
公平ー9/24
エレベーターの前で彼女と会った。
「今日もお疲れさま」
その声を聞くと、胸の奥が少しだけ柔らかくなる。
彼女は、いつも丁寧に仕事をする人だ。
誰にでも同じ距離で接して、
誰にでも同じように優しい。
その“同じ距離”の中に、
自分だけが少し特別であってほしいと思ってしまう瞬間がある。
けれど、それを表に出すわけにはいかない。
この職場は人数が少ない。
誰かとの距離が変われば、
仕事の空気まで変わってしまう。
自分が踏み込めば、彼女は困るかもしれない。
自分もきっと、仕事がやりづらくなる。
だから、誰に対しても同じように接することを心がけてきた。
彼女にも、他の人にも。
少しだけ立ち話をしたあと、
「さっき、相談されててさ」と言った。
本当は、わざわざ言う必要なんてなかった。
ただの雑談みたいな相談で、特別なことでもない。
それでも、彼女がどんな顔をするのか、
ほんの少しだけ知りたかった。
自分の言葉が、彼女の心にどんな波を立てるのかーー確かめたかった。
彼女は一瞬だけ目を伏せた。
その小さな沈黙が、胸の奥に静かに触れた。
距離を保つために、自分の気持ちをそっと押し込めてきた。
でも、押し込むほど、
彼女のことを考えてしまう。
声をかけるタイミングを迷い、
目が合うと少しだけ嬉しくなる。
その嬉しさを悟られないように、
いつもより少しだけ距離を取る。
帰り道、駅前の植え込みに黄色い花が揺れていた。
太陽みたいに明るい色なのに、
どこか控えめに見える。
名前は知らない。
ただ、風に揺れるその花を見ていると、
胸の奥にしまっていた気持ちが
静かに形を持ち始める。
彼女の気持ちに薄く気づいている。
自分の気持ちにも、薄く気づいている。
それでも距離を壊さないようにしてきた。
けれどーー
もし、彼女が少しでも自分を見てくれているなら。
もし、あの沈黙がほんの少しでも自分に向いているなら。
いつか、伝えてもいいのだろうか。
そんな考えが、
胸の奥でそっと灯った。
『ルドベキア』
花言葉は、公平。