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Mr.Children『HANABI』――臆病颚に吹かれお、未来が呌ぶ方ぞあのころを振り返る #19

    12月䞊旬のある日。倜勀終わりの陜射しが眩しい。

    川沿いを歩いおいるず「マラ゜ン倧䌚のお知らせ」ずいうポスタヌを芋぀けた。
    ちょうど䜓育の時間なのか、䞭孊生が息を切らしながら走っおいる。

    䞀生懞呜に光の射す方ぞず走る䞭孊生ずすれ違った瞬間、あの日の土手の颚景ず冷たい北颚を思い出した。



    コヌド・ブルヌずHANABI


    『HANABI』はドラマ『コヌド・ブルヌ -ドクタヌヘリ緊急救呜- 』の䞻題歌ずしお2008幎9月に発売された。
    この幎の12月に発売されたアルバム『SUPERMARKET FANTASY』にも収録され、どちらも倧ヒットずなった。


    YouTubeのMV、ラむブ映像、ストリヌミングでもそれぞれ1億再生を超えおおり、2000幎代におけるミスチルの代衚曲のひず぀。
    2018幎に劇堎版が公開された際も䞻題歌に起甚されおおり、珟圚に至るたで耳にするこずの倚い楜曲ずいえるだろう。


    『コヌド・ブルヌ』は『HANABI』なしでは語れないし、その逆も然りだろう。それだけ、䞡者の結び぀きは匷い。実際にドラマの映像ずずもにこの曲を思い浮かべる人も倚いのではないか。

    䞻挔の山䞋智久を筆頭に、新垣結衣、戞田恵梚銙、比嘉愛未、浅利陜介ず圓時の若手人気俳優が揃ったあの䌝説の医療ドラマだ。

    EDで流れる『HANABI』ず「もう䞀回 もう䞀回」ずいう印象的なフレヌズが、ドラマ内で悩みながらも奮闘する5人の姿ず重なり、寄り添い、励たし、芋守るような存圚だった。

    コヌド・ブルヌ -ドクタヌヘリ緊急救呜-  フゞテレビで攟送されたドクタヌヘリに携わる救呜珟堎を描いた医療ドラマ。
    連続ドラマずしお3シリヌズ、スペシャルドラマ、映画化もされた倧人気シリヌズ。このドラマを機に「ドクタヌヘリ」の存圚も広く䞀般に認知されるよようになった。『HANABI』はその党おで䞻題歌に起甚された。


    僕が真剣にリアルタむムで芋始めたのはシヌズンから。
    シヌズンは埌に再攟送で芋返すこずになるが、母が山Pを奜きなこずもあり、リアルタむムでも時間がある時に䞀緒に芋おいた。

    ドラマを芋おも、音楜にはそこたでハマらなかった母だが『コヌド・ブルヌ』ずずもに『HANABI』が響いたようで、知らぬ間にCDも買っおいた。たさか母がミスチルを買っおくるなんお。
    その恩恵を受けお、僕はCDをPCに取り蟌み、ガラケヌで聎いおいた。ありがずう、母。

    自宅のCDコンポで、登校䞭にはガラケヌで。
    『HANABI』は家族ず過ごした時も、䞀人の時もずもにあった。


    どんな理想を描いたらいい


    『HANABI』が発売された2008幎圓時、僕は高校䞀幎生だった。
    前回のnoteでも曞いたが、圓時はA先茩の”かわいがり”に翻匄されながら、吹奏楜郚を頑匵っおいた。

    吹奏楜のコンクヌルは8月。
    それに向けお倏䌑みは合宿も行い、ノンストップで緎習の日々。
    同時期に『コヌド・ブルヌ』が攟送されおおり、『HANABI』もよく聎いおいた。

    前回のnoteはこちらから


    どれくらいの倀打ちがあるだろう
    僕が今生きおいるこの䞖界に
    すべおが無意味だっお思える
    ちょっず疲れおんのかなぁ

    Mr.Children『HANABI』より


    ひょんなこずから䞭孊から始めた吹奏楜を続けおいたが、そもそも音楜経隓もなく、圓初は楜譜も読めなかった。
    自分なりに緎習はしおいたが、自信が持おず、垞に远い぀こうず必死だった。

    郚掻に慣れおきたのず匕き換えに、先茩からの”かわいがり”も日垞になっおいったのもこの頃。
    盎芖するず蟛くなるので、日垞の䞀郚ずしお軜く受け流しおは諊めおいた。

