
【回顧と決意編】心筋梗塞・体験記(2)
※前回:「【発症〜搬送編】心筋梗塞・体験記(1)」はこちらから。
死ねば、楽になるのかも知れない。
実は2年前から、そう思うことが度々あった。
軽い鬱のような症状も現れていた。
私は2年前に54歳で会社を早期退職した。
コンサル会社や広告会社の博報堂でキャリアを重ね、自らも団体を立ち上げて多数のプロジェクトを形にしてきた。
自分には自信があったし、経験も豊富。
辞めても何とかなるだろう。そう思っていた。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
収入は大きく下がり、しかし住民税や健康保険などの支払いは高いまま。
子どもの教育費、家賃も払い続けなければならない。
貯金がみるみる減っていった。
収入を増やそうとしても、仕事はなかなか決まらない。
そもそも仕事のつくり方がわからない。
就職を試みたこともあったが面接ですべて落ちていた。
本の出版や新たなプロジェクトなど、これまでお付き合いのあった企業や団体に何かを提案しても門前払い。
自分の経験や考えには、どうやら価値がないらしい。
不採用の返事が続くにつれ、プライドは傷つき、心は折れ、少しずつ精神が病んでいった。
ありがたいことに、現在はいくつかの中小企業とコンサルティングの顧問契約を締結。お仕事をいただいている。
ただそのほとんどは出張が伴い、移動による体と時間への負担が大きくなった。
食事は、駅で買うニューデイズのおにぎりが主食となった。
収入をつくるために仕事に向き合い、移動で疲れがたまり、仕事がない日はベッドで横になる時間が増えていく。
体を動かさない。
仕事以外で人との会話がない。
趣味がない。
夢がない。
私の日常はこのように変わっていった。
1年前には実家の両親に重大なトラブルが発生。母が家を出て行った。
生活態度をめぐり、高校生になる息子と私との関係は悪化。
封書で送られてくるいくつもの高額な支払い請求。
これまで築き上げてきたキャリアやスキルへの自信を失い、心の支えだった家族は今や不安要素でしかない。
お金への不安から、深夜に目を覚ます毎日。
溜まったストレス。
それを酒でごまかし、体調をさらに悪化させる。
迷う路頭から出られない。
生きる目的がわからない。
どこに向かって進んでよいかもわからない。
何をどうがんばればよいかもわからない。
今も、そしてこれからも、明るい光はないように思えた。
未来には不安しかなかった。
苦しさと深い暗闇だけが続くようだった。
死ねば、楽になるのかも知れない。
そしてつい、こんなことを考えてしまうようになったのだ。
今回心筋梗塞を発症し、自分の死がまさに目の前にある。
もしかすると、2年前からの願望が現実になってしまったのかもしれない。
そう感じた。
死を望み、その通りの出来事が起こっている。
もしそうなら、この安易な願望を、私は全力で否定しなければならない。
私は死など望んでいない。
死ぬことは、私の本意ではない。
一番は、大切な家族のため。
このまま死んでしまえば、妻や息子はどうなるのか。
私を失った父や母の悲しみは、あまりにも深すぎるだろう。
今回のことで、救急隊員や医療従事者の昼夜を問わない仕事への向き合い方に感銘を受けた。
生きていればこそ自分にもできることがあるはずだ。
お役に立てられることがきっとある。
生きていれば、確かに辛いことはたくさんある。
しかし、死を望むことは逃げること。
自分だけが楽をしようとする考え方なのだ。
それに気づいた。
今回の心筋梗塞は、運動不足や乱れた食生活などが直接の原因なのだろう。
しかし、その奥には、私の精神面の不調が大きく影響していたように思う。
病は気から。
そのことが、今はよくわかる。
気を強く持とう。
私は生きたい。
生きて、また家族と笑顔ある時間を過ごしたい。
私は生きたい。
生きて人の力になりたい。
私は生きたい。
生きて自分の力を高め、役立てていきたい。
この思いを、移動するベッドの上で何度も何度も繰り返し唱えた。
そして必死に、未来に希望を託していた。