
エッセイ|時間の長さは一定ではない|#シロクマ文芸部
待つ時間というのものは、その時の気の持ちようで長く感じたり、短かく感じたりするものだ。
約束の時刻や予定の時刻を過ぎても待つことになった場合、待ち時間の体感は、長く感じるように思う。
…どうして来ないんだろう?
…どうして始まらないんだろう?
そんな不安な思いが時間を長く感じさせるのだと思う。
楽しい時間は、早く過ぎていくように感じる。
久しぶりに会った友人と話が盛り上がった時、大好きな本を読んでいる時、「もうこんな時間!」と時計を見てびっくりした経験は、誰にでもあるだろう。
時間というものは、規則正しく時計が刻んで教えてくれるが、体で感じる時間というものは、決して一定ではない。
あんなに長いと思っていたのに、過ぎてみればあっという間に終わってしまった夏休みだったり。
たった数分の歯科治療でも、終わった時には、数十分耐えたと感じるほど疲れてしまっていたり。
時間ほど捉えにくいものはない。
まだまだ余裕だと思っていたのに、実際には、時間が全然足りなかった。
そんなことも良くあること。
その時の自分の感情まで予測して、時間的計画を立てたいところ。
気乗りしないことをやり遂げるには、想定以上に時間が掛かる。
楽しい予定は、たっぷり時間をとったつもりでも「もっと時間を確保しておけば良かった」と思うかも知れない。
先のことを考える時、ただ時間単位で計算するのではなく、自分にとってその時間が「長く感じる」か、「短く感じる」かも考慮しておくと失敗が少ないのではないかと思う。