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Photo byvincent2gb

初孫


     三カ月前、祖父の三回忌があった。


     私の両親と妻子、妹と甥、叔父夫婦のみで執り行った。

     晩年の祖父は、施設に入っており、顔を合わせることもなくなっていた。コロナ禍が明けたかどうか微妙な時期で施設側から面会を控えるように言われていたというのもある。ある程度仕方がないと思いつつ、祖父の訃報を聞いたときは、やはりどこか寂しい気持ちもあった。

     祖母も認知症が進行し、現在は施設に入所している。やはり、コロナ禍以降、しばらく直接会うことはなかった。正直、直接祖母に会ったとしても何を話したらいいのかわからないし、どうしても会いたいとこちらから申し向けることまではなかった。

     祖父の葬儀に行った際、数十年ぶりに多くの親戚と再会した。当時は子どもだったので、覚えていない人が多かったが、なんとなく記憶の片隅に面影がある人もいた。私は、子どものころ「あっちゃん」と呼ばれていた。親戚からみれば、私はもう成人して二十年近くになるので、さすがに「大きくなったねえ」などと言うのは違和感があったのであろう。「元気だったかい」とか「なつかしいねえ」といった感じで、家族とも友達とも違う独特の距離感でのやり取りを交わした。

     葬儀場に着いたとき、私の母は既にいたが、父(祖父母から見れば義理の子にあたる)は、まだそこにはいなかった。
     どうしたのかと母に尋ねると、施設まで祖母を迎えに行ったらしい。施設からは、祖母を外出させるのはできれば控えてほしいというニュアンスの話があったようだが、父が葬儀に連れてくる方向で押し切ったようだ。口下手の父が、定年まで営業畑で会社員を続けることができたのはこういうところにあるのではないかと思った。

     ほどなくして、父の介助する車いすに乗った祖母が葬儀場に到着した。祖母は、誰が誰だかよくわからないようであった。
     祖母は、祖父がどこにいるのかを聞いた。祖父が亡くなったこともわからないらしい。

     私も、最後に祖母と会ってから、もう五年以上は経つ。母は、ポカンとした祖母に「あんたの初孫だ、あっちゃんだ」と説明した。
     「あんた、あっちゃんかい。」そう言いながら、祖母の目頭に力が入っているのがわかった。車いすに座ったまま、祖母は私の肩をバンバンと叩いてきた。
     すっかり細くなった腕からは俄かに想像できない力だった。

     祖母の顔色は良かったはずだが、私が見た祖母の輪郭は、いつの間にか滲んでいた。



     私は初孫だった。

     小さいときはしょっちゅう遊びに行き、だいぶ可愛がってもらっていたと思う。怒られた記憶はほとんどない。祖母は、自分たちが小さいとき、よく童謡を歌ってくれたり、昔話を聞かせてくれたりした。孫たちが大きくなった後も、地元のコミュニティで子ども向けの活動をして、市から感謝状をもらっていたとも聞く。

     祖父の職業は、子どものころは知らなかった。祖父の家の隣には、家よりも広い庭があり、いろいろな野菜や植物が所狭しと植えられていた。私や弟は、それが何かは考えもせずにただ庭の中心にあった柿の木によじ登っていた。祖父が園芸学を研究する学者だったことを知ったのは、私が高校生になって大学受験のことを考え始めてからだった。


     祖父の三回忌に、祖母は来なかった。
     三回忌のあと、簡単なお斎を済ませると、このあとみんなで祖母に会いに行こうかという話になった。施設の中までは入れないが、玄関の外であれば面会できるということで、そのまま祖母のもとに赴いた。

     ほどなくして、父の介助する車いすに乗った祖母が玄関から出てきた。
     祖母は、「おじいちゃんはどうしたんだい」と言った。やはり祖父が亡くなったことを認識できていないらしい。「そうね、おじいちゃんはそのうちまた来るんじゃないの」誰も否定も肯定もしない空気がその場を包んだ。

     父がせっかくだから集合写真を撮ろうと言い出した。
     今日は、祖父の葬儀のときに来られなかった私の妻や長女や長男も来ている。祖母には、前に彼女たちと会ったときの記憶はないように思うが、子どもたちに対しては「大きくなったねえ」と言っている。私の長女は、初曾孫になる。

     施設の中には入れないが、気晴らしに施設の周囲を散歩しようということになった。総勢十名ほどの老若男女一同がぞろぞろと歩き出す。
     子どものときは全く意識しなかったが、よく見るとちょっとした外の周囲にはたくさんの花や植物があることに気がつく。母は車いすを押しながら祖母に何の花かを問いかけていたが、祖母はときおり答えたり、答えなかったりしている。
     祖母からみた長女、初孫、初曾孫の四世代が久しぶりに揃う。散歩が後半になると、そこには十数本のチューリップがきれいに並んだ花壇に差し掛かった。

    不意に――

       さいた さいた
       チューリップのはなが
       ならんだ ならんだ 
       あか しろ きいろ
       どのはな みても
       きれいだな


    祖母が歌いだした。

    その歌声は、子どものときに聞いた声とあまりにも変わらなかった。


    チューリップの色が何色だったのかはよく覚えていない。



     
     
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