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過去を振り返ろうとしたら、喉が急に痛くなった話|私のセルフセラピー



    こんにちは、おたまです。
    私は元精神科ナースで、凸凹のある息子を育てており、自身もASDとADHDの傾向があります。

    noteを始めてもうすぐ1ヶ月。
    ああでもないこうでもない、と納得できる形に言語化をしていくと、自分でも気づかなかった感情や理由に気付けたり、新たな発見もありました。

    今日は、これまでいつかはやりたいけど、本当は気が進まなかった(具体的にはあまり思い出したくなかった)自分の幼少期、過去の振り返りをして言語化してみようと記事を書いていました。 

    そして、場面緘黙(かんもく)のことを書こうとした、まさにその時。私の喉が急に痛くなったのです。まるであの頃のように。


    小学校に入学した時のことです。
    当時は知る由もありませんでしたが、私は生まれつき「環境の変化にとても弱い」というASDの特性を持っていました。

    私のクラスには同じ園出身の子が一人もいませんでした。周りは同じ園出身の子と楽しそうに仲良くしている中、私は圧倒的な孤独と不安を感じていました。幼い私はその状況すら客観的に理解できず、「なんで私だけ1人なんだろう」と理由がわからないまま、ただただ自分を責めていました。

    そんな私にも、実は話しかけてくれる子がたくさんいたのです。
    それが嬉しくて、私も声を出そうとしました。だけど、なぜか声が出ない。

    「どうして? なんで声が出ないの?」
    頭の中はパニックで、今にも泣きそうになる。でも、ここで泣いたら恥ずかしい。私は必死で、何でもないフリをしてその場を取り繕いました。

    周りの子たちは、私の内側のパニックを知る由もなく、ただ「おとなしい子なんだな」と思っていました。

    家庭の事情もあり、親には頼れない(と、当時は勝手に思い込んでいた)。自分の持つ特性もあって、この恐怖やしんどさを言葉にすることもできない。

    そうして私は、学校で言葉を失ってしまいました。

    幸いにも、私の場面緘黙はそれほど長くは続きませんでした。その時は必死でしたが、今振り返れば短い期間のことで、そこからいつの間にか、少しずつ少しずつ、また話せるようになっていったのです。



    だけど、あの時感じた恐怖と、喉の感覚だけは違いました。

    今回、その当時のことを書こうとした瞬間に襲ってきた、喉の激しい痛み。
    ここでいったん過去の振り返り記事を下書きに保存しました。どうしてもこの現象が気になり、納得するまでその理由を理解したかったからです。

    「胸が締め付けられる、なら分かるけど、なんで喉が締め付けられるんだ?」

    森を見ようとしていたのに、いつも一つの木が気になってしまう。
    持ち前の特性をフル稼働させて調べてみると、大人の今、過去の強いストレスに直面したことで、私の自律神経が戦闘モードになり、喉の筋肉が無意識にギュッと凝り固まってしまったようでした。

    これには医学的に「ヒステリー球(咽喉頭異常感症)」という名前がついているそうです。
    元精神科ナースのくせに、調べて初めて納得。「なるほど」と腑に落ちたものの、私にとってこの痛みは、単なる生理現象ではありませんでした。

    誰にも助けを求められず、言いたい言葉も、つらい気持ちも、泣きそうな感情も、いつも喉の奥にグッと力任せに押し込めて、飲み込んできた子供時代。

    本当は話しかけてもらえて嬉しかったし、すごく喋りたかった。声が出なくて今にも泣きそうだったけれど、必死にそれを喉の奥で我慢していました。

    大人の今、過去を振り返ろうとした瞬間に喉が痛くなったのは、あの時、喉の奥にギュッと閉じ込めたままだった「喋りたかった言葉」や「泣きたかった気持ち」が、今もそのまま「体の記憶」として残っていたから。

    「あの時は本当に声が出なくて、悔しくて、苦しかったよね」と、あの頃の私が、喉の痛みを通して教えてくれたのだと気づきました。



    ……と、ここまで泣きながら大真面目に自己分析をしておいて何なのですが、ふと冷静になって思うことがあります。

    「いや、当初書こうとしていた過去の振り返り記事(森)は、一体いつ完成するのだろうか」と。

    一本の木(喉の痛み)が気になりすぎて、完全に脱線してしまいました。この記事を完成させる日がいつになるのか、それはもはや未知数です。

    だけど、noteを始めたおかげで、私の自己理解は確実に進み、ある意味で最高のセルフセラピーになっています。

    子供の頃、新しい環境が怖くて、本当は話したかったのに声が出せなくて、必死に何でもないフリを取り繕っていた私。
    そんな私が、大人になって、自分の凸凹(特性)を受け入れ、こうして自分の言葉で当時のことを堂々と発信できるようになりました。

    今、あの頃の私と同じように、誰にも言えず言葉を喉の奥に飲み込んで耐えている人へ。あるいは、そんな我が子を心配で見守っている親御さんへ。

    声が出せなくても、環境の変化に弱くても、人は自分で自分を理解し、いつかこうして自分の言葉を取り戻せる日が来ます。私の今のこの発信の姿そのものが、あなたの未来の「小さな安心」に繋がれば、これほど嬉しいことはありません。

     
     
    元看護師で子育て中。我が子の「アンバランス型」の特性をきっかけに、自身の生きづらさの正体にも気づきました。完璧なカエルにならなくていい、尻尾を残したまま愛らしく生きる。「世間の『普通』の枠をゆるめて心地よく生きる」をテーマに、凸凹親子の日常や日々の考え事を綴ります。

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