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温もりを忘れるスピード~​夢を諦めた40代モブのひとりごと。【高校生編】~

    ​高校生となった私は晴れて演劇部に入部した。

    これで毎日お芝居ができると胸踊らせていたのも束の間、実際は日々の地味な基礎訓練ばかりであった。

    ​演劇部といえば文化部のイメージが強いが、吹奏楽部と並ぶ「体育会系文化部」である。

    発声、滑舌訓練はもちろんだが、腹筋、背筋、腕立て伏せに、本格的なストレッチ。

    ​入部したての頃は、部活時間の半分ほどがこれに当てられ、残り時間は2、3年生の即興劇や寸劇を見学するという、想像していたこととは違う現実に落胆していた。

    ​しかしこの地味で退屈な時間の大切さは、すぐに理解した。

    なぜなら、1学期が終わる頃には身体能力も高まり、私たち1年生も舞台に立つ基礎力が養われていたのだ。

    ​それと同時に――

    ​ーー天才的な才能に基礎力まで備わっては、もはや素人の域をこえてしまうではないか!

    ​と、今の私が思い出しては悶絶する、恥ずかしいまでもの自信が当時の天才少女から漏れでていた。

    ​夏休み、いよいよ初陣に向けての鍛練が始まる。

    初陣の場は秋に行われる文化祭だ。

    そこで打つ公演のオーディションという、部内での熱い戦いが始まるのだ。

    ​ーーついに実力を発揮する時がきたか。

    ​私は早く演じたくてウズウズしていた。

    ​舞台の台本は3年生が選び、役柄に応じてオーディションを行う。

    キャスティングは2、3年生の話し合いで決められる。

    ​オーディションの結果、私は主人公ではないものの、物語の要となる重要人物にキャスティングされた。

    台詞こそ少ないが、見せ場もある大役に私の気持ちは大いに高ぶった。

    ​ーーよっしゃ、やったるで!文化祭の舞台で鮮烈デビューや!そこにスカウトが居るとも限らんからな、出し惜しみせんと出せるもん出していこう!

    ​あほかな?

    ​と思われるかも知れないがこれが本当にあった怖い話で、当時の私は「マジ中のマジ」でそこまで期待値を上げてこの夏に挑んでいたのだ。

    ​スカウトをされるかもしれないと鼻息荒く練習に励んでいた夏休みのある日、私たち現役部員の前にOBの先輩方が現れた。

    ​「やってるねえ。はい、これ差し入れ。」

    ​OBの先輩方が白い発泡スチロールの箱の蓋を空けると、そこには小さな一口大のアイスが大盛りに入っていた。

    ​「ありがとうございます!」

    ​エアコンの無い講堂で稽古をしていたものだから、このアイスはもはや砂漠のオアシスに近い。

    そのアイスをありがたく口に入れ、談笑しながら、しばしの休息をとる。

    冷たくなった頬をさすり、​さて、そろそろ稽古を再開しようと私達現役部員がスイッチを切り替えたその時だった。

    ​「文化祭はこの作品にしなさい。」

    ​OBの1人が舞台上にスッと1冊の台本を差し出した。

    ​え?

    ​空気が一気に張り詰めた。

    ​​私達が稽古をしている台本はイジメをテーマにしたセンシティブな内容ではあったが、メッセージ性も強く思春期の私たちの胸に刺さる素晴らしい内容のものだった。

    ​故に、高校生が文化祭で演じるには技量が追い付かず、大切なメッセージとして観客に届かない危険性を孕んでいた。

    ​さらに、OBの先輩方が台本の変更をただの倫理観から強行してきた訳ではない。
    理由があったのだ。

    ​OBの先輩方の1つの上の代である当時の3年生が、やはり「イジメ」をテーマにした作品を文化祭で演じた結果、父母会から抗議があり、翌年演劇部は文化祭の舞台にたてなくなるという事件が起こった。

    ​そして、今私たちの目の前にいるOBの先輩方こそが、翌年3年生となり、最後の文化祭で舞台に立つことができなかった「当事者」だったのだ。

    ​3年生は、

    ​「この作品ができないのであれば、私たちは舞台に立ちません。」

    ​そういい放った。

    話は平行線を辿っていた。

    ​しかし、最後には部活顧問が別の脚本への変更を決めてしまう。

    ​3年生は泣いていた。

    ​そして、

    ​最後の文化祭を裏方に回るという形でボイコットをしたのである。

    ​変更された脚本は思春期の女子なら大好物の恋愛物だった。

    私にも改めて新しい役が充てられ、急ピッチで作品作りが行われた。

    ​文化祭当日、幕が上がる直前のことだ。

    ​3年生は私達後輩の手を1人1人強く握り、

    「舞台が成功しますように」と祈ってくれた。

    ​そして、私の背中をポンと叩いて、初めての舞台へと送り出してくれたのだ。

    その手の温もりに背中を押され、私は照明に彩られた表へと向かっていった。

    ​3年生が引退した後、2年生のある先輩がこう言った。

    ​「正直、ホッとしたわ。私らが3年生になった時、文化祭の舞台に立たれへんとか、そんなんありえへん。3年も自業自得や。」

    ​演目がなぜOBの耳に入ったのか?

    顧問の仕業だろうか?

    なぜ、もう卒業したOBが口を挟むのか?

    ​色々な思いは、ほんのひととき巡ったものの、

    ​結局、私も自らに火の粉が及ばずホッとしていた。

    ​皮肉にもこの「恋愛劇」は大いに盛り上がり、主人公を演じた先輩はしばし時の人となった。


    ​私はいったい、いつ、あの温もりを忘れたのだろう。


    ーー

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