
RPOの中の人が、Gaudiyの採用戦略を勝手に考えてみた
はじめに — ビジョンが壮大すぎると、採用で何が起きるか
「勝手にスタートアップの採用戦略を考えてみた」シリーズ第3回です。
第1回のTOKIUMでは「SaaS→AI転換期に採用が追いつかない問題」を、第2回のMujinでは「ディープテック企業がソフトウェアエンジニアを採る難しさ」を分析しました。今回は、また全く違う角度から攻めます。
「ビジョンが壮大すぎるスタートアップは、採用で何が起きるか」。
「ファン国家」。この言葉を聞いて、あなたは何の会社か想像できますか?
Web3?アニメ?ブロックチェーン?金融?コミュニティプラットフォーム?——全部正解で、全部不十分。これがGaudiyという会社です。
壮大なビジョンは社員のモチベーションを高める最強の武器になります。でも採用市場では、ビジョンが壮大すぎると候補者は「自分がそこで何をするのか」が分からなくなる。ビジョンは入社後の求心力であって、入社前の求人力ではない。 この区別ができていないスタートアップは多い。
この記事を読んで「うちもビジョンで語りすぎてたかも」と思ったら、たぶんその直感は正しいです。
※本記事は公開情報のみを基にした個人的な分析であり、Gaudiy様とは一切関係ありません。批判ではなく、応援提案として書いています。なお、文章の作成にはAIを活用していますが、採用戦略の分析・提案はすべて筆者自身の実務経験に基づいて構築しています。
この会社が好きな理由
Gaudiyは「ファンと共に、時代を進める。」をミッションに掲げ、「ファン国家」の構築をビジョンとするスタートアップです。2018年に創業し、現在の組織規模は約113名。
プレシリーズCラウンドでソニーグループとバンダイナムコホールディングスから総額100億円を調達。さらに小学館、集英社、講談社、ブシロード、アカツキ、コアミックス、アニメタイムズが株主として参画しています。日本のエンタメ業界のトッププレイヤーがこぞって出資している。
僕がこの会社に注目する理由は3つあります。
1つ目は、事業の振れ幅の広さ。 世界最大級のアニメ・マンガコミュニティサイト「MyAnimeList」(会員登録者数1,950万人、海外利用率99%)の運営、ファンコミュニティプラットフォーム「Gaudiy Fanlink」(サンリオ、集英社、ソニーミュージックなどが採用)の開発・提供、そしてWeb3の金融事業に取り組む「Gaudiy Financial Labs」——1つのスタートアップが3つの事業領域を同時に走らせている。
2つ目は、株主構成が事業の説得力になっていること。 ソニーグループとバンダイナムコという日本のエンタメ産業の中核企業が100億円を出資し、3大出版社(小学館・集英社・講談社)が株主に入っている。これは「ファン国家」というビジョンが絵空事ではなく、エンタメ業界の最重要プレイヤーたちが実現可能性に賭けているということの証明です。
3つ目は、カルチャーへのこだわりの深さ。 Gaudiyは「お試し入社制度」を運用しており、選考を通過した候補者が正式入社前に実際の業務を体験する仕組みを持っています。過去129名がお試し入社し、109名が正式入社。カルチャーフィットを採用プロセスの最重要項目に据えている。この徹底ぶりは、採用の専門家から見ても珍しい。
この会社の事業を分解する — 「課題→思想→ソリューション」の構造
課題:ファンの熱量は、ビジネスに変換されていない
世界のエンタメ産業は巨大です。アニメだけでも全世界の市場規模は数兆円。ゲーム、マンガ、音楽を含めれば数十兆円規模。そしてその産業を支えているのは「ファン」の存在です。
ところが、ファンの熱量とエンタメ企業の収益は、驚くほど繋がっていない。ファンはSNSで作品を語り、二次創作を作り、イベントに足を運ぶ。でもその活動は断片化していて、企業側がファンとの関係を一元的に管理する手段がない。結果として、ファンの熱量はマネタイズされず、企業は広告と物販という旧来のモデルに依存し続けている。
特に日本のIP(知的財産)は世界的に見ても圧倒的な競争力を持っているのに、それを活用したファンエコノミーの基盤が整っていない。これが構造的な課題です。
思想:ファンが「国民」になる経済圏を作る
ここでGaudiyが掲げたのが「ファン国家」という概念です。
ファンが特定の作品やIPを中心としたコミュニティに参加し、その中で経済活動を行い、貢献に応じた報酬やメリットを受け取る。ブロックチェーンで権利を管理し、分散型ID(DID)でファンのアイデンティティを跨がって持ち運べるようにする。ファンの活動が可視化され、企業はファンの熱量を正しく把握し、適切にリワードできる。
