
『あの日の私に、一番読ませたかった。』──元教員の私が、親になって初めて気づいた「子どもの見方」
「今日こそ怒らない。」
そう決めて家を出た朝ほど、
気づけば私は、
「早くして!」
と怒っていました。
怒りたくて怒っているわけじゃない。
本当は笑って送り出したい。
「いってらっしゃい。」
そう言いたいだけなのに。
時計を見るたびに焦って、
子どものペースを待てなくなる。
車の中で後悔して、
仕事中も「あんな言い方しなければよかった」と何度も思い出す。
迎えに行ったら謝ろう。
そう決めて保育園へ行くと、
子どもは何事もなかったように笑って、
「ママ!」
と抱きついてくる。
その笑顔を見るたびに、
私は何度も救われました。
⸻
子どもがお腹にやってきた日から、
私たちは「お母さん」になります。
「元気に生まれてきてくれたら、それだけでいい。」
あの頃は、本当にそう思っていました。
でも、生まれた瞬間から、
お母さんには次々と新しい役割がやってきます。
ちゃんと育てなきゃ。
ちゃんと食べさせなきゃ。
ちゃんと守らなきゃ。
そして気づけば、
「ちゃんと」が増えるたびに、
笑顔が減っていました。
⸻
私は教員でした。
たくさんの子どもたちと出会い、
たくさんの保護者の方と話をしてきました。
だから、子育ては少し分かっている。
そんな自信が、どこかにありました。
でも、その自信は、
自分の子どもが生まれて、
音を立てて崩れていきました。
教員として知っていたことと、
親として生きる毎日は、
まったく違ったのです。
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この本には、
子育ての正解は書いていません。
怒らない方法も、
完璧なお母さんになる方法も書いていません。
ただ一つ、お伝えしたいことがあります。
子どもを見る「見方」が少し変わるだけで、
親の心は少し軽くなります。
そして、
親の心が少し軽くなると、
子どもの笑顔も少し増えていきます。
もし今、
「ちゃんとできていない。」
そんなふうに自分を責めているなら、
どうか、この先を読んでみてください。
もしかしたら読み終わる頃には、
子どもを見る目だけではなく、
あなた自身を見る目も、少し優しく変わっているかもしれません。
第一章 私は、保護者を分かったつもりだった。
教員になったばかりの頃の私は、子どもたちを見ることに夢中でした。
授業中の様子。
友達との関わり。
忘れ物や宿題。
「どうしたら、この子が学校で過ごしやすくなるだろう。」
毎日、そればかり考えていました。
面談では、保護者の方からよくこんな言葉を聞きました。
「先生、家では本当に大変なんです。」
でも学校では、その子は落ち着いて過ごしています。
友達と笑い合い、授業も頑張っている。
だから当時の私は、その言葉の本当の意味を理解できませんでした。
「学校では頑張れているのに、家ではどうしてそんなに大変なんだろう。」
もちろん、疑っていたわけではありません。
ただ、想像できなかったんです。
学校で見えている姿が、その子のすべてだと思っていました。
そして心のどこかで、
「もう少し、おうちで見てもらえたら…」
そんなことまで思っていました。
今思えば、私は子どもを見ているようで、学校での姿しか見えていませんでした。
そして、保護者の方を理解しているつもりで、その毎日を何ひとつ知りませんでした。
朝は時間との戦い。
仕事、家事、育児を抱えながら、それでも子どもの笑顔を守ろうと頑張っていること。
学校で見えている数時間の裏側に、何百時間もの暮らしがあること。
私は、その重さを知りませんでした。
この頃の私は、まだ親ではありませんでした。
だから、「家では本当に大変なんです」という言葉を、頭では理解していても、心では理解できていなかったのです。
でも数年後、その言葉の意味を、私は身をもって知ることになります。
そして気づくのです。
変わる必要があったのは、子どもでも、保護者でもありませんでした。
子どもを見る、私の”見方”でした。
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今日からできる、小さな一歩
もし今日、お子さんや教え子を見ていて、「どうしてできないんだろう」と思う場面があったら、一度だけ立ち止まってみてください。
そして、心の中でこう問いかけてみてください。
「この子が見せていない時間には、どんな毎日があるんだろう。」
その想像が、相手を理解する最初の一歩になるかもしれません。
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今日の宿題
今日出会った子どもを一人だけ思い浮かべてみてください。
学校や園で見た姿の向こう側で、その子はどんな毎日を過ごしているでしょう。
そして、その子を支えている誰かは、今日どんな一日を過ごしたでしょう。
その答えに正解はありません。
でも、その想像をすることが、子どもを見る景色を少し変えてくれるはずです。
第二章 お母さんにも、一年目がある。
お腹に小さな命がやってきた日。
私は、お母さんになりました。
「元気に生まれてきてくれたら、それだけでいい。」
妊娠中は、本当にそう思っていました。
でも、子どもが生まれると、その願いは少しずつ変わっていきます。
ちゃんと食べさせなきゃ。
ちゃんと寝かせなきゃ。
ちゃんと育てなきゃ。
そして仕事に復帰すると、毎朝が時間との戦いになりました。
眠そうな子どもを起こして、着替えさせる。
小さなお弁当箱に、おにぎりと果物を詰める。
車の中で朝ごはんを食べてもらいながら、保育園へ向かう。
学校では、
「朝ごはんをしっかり食べてきましょう。」
そう話していた私が、自分の子どもには、ゆっくり朝ごはんを食べる時間を作ってあげられませんでした。
気づけば、私の口ぐせは
「早くして。」
になっていました。
本当は急がせたかったわけじゃない。
遅刻したくなかった。
仕事に迷惑をかけたくなかった。
焦っていたのは、私でした。
でも、子どもには関係ありません。
子どもは、大人の都合ではなく、自分のペースで生きています。
朝、怒って送り出した日は、一日中そのことが頭から離れませんでした。
迎えに行ったら謝ろう。
そう思って保育園へ行くと、子どもは笑顔で走ってきます。
「ママ!」
その一言で、私は何度も救われました。
怒っていたのは私なのに、許してもらっていたのも私でした。
一人目の頃の私は、何もかも完璧にやろうとしていました。
でも今なら分かります。
あの頃の私は、「できないお母さん」だったんじゃない。
お母さん一年目だった。
だから、うまくできなくて当たり前だったんです。
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今日からできる、小さな一歩
もし今日、「早くして」と言いたくなったら、その前に一度だけ深呼吸をしてみてください。
そして、たった一言でいいので、
「おはよう。」
「今日も会えてうれしいよ。」
そんな言葉を添えてみてください。
朝は変わらず忙しいかもしれません。
でも、その一言が、お互いの一日を少しやさしくしてくれることがあります。
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今日の宿題
今日一日を振り返ってみてください。
子どもにかけた言葉の中で、一番多かった言葉は何でしたか。
「早くして。」
「ダメ。」
それとも、
「ありがとう。」
「大好き。」
答えに正解はありません。
でも、その言葉は、きっと今日のあなたがどれだけ頑張っていたかを教えてくれます。
もし「早くして」が多かったとしても、自分を責めないでください。
それは、あなたが今日も一生懸命、お母さんをしていた証拠です。
そして、明日また一回だけ。
「早くして」の代わりに、違う一言を選べたら、それだけで十分です。
私は、子どもを理解しているつもりでした。
でも、本当に変わるべきだったのは、子どもではなく私でした。
そのことを教えてくれたのは、支援学級の子どもたちでした。