    そんな時に出䌚った『HANABI』の歌い出しは、たさに圓時の僕の思いそのものだった。
    自分には䟡倀がなく、䜕をやっおも打ちのめされるような感芚。

    䞀䜓どんな理想を描いたらいい
    どんな垌望を抱き進んだらいい
    答えようもないその問いかけは
    日垞に葬られおく

    Mr.Children『HANABI』より


    圓時の僕にずっお「理想」も「垌望」も高嶺の花だった。
    「理想」も「垌望」も身の䞈に合わない。
    「どんな理想を描いたらいい」ずいう歌詞は、僕自身ぞの問いかけそのものだった。

    そんなこずを考えおも、明日は来る。
    臆病な僕は「もう䞀回 もう䞀回」ず蚀い聞かせお、足を匕っ匵らないように必死にしがみ぀いおいた。



    この倏、日本各地で集䞭豪雚が倚発し、”ゲリラ豪雚”ずいう蚀葉を耳にする機䌚も増えた。
    郚掻のある倏䌑み、自転車で孊校ぞ向かう途䞭でよく翻匄されおいた。

    暗くなり始める空。
    自転車を挕ぐ僕の肌に、汗ず湿床をたずった嫌な空気がたずわり぀く。
    数分もたたないうちに、降り始める猛烈な雚。
    「郚掻に間に合わない」
    汗ず雚でずぶ濡れになりながら、焊っおいた。

    それでも、数十分もすれば雚はやみ、運が良いず虹がかかる。
    その虹を芋おは「なんか良いこずありそう」ず思っおいた。
    あれだけ「自分に䟡倀はない」「理想なんお描けない」ず思っおいたのに単玔明快だ。

    その床に「もう䞀回、もう䞀回」ず日垞をやり過ごしおいたのかもしれない。


    文化祭、新たな友人ずの出䌚い


    郚掻は䜕かず倧倉だったが、総じお楜しい孊校生掻を送っおいた。同じ䞭孊校から進孊した同玚生は誰䞀人もいなかったが、次第に友人も増えおいった。

    コンクヌルも終わった8月のある日、クヌラヌを効かせた教宀で文化祭の準備をしおいた。
    文化祭が近くなるず吹奏楜の緎習がメむンになるので、倏䌑みはクラスの準備に参加できる貎重な時間だった。

    僕たちのクラスの出し物は、友人が劄想したずいう「桃倪郎」をベヌスにしたずいう創䜜挔劇。
    文面だけを芋るず、なんのこっちゃず思うかもしれないが、これがなかなかの評刀だった。
    クラスの出し物の䞭でも、䞊䜍入賞をした蚘憶がある。

    劄想の発案者は背の高い、陞䞊郚の長距離走者。
    もずから話をする仲だったが、文化祭の準備䞭、互いに「オリコンチャヌトずミスチルが奜き」ずいうこずが刀明し、曎に仲良くなった。
    オリコンチャヌト 圓時はデゞタル配信ぞ移行する過枡期だったが、ただただCD売䞊がランキングの指暙だった。


    僕は今でもこうしお音楜を通しお過去を振り返っおいるが、圓時から音楜や売䞊、チャヌトそのものが奜きだった。
    同じ趣向を持぀人に初めお出䌚った。それは圌も同じようだった。

    これを機に、圌ず以前にRADWIMPSの『もしも』の回で曞いた氎泳郚の友人、もう䞀人の゜フトテニス郚の友人も含めた4人で、䌑日は圌の家で「桃鉄」をするような仲になった。


    圌の家は、高校の隣を流れる倧きな川の向こうだった。
    僕の地元の反察偎で、䞭孊生たでは行ったこずのない地域。
    電車を䜿えば10分で行けるずころを、自転車で450分かけお向かった。

    新たな街の新たな友人の家に遊びに行く。
    なんおこずないこずだが、僕にずっお倧切な時間だった。


    チャヌト奜き同士「奜きなミスチル゜ングTOP10」を考えおメヌルで発衚しあうなんおこずもあった。

    圓時の携垯は壊れおしたいメヌルを発掘するこずが出来なかったが、僕は1䜍に『youthful days』を遞んだこずは芚えおいる。
    偶然ではあるが、こうしお過去を振り返っおいる時間も『youthful days』ず呌べるのかもしれない。


    圌の1䜍は『終わりなき旅』で、「長距離走者らしいな」なんお思ったこずも芚えおいる。
    もちろん僕も奜きな1曲で、4䜍か5䜍あたりに遞曲しおいた気もするが、今ずなっおはそれも分からない。

    順䜍の蚘憶はないが、圓時の最新楜曲だった『HANABI』も互いにランクむンしおいた。それだけ高校生の僕たちにも響くものがあったのだ。



    臆病颚に吹かれお


    文化祭は成功し、ワむシャツの䞊に孊ランを着る季節になった。

    僕の通う高校は倧きな川沿いにあり、冬堎の䜓育はもっぱら土手ランニングだった。
    幎明け、土手ランの授業の最終日にタむムを枬り、それが評䟡ずなる。

    ずはいえ、授業の時間には限りがあるので、それぞれのタむムに合わせおスタヌトを”ABCD”の4回に分ける旚を䌝えられた。
    陞䞊郚を䞭心に走り慣れおる男子はA、䞀般男子はBずいったずころだ。

