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おばあちゃん、たくさんありがとう!ずっと大好きやで。


    「あと二日ほどでしょう。入院して看取る事も出来ますよ。」


    病院の先生からそう言われて今日で一週間だと、実家に帰った私に母が教えてくれた。


    母の日に子供達が集まった時は、食事が少しできて、カーネーション一輪買って、お祝いをした。その後から、水分を含むのがやっとになったらしい。


    おばあちゃんは、骨の形がはっきり分かるほどに、細くなっていた。不謹慎かもしれないが、頭蓋骨というものをはっきり感じた。
    そしてその骨は意外としっかりしている。
    私の骨太はおばあちゃん譲りだったんかな。



    「死んでから会うより、今会っといた方がええやろ。」
    三日前にその電話をくれたのは弟だった。
    この心配りができる弟には、本当に感謝している。


    私にはおばあちゃんに言わなければならない事があったからだ。

    そう、謝りたかった。
    心配かけたことを謝りたかった。


    おばあちゃんは一日の多くの時間眠っている。
    今も殆ど目を閉じてるけど、地獄耳で、他の部屋で喋っている私達の話しもちゃんと聴いていて、それは違う、あれはこうや。とうるさくて母を困らせたおばあちゃんの聴く力に期待して、話し下手な私は話す。


    聴くより断然話す派だったおばあちゃんは、黙って聴いてくれている。時々目を開けて、顔を動かしたり、口を開ける仕草をする。


    おばあちゃんは今より元気にはならない。


    お寿司を食べに行くことも、たこ焼き食べることも、焼き鳥屋に行くことも、もう叶わない。
    「元気になったら、お寿司食べよな。」そういう励ましは、今はもう違う気がする。



    さてと、こんな時にかける言葉はなんだろう?そう考えた時、ふと思った。天国でなら叶うんじゃないか?


    私はおばあちゃんに言った。
    「おばあちゃん、50年したら、私の事迎えに来て。25年したら、ママのこと迎えに来たって。それまでに、天国で鳥光とスシローと、コーラ味とソーダ味のフローズン飲めるお店と見つけといて、私が行ったらまた連れて行ってな。一緒に食べよ。荒物屋さんで買うてくれた宝石みたいなビー玉もまた買って欲しいねん。ガストのハンバーグも、ケンタッキーも一緒に行こな。」


    おばあちゃんと約束した。
    「ほんまやな。」と言わんばかりに、おばあちゃんは目と口を開けている。
    骨と皮の向こうに、大好きなあの笑顔が見えて嬉しかった。


    宝石みたいなガラスのビー玉を無くしてしまったのが悔しかった。


    おばあちゃんは人のお世話をするのが好きな人で、友達も多かった。
    その方達はもう先に向こうへ行ってるから、遅れて着いたおばあちゃんが行けば、どんなに喜んで迎えられるか。
    だからおばあちゃんもしばらくは忙しいはずだけど、私が行くまでに、色々準備してくれてると嬉しい。


    おばあちゃんは四捨五入すれば100歳だけど、痛みに苦しんだりする事もなく、母や子供達、孫達の近くで、ゆっくりその時を迎えようとしている。


    子どもの頃、私は「死」というものが、心底恐ろしかった。
    そんな時に必死で「私よりママが先や。その前におばあちゃんが先や。」そう思って、怖さを凌いでいた。


    そのおばあちゃんが今にもあっちへ逝きそうな中、私の恐怖は変化してきている。


    「よく分からなくて凄く怖い別世界の話し」だった死が、人生の延長線上に必ずあるものであり、誰しもがそこへ徐々に近づいている。
    という事が分かったし、あの世というものの存在を完全に否定出来ないのなら、そこでの楽しみを計画するのも面白い。そう考えてもいる。


    そして私達は間違いなくあの世への入り口へ向かっているんだけど、そこまでの道のりは自由だということも分かった。


    おばあちゃんは姑にしたくない女性TOP10のランキングに余裕で入る。
    どこにでも顔を出すということは、嫌っていた人も多かったろう。
    何より、おじいちゃんとは諍いか絶えなかった。おじいちゃんの女癖の悪さを考えるとおばあちゃんの気持ちは分かるが、そうさせた原因もあったのだ。

    おじいちゃんを見送った後は、演歌歌手のなんとかいう人にゾッコンで、ベッドの周りはその人の写真ばかりだった。
    推し活も推し活。すごい推しっぷりだった。


    なんというか、おばあちゃんとしては満点だったけど、赤点をつけるような人も多かったろう。


    ところがある事をきっかけに、おばあちゃんは演歌歌手のデカい写真を全部取っ払って、自分とおじいちゃんの写真を並べて貼ったのだ。
    奇跡が起こったと感じた。

    涙が出た。


    おばあちゃんは人生の終わりが近づいていく中で、自分の気持ち、人間関係、さまざまな事を整理した。


    そして、そこまで仲が良くなかったと言っている長女(私の母)が、それはそれは甲斐甲斐しくお世話して、看取ろうとしている。


    この世を去る時は、こうやって旅支度をするんだな。
    おばあちゃんはそれを近くで教えてくれた。


    そんな事を思ってると、あの頃の、多分おばあちゃんの記憶の中の私みたいな5歳の姪っ子(顔もあの頃の私にそっくり)が入ってきた。
    そして、ずいぶん減ってしまったおばあちゃんのボタン箱を見つけ出して、綺麗なボタン探しをし始めた。おばあちゃんの隣で。

    私も一緒に綺麗なボタンを探した。40年ぶりだった。


    姪っ子は「私もボタン持ってきてたらボタン交換できたのに。」と言ってる。シール交換の影響かな。


    おばあちゃんに、ボタンもらっていいか聞くと、良いという事だったので、私はいくつかもらって、ポケットに入れた。
    今度こそ、大事に持っておきたい。



    帰る時に母が言った。
    「この前初めて、『もう頑張らんでいいんやで。あっち行きたかったら逝っていいんやで。』って言うてん。」と。


    私も今は負債なくそう思えるし、母がそう思ってくれてる事にもホッとした。


    おばあちゃん、色々ありがとう。たくさん心配かけてごめん。でも、多分もう大丈夫。弟とも仲良くしてる。今日もあの子が呼んでくれたんやで。


    おばあちゃん、大大大大大好きだよ。
    50年後、楽しみにしてるね!!







     
     
    解散した世界平和統一家庭連合の現役信徒です。教会の是非よりも、日常を綴りたい! 自己肯定感上げ上げ長女、超マイペース次女、人生5周目三女、重力高め四女、丸すぎる長男の愛すべき子供達が私達の宝物。 さて、我が家の平和はいつ来るのか⁈今日も戦いの火蓋は切って落とされた!!

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