壮大なビジョンです。そしてこの壮大さこそが、採用における最大の課題にもなっている。
ソリューション:3つの事業レイヤー
Gaudiyのプロダクトは、大きく3つのレイヤーで整理できます。
レイヤー1:コミュニティ基盤(Gaudiy Fanlink)。 IP企業向けのファンコミュニティプラットフォーム。サンリオ、集英社、ソニーミュージック、ブシロードなどが導入済み。ファンの活動データを統合的に管理し、エンゲージメントの可視化とリワード設計を支援する。
レイヤー2:グローバルメディア(MyAnimeList)。 世界最大級のアニメ・マンガコミュニティサイト。会員登録者数1,950万人、海外利用率99%。グローバルなファンベースを持ち、日本のIPを世界に届ける入口になっている。
レイヤー3:金融基盤(Gaudiy Financial Labs)。 Web3技術を活用したファンエコノミーの金融インフラ。ブロックチェーン、トークンエコノミー、DIDなどの技術でファン経済圏の土台を作る。
この構造がなぜ「採用の分析」に関係するのか
この3つのレイヤーは、それぞれ全く異なるスキルセットと候補者層を必要とします。
レイヤー1(Fanlink)はBtoBのプロダクト開発。SaaSのプロダクトマネジメントやフロント/バックエンド開発の経験者がターゲット。レイヤー2(MAL)はグローバルメディアの運営。英語圏のユーザーを対象としたプロダクト開発で、国際的な開発チームが必要。レイヤー3(Financial Labs)はFintech×Web3の新規事業。ブロックチェーンエンジニアや金融ドメインの知識を持つ人材が必要。
113名の組織で3つの異なるプロダクトを回しているということは、1事業あたり平均37名。 エンジニア1人あたりが見る事業範囲は相当広い。そしてこの3つの事業を、同じ採用ページで、同じトーンで、同じメッセージで候補者に語ろうとしている。
公開情報から見える採用の現状 — 数字で推定する
組織規模と成長ペース
2018年に2人で創業し、シード期8名→シリーズA20名→シリーズB68名→プレシリーズC113名と段階的に拡大してきました。100億円の資金調達を踏まえると、ここから1年で50〜100名の採用が発生する可能性が高い。組織を倍以上にするフェーズです。
お試し入社のデータが語ること
Gaudiyの選考プロセスで最も特徴的なのが「お試し入社制度」。過去129名がお試し入社し、109名が正式入社、20名が辞退。辞退率は約15%。辞退理由として挙がっているのは「カルチャーにマッチせず」「コラボレーションする動き方がマッチせず」「DAOのカルチャーがマッチせず」——つまりスキルではなくカルチャーフィットで脱落する比率が高い。
この数字に重要な示唆があります。書類選考→面接→お試し入社という長いファネルの最後で離脱が起きている。採用コスト(工数)が最大限かかった後の離脱です。これは構造的に改善すべきポイントです。
分析のフレームワーク — RPOが最初に見る5つの観点
前回、前々回と同じフレームワークを使います。シリーズを通して読んでいる方は、このフレームワーク自体をご自身の会社に当てはめてみてください。
観点 何を見ているか ① EVPの明確さ 「この会社で働くと自分に何が起きるか」が言語化されているか ② ターゲットペルソナの解像度 誰を採りたいのか、求人票から具体的な人物像が浮かぶか ③ チャネル設計 狙っているペルソナがいる場所に、適切な手段でリーチできているか ④ 競合との採用ポジショニング 候補者の比較検討リストの中で、何で選ばれるかが明確か ⑤ 選考体験の設計 選考プロセス自体が候補者へのメッセージになっているか
フレームワークをGaudiyに適用する
① EVPの明確さ — 情報量が多すぎて、何も伝わっていない
Gaudiyの求人ページを開くと、「ファン国家」「Web3」「ブロックチェーン」「NFT」「DID」「生成AI」「MyAnimeList」「Fanlink」「Financial Labs」「ソニー」「バンダイナムコ」「集英社」「講談社」——これが一気に飛び込んできます。
候補者の脳のキャパシティには限界がある。情報が10個並んだ瞬間、人は1つも覚えられない。 これはプロダクトのUXと同じです。
もし僕がGaudiyの採用メッセージを設計するなら、ポジションごとに伝えることを1つに絞ります。
MyAnimeListのエンジニアを採るなら:「月間2,000万人が使う、世界最大のアニメコミュニティを進化させるエンジニア」——これだけでいい。Web3もファン国家もFanlinkもFinancial Labsも、その求人には書かない。