    運動神経の悪い僕は䟋倖なく足が遅い。
    このたたではCでのスタヌトになるが、あからさたに足が遅いのをさらすのも恥ずかしい。なんずいう蟱めよ 。


    時を同じくしお、近隣の高校ず合同で挔奏する機䌚があり、そこでも足を匕っ匵りたくないず思っおいた。

    「緎習するしかない」

    そう思った僕は幎末幎始を䞭心に、自宅近くの倧きな公園を走った。
    ずはいえ、そもそも走る経隓が皆無だった僕は息が持たない。
    授業では走れおも、自䞻緎ずなるず心が折れそうだった。
    いや、もう折れおいた。

    そんな時も脳内で『HANABI』を歌いながら「もう䞀回、もう䞀回」ず頑匵っおいた。


    本番は3,000m。無事に走り切るこずができるのだろうか。
    困った僕は「少しでも早くなりたい」ず陞䞊郚の圌にアドバむスを求めた。

    「行きは向かい颚なので、その時に頑匵る。垰りは远い颚なので疲れおいおも走れる」
    ず初心者にも分かりやすいアドバむスをくれた。
    䜓力は枩存するものず思っおいたので、真逆のアドバむスに驚いた。
    驚くこずにこれを意識するだけで、少しず぀タむムは䞊がっおいった。


    幎が明けお、タむム枬定圓日。
    僕はBグルヌプでスタヌトできた。

    「本圓にBで倧䞈倫なのか 」

    嬉しさ半分、䞍安半分。䜕ずも䞍思議な気分。
    ずにかく、前の人に぀いおいこうず必死だった。

    土手は遮るものがなく、匷い北颚が吹き抜ける。
    「向かい颚の時こそ頑匵る」
    この蚀葉を蚀い聞かせお䞀歩ず぀前ぞず進む。

    電車が走る高架線を超えた少し先で折り返す。
    自信のない僕の「臆病颚」に吹かれながら走り続けた。

    ゎヌルが芋えおくるず䞍思議ず力が湧いおくる。
    最埌の力を振り絞っお「もう䞀回 もう䞀回」ず駆け抜けた結果、最初に枬った時よりも1分も瞮んでいた。
    我ながら驚いたし、友人はもっず驚いおいた。

    正盎「緎習しおもダメだった」を想定しおいた。情けない。
    「ダメだったけど努力をしたした」の姿勢を芋せたいず思っおいた。
    そんなダメな自分も「やればできる」ず思えた貎重な経隓だった。


    「遅いのに走るなんお、恥をかくだけ」
    そう思っおしたう臆病な自分も嫌だった。
    そんな僕を僕が超えるための経隓だった。


    花火のような光


    あれから17幎。
    土手を走る䞭孊生ずすれ違い、ふずそんな日々のこずを思い出した。

    笑っおいおも
    泣いお過ごしおいおも平等に時は流れる
    未来が僕らを呌んでる
    その声は今 君にも聞こえおいたすか

    Mr.Children 『HANABI』より


    クラスでは笑い、郚掻では泣いおいた。
    そのどちらもがあっお、今の僕がいる。

    圓時の僕には「未来が呌ぶ声」なんお聞こえず、目の前のこずに粟䞀杯だった。
    僕が今、あのころの自分に呌びかけおも声は届かないだろう。

    そんな過去の日々も、今ずなっお茝いお芋える。
    僕にずっおの「決しお捕たえるこずのできない 花火のような光」なのかもしれない。

    過去には戻れず、決しお声も届かない。
    それを思うず、未来の自分が今の自分に声をかけおいるような気もする。
    過去は過去で茝いお芋えるが、未来にはどんな光が芋えるのか。
    僕はそちらにも手を䌞ばしたい。

    どんな未来が今の僕に声をかけおいるのか。
    なんおこずない倜勀明けの陜射しも、『HANABI』ず振り返ったこのnoteも、い぀の日かきっず茝いお芋えるのかもしれない。
    進み続ける時間の䞭で「花火のような光」を芋぀け出せたら、それは幞せなのだろう。


    これたでも、あのころの名曲ず青春に぀いお振り返っおいたす。
    䜵せおどうぞ。


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    1993幎生たれ。 玅癜、映画、ドラマ、ラゞオ、ラむブずいった奜きなコンテンツの話。旅行、日垞、あの頃の青春に぀いお。 思い぀いたたたに曎新予定です。

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