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双生のイクリプス第28話『豪快王レグナールと、食卓の騎士たち』

     序章:規格外の日常
     
    偽・図書館長との闘いから1か月。これまでの出来事がまるで嘘のように、平穏な日々が続いていた。
    王立魔法学院の中庭に、鈍い衝撃音が響き渡る。
     
    「はぁっ!」
     
    トモミの拳が空を切った。ただそれだけで、風圧が刃となって地面を抉り、レンガが次々と捲れ上がる。まるで見えない巨人が地面を引っ掻いたような惨状だ。
     
    「ちょ、ちょっと待って! トモミさん!今の、拳が当たってないよ!?」
     
    防御魔法『聖水天蓋(アクア・サンクチュアリ)』の淡い光に包まれたコトが、オレンジ色の毛を逆立てて叫ぶ。エレナが予め施してくれた絶対防御の結界は健在だが、直撃していないのに結界全体が「ミシミシ」と悲鳴を上げている。
     
    「あー、悪ぃ悪ぃ。まだ調子が8割くらいでよ、加減がイマイチ掴めねぇんだ」
    包帯を巻いた腕を回しながら、トモミは屈託なく笑う。その背後では、中庭の石畳が蜘蛛の巣状にひび割れ、噴水のオブジェが傾いている。
     
    「トモちゃんの8割は一般人の800パーセントなの!」
     
    エレナが杖を掲げて叫んだ。金髪がふわりと揺れ、普段のおっとりした表情が珍しく引き攣っている。
     
    「リハビリで学園を更地にする気!? トモちゃん、ここ学校よ!? 訓練場じゃないのよ!?」
     
    「いやー、でも身体動かさねぇと、なんかムズムズしてよ」
     
    「ムズムズで大地が悲鳴上げるな!」セシルがブロンズ髪の縦ロールを揺らしながら、青い顔で駆け寄ってくる。その手には、既に損害賠償額を計算した書類が握られていた。
     
    「中庭の修復費用、概算で……12万G(ゴールド)ですわ! 12万! ようやく図書館の借金が片付いたと思ったら、今度は学院に借金ですの!?」
     
    「大丈夫大丈夫、セシル。あたいがちゃんと働いて返すからよ」
    「その『働く』が討伐依頼で、帰ってくる頃には街が半壊してるパターンでしょうが!」
     
    セシルの怒号が中庭に響く。その横で、イウムが筋肉質の巨体を地面に横たえ、轟音の中で爆睡していた。
    「ゴゴゴゴゴ……(いびき)」
    「起きなさいイウム! あなたまで寝てたら、この惨状を見る“まともな人間”が、わたししかいないじゃない!」
     