Fanlinkのエンジニアを採るなら:「サンリオ、集英社、ソニーミュージックの公式ファンコミュニティを設計するプロダクト開発」——IP企業の固有名詞が最強のフック。
Financial Labsのエンジニアを採るなら:「Web3×金融の新規事業を、ソニーグループの資本と共に立ち上げる」——新規事業×大手資本の組み合わせ。
「ファン国家」は入社してから語ればいい。 求人票は、候補者が最初の5秒で「面白そう」と思うかどうかで決まります。
② ターゲットペルソナの解像度 — ビジョンに共感する候補者は、市場に何人いるか
ここがこの記事の核心です。
Gaudiyのビジョン「ファン国家」に共鳴し、自分の技術でそれを実現したいと思う候補者は確かにいます。でもこの層は非常に少ない。 日本のエンジニア市場で「Web3×エンタメ×ファンエコノミー」にワクワクする人は、良く見積もっても数百人でしょう。
一方で、「MyAnimeListの月間2,000万ユーザーの基盤を触りたい」「サンリオのファンコミュニティを設計したい」と思うプロダクトドリブンな候補者や、「ブロックチェーン×LLMの実装経験が積める」と思うテクノロジードリブンな候補者は、遥かに多い。
お試し入社の辞退理由を見ると「DAOのカルチャーがマッチせず」「コラボレーションする動き方がマッチせず」が挙がっています。これはプロダクトや技術に惹かれて入ってきた候補者が、お試し入社で初めて、Gaudiyが求めるのはビジョン共鳴型の人材だと気づく構造です。
提案はシンプルです。 入口はプロダクトと技術で集客し、選考プロセスの中でビジョンへの共感度を段階的に確認する。「具体→拡張→共鳴」の3ステップ。具体的なプロダクトで興味を引き、面接の中で事業全体のビジョンを拡張し、お試し入社の前の段階でカルチャーフィットへの共鳴を確認する。お試し入社で初めてギャップが発覚するという構造を、面接の段階に前倒しする。
壮大なビジョンを持つスタートアップの多くは、「ビジョンに共感する人を採りたい」と言いながら、実際にはビジョンに共感できる候補者がどれだけ市場にいるかを見積もっていない。 市場に100人しかいない人を200人採ろうとすれば、必然的にミスマッチが起きます。ビジョンは採用の「最後のフィルター」であって「入口のフック」ではない。
③ チャネル設計 — 3事業1チャネルは採れない
Mujin編でも触れましたが、複数の事業を持つスタートアップは、事業別にチャネルを分けるべきです。Gaudiyの場合、この原則がさらに鮮明になります。
MyAnimeListは会員の99%が海外ユーザー。つまりMALのエンジニアリングは英語圏向けのグローバルプロダクト開発です。一方、Gaudiy FanlinkはサンリオやSMEなど日本のIP企業との協業だから日本語中心の開発。Financial LabsはFintech×Web3という特殊領域。
この3つの事業のエンジニアを同じチャネルで同じメッセージで採ろうとするのは無理があります。MAL向けはLinkedIn・AngelList・海外テックコミュニティ。Fanlink向けはGreen・Wantedly・国内AG。Financial Labs向けはFintech/Web3専門の媒体やコミュニティ。3事業3チャネルが正しい設計です。
④ 競合との採用ポジショニング — 出資元の固有名詞が最強のフック
Gaudiyの株主構成を改めて見てください。ソニーグループ、バンダイナムコ、小学館、集英社、講談社。
これは採用市場における最強のカードです。
エージェントへのブリーフィングでも、スカウト文面でも、最初の1文に出すべきは「ファン国家」ではなく**「ソニーグループとバンダイナムコが計100億円出資したスタートアップ」**。これだけで信頼度と注目度が一気に上がります。
「ファン国家を目指すWeb3スタートアップ」と言っても、エージェントの脳内には何もイメージが浮かばない。だが「ソニーとバンナムが100億出した会社で、集英社のIPを使ったプロダクトを作るポジション」と言えば、エンタメ×テックのカテゴリーに入り、該当する候補者がすぐに思い浮かぶ。
ビジョンより先に出資元を出す。具体的な固有名詞が、抽象的なビジョンの100倍速く候補者の信頼を獲得します。
⑤ 選考体験の設計 — お試し入社での離脱は「最もコストが高い失敗」
お試し入社での辞退率15%(20/129)。一見低く見えますが、ここでの離脱は採用プロセスの全コストが投下された後に起きていることを考えると、改善のROIは非常に高い。
具体的な改善策は2つあります。
1つ目、「カルチャーフィット面接」の構造化。 辞退理由として出ている「DAOのカルチャー」「コラボレーションの動き方」を、面接で事前に確認するための構造化質問を設計する。「チームで意思決定するとき、どういうプロセスを好みますか?」「上下関係のないフラットな組織で働いた経験はありますか?」——こうした質問で、お試し入社前にフィットを判断する。
