
    これまで理解できなかった自分を、少し好きになれたからだ。
    ただ一つ誤算があった。
    前世を知ったら思考が減ると思ったのに、逆に増えてしまった。
    「私は本当にショーだったのか?」
    「もしそうなら、なぜ今世は救急車に6回も乗っているのか?」「前世ノーベル賞、今世めまい。落差がすごくないか?」
    思考はますます突っ走る。

    そして二か月後。
    6回目の救急車騒動を終えた私は、イギリスへ飛んだ。
    ショーが『ピグマリオン』を書いた場所を訪ねるためである。
    飛行機がロンドン上空へ差しかかった時、なぜか頭に浮かんだのはパスカルの言葉だった。
    「人間は考える葦である」
    なるほど。
    人間は弱い。
    で、また考える。
    自然に比べれば驚くほど弱い。
    確かにその通りだ。
    しかし今、私に必要なのは哲学ではない。
    着陸前に靴を履き、荷物をまとめ、コーヒーを飲み干すことだ。
    そう思いながらバッグからパスポートを取り出すと、一通の薄い水色の封筒が目に入った。
    渡英の二日前に届いた、あのレディからの手紙だ。
    嫌な予感。
    たぶん、また何か見つけたのだ。
    新しい過去世とか。
    いやいや、考え過ぎだよエミー。
    ただの近況報告かもしれない。
    開けるべきか。
    開けないべきか。
    That is the question.
    よりによって、なぜ今シェークスピアなんだ。
    私は昔から彼が嫌いだ。
    私の苦笑いをサングラスとマスクで隠して、シートベルトをロックした。
    そして間もなく、飛行機はヒースロー空港へ着陸した。

    完


     
     
    東京在住。エッセイと小説を書いています。村上春樹、恩田陸、Wordsworth, Keatsを心の伴奏者に、魂と記憶について綴っています。

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