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奇跡のみかんと呼んでいます

    伯母の家を解体したときの話を、エッセイ漫画に描きはじめています。そちらでもいずれこの「みかん」の話は描くと思いますが、今日また青い結実に気づいたので、記録しておこうと思います。

    明治24年築の家屋解体から

    解体に至るまでの事情はいろいろありましたが、私が伯母の家を壊すことになりまして。

    明治24年築。解体したとき(2019年)には建ってから128年が経過していました。

    裏庭に、何本か樹木がありました。八朔、金柑、甘夏など。全て思い出深い木だったので、私も心苦しかったのですが、樹木だけ残しておくわけにもいきません。

    本当は全て処分するつもりだったのですが、何度か現場の様子を見に行くうちに、どうしても未練が湧きました。そこで一本だけ。甘夏、とお隣さんが言っている木だけ、我が家の庭に移設することにしました。

    移設・・・する。

    解体屋さんが大変に親切なかたで、当初予定にない作業を私が持ちかけたときも、無償で自分が引き受ける、と言ってくださいました。しかし調べてみるとやはり、樹木の移設というのは素人が手を出せる種類の作業ではない、とのこと。また、伯母の従兄(存命の男性)も「プロに任せた方がいい」と言います。

    もともと私も、別料金を支払うつもりだったので、造園業者さんにお願いすることになりました。

    ほぼ解体が済んだのは、2019年3月頃。ただ、移設するには時期がよろしくない(まだ寒い)とのことで、もう少し暖かくなるまで、敷地内に樹木のみが一本ある状態で整地などをしていただくことになりました。

    この頃から解体屋さんが「みかんちゃん」と呼び始めたのが、大変に可愛らしかったです。

    同じ年の4月中旬。概ね整地も済み、甘夏の移設準備も整いました。そして4月下旬に、ついに「みかんちゃん」は我が家の庭にやってきました(この頃には、私も含め家人にも「みかんちゃん」の呼び名が定着していました)。

    枝や根の部分を大幅にカットされてやってきた樹木は、驚くほど小さいです。春になりそこそこの葉はついていますが、伯母宅の裏庭で見慣れた姿からは一回りも二回りも小さくなった感じ。移設するにはここまで枝葉や根を落とさないとダメなのか、と思いました。確かにこれは素人では無理。

    そして造園業者さんからは、こう言われました。

    「5年は実らんと思うよ」

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    2019年4月:移設直後

    難しいんですね。
    植物と我々の生きる速度が違うためなのか、樹木だからなのか、果実種によるものなのか、ちゃんと聞きそびれてしまいましたが、そのときは「うん。ここまで剪定(?)されてたら無理だよな」と素直に感じたものです。

    ばっさり落とされた枝の切り口は、保護処置がされていました。
    なんとも痛々しいその姿は、私に「とにかく根付いてくれたらそれでいい」と思わせたのです。

    なんか青い実がある

    ところが、その年の秋。
    今夜あたり台風が来そうな夕刻。自宅に帰って来たとき。私の目に庭の木々が映りました。

    そこに「ひとつだけ」、周りの枝葉と同じ緑色の丸い果実が。

    「青いけど、あれ、みかんじゃね?」

    興奮した私は、片端から友人に連絡しました。

    移設した造園業者のプロから、5年は実をつけないと言われた樹木。
    花が咲いていることにも気づかなかった地主(私)。
    今夜には台風が最接近。雨風で飛ばされてしまうかもしれない。
    何度確認しても一個しかないし。
    いや一個でもすごいことだけれど。

    友人たちは、私の従兄が雇った弁護士(この顛末はまた別の機会に)と私が話し合うときに数々の助言をくれたり、その内の一人は一緒に立ち会ってくれたりした、竹馬の友です。
    皆が「すごいすごい」と返事をくれる中、一人の友人が言いました。

    「台風が過ぎても枝に残ってたら、奇跡のみかんと呼ぼう!」

    いい案です。
    私は家族や仲良しと喜びを分かち合ったので、もう「嵐の後にみかんがなくてもやむなし」という気持ちになりました。

    果たして台風一過。みかんは枝に青々としがみついていました。

    「奇跡のみかん」誕生です。

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    2019年10月:台風一過

    毎年、奇跡の記録更新

    最初の一個を、無事に熟した後に収穫したときは、「これが最初で最後かもしれない」と思いました。

    生き物は、散る前に最後の底力で美しく輝くことがあります。移設されて疲弊したみかんちゃんの、もしかしたら最後のきらめきだったかもしれないではありませんか。伯母が私に見せてくれたラスト花火かもしれないじゃないですか(いや、そのような伏線はないですが)。

    そんな気持ちで収穫したので、それはそれは大事に食べましたよ。
    皮をむいて、中にいくつ房が入っているかまで数えたりして。
    美味しかったです。

    で、翌々年ですよ。初めて「みかんの花」に気付いたのは。

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    2021年5月

    当然のように口ずさみましたね。「みかんの花」の唄。

    あとは、年を重ねるごとに、実の数を増やしていきました。翌々年くらいまでは数えていましたが、2023年あたりから多すぎて数えるのをやめました。

    そこからは、毎年「今までで一番の豊作」を更新しています。もはや「奇跡のインフレ」です。

    近所の農家さんの目にも止まるようになり、「4月くらいまで収穫せずにおくといいよ。水を吸い上げて美味しくなるよ」と言われたので、2024年からその言に従いました。本当にその通り、どんどん美味しいみかんになりました。

    余談ですが、私はずっと「甘夏」だと思っていたのですが、ご近所が軒並み「夏みかん」と言うので、そうなのかもしれません。ぶっちゃけ区別がついてないです。

    解体した伯母の家は、かつて私も幼い頃に数年だけ住んだことがあります。
    今でも夢の中にその家が出てくることがあります。解体して更地になった場所に立ったとき、流石に何かこみ上げてくるものがありました。

    でも、我が家の庭には、みかんがあります。その家をおそらく裏庭からずっと見てきた、一本の樹木があります。

    未だに毎年「これで最後かも」と心のどこかでは思っています。
    だから余計に。
    新緑が一層濃くなる季節、深い緑の樹木の中あの白い花を見つけると、本当に嬉しくなります。「こんにちは。今年も会えたね、ありがとう」と。

    みかんと一緒に、伯母がうちに引っ越してきたような、そんな気持ちです。
    ありがとう、みかんちゃん。

     
     
    還暦を機に、noteを始めました。丙午です。きっとそんなひと山ほどいる。と思ったので気楽にやっていきます。人生リターンですよ。介護も終わったし家も解体したし。そんな徒然を記したいです。Xや書籍では「東真理子」名義で活動しています。

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