
離れてから気づく、別れた人の大きさ
はじめに
同じ曲を何十回も聴いていると、歌の向こう側に、自分だけの物語が見えてくる瞬間がある。
私がmiwaの『Napa』に重ねたのは、遠距離の恋の話ではなかった。少し前に別れてしまった相手の話だ。お互いに好きだった。でも、気持ちが少しずつズレていって、二人で別れの道を選んだ。
故郷を離れて、新しい環境で過ごす日々の中で、自分が成長し、変化していく。その途中でふと気づくのだ。別れた相手の存在が、どれだけ大きかったかに。
悲しいわけではない。戻りたいわけでもない。でも少し切なくて、うまく言葉にできない。その言葉にできない感じを、物語にしてみた。
※これは公式の解釈ではなく、一人のリスナーとしての個人的な物語です。歌詞の引用はしていません。
短編『歩幅』
別れたのは、春が終わる頃だった。
大喧嘩をしたわけじゃない。嫌いになったわけでもない。ただ少しずつ、歩幅がズレていった。彼が立ち止まって景色を見たいときに、私は先を急ぎたくて。私が走り出したいときに、彼は座り込みたかった。どちらが悪いのでもない。そういう季節が、二人に来ただけだった。
最後に会ったのは、いつもの駅の改札前だった。
「元気でね」
「うん、元気でね」
お互い笑っていた。本当に、お互いを想って選んだ別れだった。だから涙は出なかった。出なかったはずだった。
夏、私は故郷を離れた。新しい街、新しい仕事。最初の数ヶ月は毎日が綱渡りで、帰りの電車でこっそり泣いたこともある。でも少しずつ、できることが増えていった。一人で家具を組み立てられるようになった。知らない人に道を聞けるようになった。トラブルが起きても、先に深呼吸できるようになった。
――あれ。この深呼吸、彼に教わったやつだ。
気づけば、そういうことが増えていた。彼の好きだったバンドを無意識に口ずさんでいる。彼が得意げに作ってくれたパスタの味を、自分の手で再現できるようになっている。彼の存在がどれだけ大きかったか、離れて、変わって、初めてわかった。
ある夕方、スーパーの前で雨に降られた。傘を持っていなかった。彼は昔、いつも折りたたみ傘を持ち歩いていて、私が「大丈夫」と言っても黙って半分を差し出してくれた。傘の下では、自然と歩調が合った。ゆっくりとした、彼の歩幅で。
コンビニでビニール傘を買って、雨の中を一人で歩いた。歩幅はもう、彼のものじゃなかった。速く、まっすぐ、前だけを見て歩けるようになっていた。成長したんだと思った。誇らしかった。――そして、少し切なくなった。
戻りたいわけじゃない。悲しいわけでもない。ただ、このうまく言葉にできない感じを、雨の匂いと一緒にそっと胸にしまっておこうと思った。
家に着く頃には雨が上がっていた。濡れたアスファルトに街の灯りが滲んで、きれいだった。私はビニール傘をくるくる回して、小さく笑った。歩幅は、今日も少しだけ伸びていた。
(了)
あとがき
この物語の軸は「歩幅」という一つの言葉です。歩幅がズレたことが別れの理由であり、傘の下では自然と歩調が合い、そして最後には、自分の歩幅で速くまっすぐ歩けるようになる。別れも、思い出も、成長も、すべて歩幅の変化として描きました。
大切にしたのは、感情を大げさにしないことです。未練で泣く話にも、きれいさっぱり忘れる話にもしたくなかった。「誇らしいのに、少し切ない」。その同居こそが、別れを自分で選んだ人の、まっすぐな気持ちだと思うからです。
あなたにも、聴くたびに特定の誰かや季節を思い出す曲はありますか。よければコメントで、あなたの思い出の一曲を教えてください。この「一曲から物語が生まれる」シリーズでは、いただいた一曲から次の物語を書いていきたいと思っています。
※本作はmiwa『Napa』から着想を得たオリジナル短編です。