メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byekakinonakagawa

君だけの宇宙が生まれた日


    「ねぇ! 俺、見ちゃった!」


    長男(8歳)が学校から帰るなり、マンションでの許容デシベルをはるかに超える声量で叫んだ。

    急いで走ってきたのか、頬は鮮やかに紅潮し、息が弾んでいる。

    普段、「ただいま」の代わりにスカして「……っす」というような長男だ。これは、ただごとではない。

    「どうしたの?」

    思わず夕飯を作る手を止めると、彼は目を輝かせながら一気に喋りはじめた。


    「あのさ、まず確認なんだけど、飛行機ってさ、雲より上いくことある? 月の横飛ぶ? 飛ばないよね?! 」

    「光がさ、上にも下にもさ、ピカピカしながら動く飛行機ある? ないよね?!」


    ははーん、見たっていうのは、アレだな……

    長男よ。
    宇宙には無限の夢と可能性が広がっている、それは間違いない。

    でもアレはまぁ、多分、違う。残念ながら飛行機は雲の上を飛ぶし、夜空を照らす強い光は飛行機だけじゃない。

    うっかり否定しそうになったが、言葉をぐっと飲みこんだ。「俺、結婚とかしない、金かかるから」なんて言うような、斜め上のクール系8歳が、ここまでピュアに目を輝かせているのだ。さすがに論破は気が引ける。

    「へぇ? 光るやつが? いっぱい飛んでたの?」

    否定も肯定もせず、聞いていることをアピールできる育児の必殺技、オウム返し。


    「そう! 俺、あれ絶対UFOだったと思う!!」




    彼の興奮はさめず、夕飯の食卓もUFOの話題で持ちきりだった。

    次男(5歳)は兄の話に目を輝かせ、話題についていけずに取り残された末っ子(2歳)は、ひたすら大声で叫び、みんなの気を引こうとする。

    ひとしきり長男の話を聞いた夫が、おもむろに携帯を取りだした。過去のUFO目撃情報や、発光しそうな飛行物体の特徴を調べてみせると、息子は夫を仲間とみなし、「俺が見たのもそれだったかも!」と大興奮。悔しい。私もそのポジションを狙うべきだった。


    夕食のあとも、長男の熱はますます上がる。
    いつもだったらリビングでかいけつゾロリを読んだり、プリキュアごっこをするしないで兄弟喧嘩したり、室内ドッジボールが始まって私の雷が落ちたりするのだけれど、その日だけは違った。


    「俺、もっと宇宙のこと知らなきゃ……!」


    おいおい、宇宙は壮大かつ複雑だぞ。いきなり大きなテーマに飛びつく前に、スモールステップとしてまずは今日の宿題をやってくれよ。

    そんな小言を言おうと振り向いて、息をのんだ。

    長男の目が、本気だったのだ。
    私は悟った。今彼を止めてはいけない、と。

    彼が、宇宙のなにを、どんなふうに知ろうとしているのか、興味もあった。
    仕方がない、今日のところは、宿題には目をつぶろう。


    「……わかった。思いっきり、やっといで」

    そっと背中を押すと、長男は首を勢いよく縦にふり、ひとり小宇宙——子ども部屋へと旅立っていった。




    しばらくすると、扉の向こうから「できたぁ!」という声が聞こえて、長男が飛び出してきた。手には、カラフルな惑星が地球を取り囲んだ絵が握られている。


    画像


    宇宙を把握し、記憶を刻むために彼が選んだ手段は、絵だったのだ。

    描き始めて、スケールの割に紙が足りないことに気づいたのだろう、セロハンテープで継ぎ足しにした宇宙が、さらにもう一枚の紙へと広がっている。正真正銘、彼だけの宇宙だ。


    なんてことはない、WEBサイトで「宇宙」と調べて出てきたイラストを、ただ真似るだけの絵だろう。それでも私の胸は震えていた。彼の宇宙への愛が、情熱が、今こうして眼に見える形になったのだ。

    愛の出発点は、興味だと思う。
    今夜、彼の中でひとつ、新しい愛が生まれた。未知の世界への憧れと「自分だけの宇宙」への衝動。私は、彼の世界が広がっていく瞬間を、今目の前で見ているのだ。

    眩しい。美しい。愛おしい——

    たくさんの気持ちが大爆発を起こしている。宇宙の始まりも、こんなふうに鮮やかだったのかもしれない。

    ===


    UFO目撃から数日、長男の帰宅時間が少しだけ遅くなっている。
    例の光を目撃した友だちと調査チームを組み、毎日夜空を一通りチェックしてから帰っているのだという。残念ながら、あの日以来、謎の光には遭遇できていないらしい。

    瞬間的な鼓動をきっかけに人生が変わるなんてことは、そうそうない。色鉛筆で描いた宇宙が色あせる頃には、まったく別のものに夢中になっているだろう。それでも、UFOを通して長男が感じた鼓動は、彼の人生を確実に揺さぶったのだ。

    夜空に現れた一瞬の光よりも強く、彼をずっと照らすであろう光。色鮮やかに広がっていく長男の人生が、愛おしい。


    「火星の公転周期って知ってる? 俺知ってる! あのね——」
    「待って、当てる。でもその前に、宿題は?」
    「もー、今やろうと思ってたのに」

    あれからすっかり宇宙にはまった長男は、本を読み漁り、身につけた知識を次々とクイズにして披露している。相変わらず「宇宙へのスモールステップ」をサボりがちな長男だが、今日は片付けるつもりらしい。

    ぶつぶつ言いながら子ども部屋へ戻っていく背中を見届けて、私は立ち上がった。

    宿題が終わったら、渡すのだ。おととい家に届いたまま、まだ包装紙に包まれている、長男のための宇宙図鑑を。
    彼は喜ぶだろうか。火星の公転周期の先に、彼の知らない神秘が、まだまだ星の数ほど待っているのだ。

    ずっと、追いかけていけ。
    君だけのスピードで、君だけの光を。


    「カーチャン、まるつけして〜」

    ——きた!

    「お願いごとがあるときは、自分から来なさいってば」

    ぶつぶつ言いながらも、顔がニヤける。ゆっくりと、小宇宙へと歩みを進める。もちろん腕には、まだ包装紙に包まれたままの、彼の新たな相棒を抱えて。

    画像
    どんどん増えていく宇宙本
    画像
    自分で図鑑作るんだって。
    画像
    パンケーキも太陽系
    画像
    小惑星イダ(?)だって。






    ▼このnoteを書いた人

    画像

    食の仕事14年目。8歳5歳3歳の母。自家製好き。Xでは朝ごはんの知恵袋を発信中。noteのフォローはこちら、Xはこちらからお気軽に!


    ▼朝ごはんエッセイ(連載)


     
     
    食や暮らしを入り口に、エッセイを書いています。 子ども×朝ごはん本を出版中。かきたま汁がすき。 本はこちらより▶︎ https://amzn.asia/d/0hJYEvq スキを押すと、今日のラッキーフードが出るよ。

    あなたへのおすすめ