メインコンテンツへスキップ
見出し画像

7代目市川団十郎とシーボルト

     7代目市川団十郎はお為さんと出会う6年ほど前、ドイツ人の医師、シーボルトに会っています。お為さんが酒井雅楽頭家に奉公中の事です。

     文政6年7月6日1823年8月11日、シーボルト(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト)は、日本研究のため船で長崎にやってきました。そして長崎に住み日本について調べながら、日本各地から集まってきた医師たちに医学を教えて生活していました。

     団十郎がシーボルトに会ったのは、シーボルトが文政9年1826年春にオランダ館長の江戸参府に同行した時です。
     シーボルトの江戸での宿は、日本橋本石町三丁目(現在の東京都中央区日本橋室町4丁目)のオランダ宿「長崎屋」でした。そこを拠点に江戸の町を探求していたシーボルトが

    「ダンジュウロウという役者に会いたい」

    と言い出し、急遽長崎屋に7代目市川団十郎を呼ぶことになったのです。
     物怖じしない団十郎は二つ返事で木場からやってきました。しかし団十郎を見たシーボルトは、

    「この人ではない」


    と言い、がっかりしてしまいます。シーボルトはポケットから丁寧に折りたたんだ「暫しばらく」の錦絵を取り出し、しみじみ言いました。

    「これは私が日本へ来る以前からずっと大切に持っていたダンジュウロウという役者の絵です。私が会いたいのはこの人なのです」

     団十郎は、はたと膝を叩いて

    「わかりました。呼びましょう」

    と言い、一旦引き下がると、烏帽子や太刀、化粧道具いっさいを持ってこさせました。それらが届くと団十郎は張り切って顔を作り、着替えをし、改めてシーボルトのいる部屋へと向かいました。そして部屋へ入るなり大きな目玉をむいて、元禄見得をしてみせたのです。

    画像
    暫の7代目市川団十郎
    (ARC浮世絵・日本絵画ポータルデータベースより)


     シーボルトは手を打ち、

    「この人です!この人です!」


    と大喜びしました。



     以上、私が大好きなエピソードです。
     シーボルトはこの時、お礼にラシャ(毛織物の一種)二巻きを団十郎に贈っています。団十郎の木場の家に敷かれている緑の敷物がその時のラシャなら面白いなあと思うのですが、どうでしょう。

    画像
    豊国画(嘉永五年)「安宅の本店 平右エ門町 鮓松」
    お瀧所蔵
     
     
    亀戸地域活動家 / 亀戸浮世絵収集家/亀戸文化研究家 九代目市川団十郎の母、お為さん(1804-1859)が亀戸町で歌舞伎役者と出会い、四男一女をもうけ、亡くなるまでを史実を元にまとめています。その後は物語の背景や補足、舞台となった町の現在を投稿しています。

    あなたへのおすすめ