2つ目、「リアルジョブプレビュー」コンテンツの制作。 「Gaudiyの1日」「DAOってこういう働き方です」を正直に見せるnote記事や動画を作り、応募前に候補者に読んでもらう。合わない人は応募段階で自己選抜する。これだけでお試し入社の辞退率は大きく下がるはずです。
自分がRPOとして入るなら、最初の30日で何をするか
Week 1:お試し入社の辞退分析を徹底する 過去の辞退者20名の辞退理由を詳細に分類する。「カルチャー不一致」の中身を分解する——DAOの意思決定プロセスに合わなかったのか、リモートワークの働き方に合わなかったのか、ビジョンへの共感が薄かったのか。ここで仮説が立つ。同時に、直近入社したメンバー5名に「なぜGaudiyを選んだか」「最初の求人で何に惹かれたか」をヒアリングする。
Week 2:採用メッセージの3事業分離 MyAnimeList向け、Fanlink向け、Financial Labs向けの3パターンの求人メッセージを設計する。それぞれ最初の1文を変える。MALなら「月間2,000万ユーザーのグローバルアニメコミュニティ」、Fanlinkなら「サンリオ・集英社の公式ファンプラットフォーム」、Financial Labsなら「ソニーグループ資本のWeb3金融新規事業」。全てのスカウト文面の冒頭に「ソニーグループとバンダイナムコが計100億円出資」を入れる。
Week 3:カルチャーフィット面接の設計 構造化面接の質問セットを設計し、面接官向けのスコアリングシートを作る。お試し入社前の面接段階でカルチャーフィットの判定精度を上げる。同時に「Gaudiyの働き方」を正直に見せるリアルジョブプレビューコンテンツを1本制作する。
Week 4:チャネルの3系統化とPDCA MAL向け(LinkedIn・海外テックコミュニティ)、Fanlink向け(Green・Wantedly・国内AG)、Financial Labs向け(Fintech/Web3専門媒体)にチャネルを分離する。新しいメッセージでスカウトを送り、返信率の変化を測定。数字が動けば仮説が正しかったことになる。
まとめ — あなたの会社のビジョンは、採用を助けていますか?
Gaudiyの事例から、壮大なビジョンを持つスタートアップの採用に当てはまる教訓を3つ抽出します。
第一に、ビジョンが壮大すぎると、候補者は「何をする会社か」が分からなくなる。 情報を10個並べると1つも覚えられない。求人票の最初の5秒で伝えるのは、ビジョンではなく「具体的に何を作っているか」。ビジョンは面接で語ればいい。
第二に、ビジョンドリブンな候補者は市場に少ない。 ビジョンに共感する人だけをターゲットにすると母集団が枯渇する。入口はプロダクトと技術で集客し、選考プロセスの中でビジョンへの共感を確認する「具体→拡張→共鳴」の順番が正しい。
第三に、お試し入社でのカルチャーギャップ発覚は、最もコストが高い離脱。 採用コストが全て投下された後の離脱を減らすには、面接段階でのカルチャーフィット判定精度を上げるか、応募前にリアルな働き方を見せて自己選抜を促す。
最後に、この記事を読んでいるスタートアップの人事担当者に問いたい。あなたの会社のビジョンは、採用を助けていますか? それとも邪魔していますか? 壮大なビジョンは入社後の求心力であって、入社前の求人力ではない。この区別ができるかどうかで、採用の結果は大きく変わります。
次回も別のスタートアップを分析します。よかったらフォローしてお待ちください。
参考ソース
本記事の分析は、以下の公開情報を基に行っています。
Gaudiy公式
コーポレートサイト:https://gaudiy.com/
採用ページ:https://recruit.gaudiy.com/
Gaudiy Fanlink:https://fanlink.gaudiy.com/
MyAnimeList:https://myanimelist.net/
採用媒体・情報ソース
Wantedly 会社ページ:https://www.wantedly.com/companies/gaudiy
STARTUP DB:https://startup-db.com/
プレスリリース(資金調達):各種メディア報道
筆者プロフィール:RPOコンサルタントとして常時7社以上のスタートアップの採用を支援。採用をマーケティングの視点で構造化し、「なぜうまくいかないか」のパターンを言語化する。複数社を横断的に見ているからこそ気づく「スタートアップ採用のリアル」を、このnoteで発信しています。