    エレナの悲鳴も虚しく、イウムは微動だにしない。その口元からは、よだれの滝が流れていた。
     


     
    「……腹、減ったな」トモミがぽつりと呟いた瞬間、セシルとエレナの顔色が変わる。
     
    「ダメ」「却下ですわ」
     
    二人の声が重なった。
     
    「え、なんでだよ」
     
    「なんでもよ!」エレナが杖を振る。
     
    トモミの空腹モードは、あらゆる意味で危険だ。知能が低下し、食欲が暴走し、最悪の場合、街の食料を食い尽くす。前回のパンケーキ屋事件の記憶が、エレナの脳裏に蘇る。
     
    「でもよ、さっきから腹が鳴ってんだよ。な、ちょっとだけ。ちょっとだけ食わせてくれよ」
     
    「『ちょっと』が50皿になるんでしょうが!」セシルが額を押さえる。しかし、トモミの瞳は既に焦点を失い始めていた。獣が獲物を探すような、あの眼差しだ。
     
    「……あー、もう! 分かりましたわ! でも、30分以内に戻ってくること! これから国王陛下の謁見があるんですからね!」
     
    「マジで!? さっすがセシル、話が分かるぜ!」トモミが満面の笑みで駆け出す。その速さは、リハビリ中とは思えない。
     
    「エレナ、コト、イウムを起こして準備を。わたくしは……トモミの監視ですわ」
     
    セシルが深い溜息をついた。縦ロールが、哀愁を帯びて揺れる。
     


     
    2,戦士の食卓
     
    王都の目抜き通りにある『パンケーキハウス・リリー』は、昼時の賑わいを見せていた。甘い香りが漂う店内に、トモミが勢いよく飛び込む。
     
    「おばちゃん! パンケーキ全種類! あと肉! 肉持ってこい!」
    「ま、待ちなさいトモミ! せめてメニューを見て……」
     
    セシルの制止も虚しく、トモミは既に席に着いていた。そしてものの5分後。
     
    「…………」
     
    セシルは、言葉を失っていた。
     
    テーブルの上には、皿が積み上げられている。空になったパンケーキの皿が、まるで『天空の城』のように聳え立っていた。その数、優に30枚は超える。
     
    「うめぇ! やっぱ飯は最高だな!」
     
    トモミは満面の笑みで、肉の塊にかぶりつく。その食べっぷりは、もはや芸術の域だ。咀嚼音、嚥下音、そして次の肉に手を伸ばす動作――全てが一切の無駄なく、流れるように繰り返される。
     
    「お、お会計……」店主が震える手で伝票を差し出す。その額を見たセシルが、顔面蒼白になった。
     
    「4万G!?」
     
    「いやー、うまかったぜ! セシル、ありがとな!」
    「誰がアンタの食費を払うと言いましたの!?」
     
    セシルの怒号が店内に響く。しかしトモミは既に次の肉に夢中で、聞いていない。
     
    「……はぁ。もう、いいですわ。でも、これから謁見ですからね。せめて顔くらい拭きなさい」
     
    セシルがハンカチを取り出し、トモミの口元についたソースを拭く。その仕草は、どこか母親のようで、トモミは少し照れくさそうに頬を掻いた。
     
    「へへ、悪ぃな」
    「……全く。アンタは本当に、手のかかる子ですわ」
     
    セシルの口元が、ほんの少しだけ緩む。そんな二人のやり取りを見て、店の客たちがほっこりと微笑んでいた。
     


     
    3,王城・謁見の間
     
    トモミたちが王城の門を潜ったのは、それから30分後のことだった。巨大な石造りの門、整然と並ぶ近衛兵、そして煌びやかなシャンデリア。王城は、まさに「権力の象徴」だった。セシルとエレナは慣れた様子で歩を進めるが、トモミは興味津々で辺りを見回している。
     
    「すげぇな、この城。じっちゃんの道場の100倍はあるぜ」
    「静かにしなさいトモミ。ここは王城ですのよ」
    「へいへい」
     
    コトは緊張した面持ちで尻尾を揺らし、イウムは相変わらず筋肉のことしか考えていない表情で歩いている。
     
    やがて、一行は謁見の間へと通された。重厚な扉が開くと、そこには荘厳な空間が広がっていた。赤い絨毯が一直線に伸び、その先には玉座。そして玉座には、一人の老人が座っていた。
     
    アウレリウス・レグナール――この国の国王である。
    身長は優に2メートルを超え、白い髭を蓄えた顔には無数の傷跡。かつて戦場を駆けた「戦士王」の異名を持つ彼は、齢70を超えた今なお、圧倒的な存在感を放っていた。
     
    「……頭が高い」
     
    低く、重い声が響く。まるで地の底から響くような声に、コトが思わず身を竦めた。エレナも杖を握る手に力を込める。
     
    「小娘――トモミとやら。其方、5億2000万Gもの借金を己の力で完済した挙句、残った6億8000万Gを、王都復興のために寄付したというのは……真か」
     
    その言葉は、処刑宣告のように冷たかった。絶対的な権力者の、容赦ない視線。
     
    「陛下! それには訳が……」セシルが弁明しようと一歩前に出る。しかし、その瞬間。
     
    「――――ガーッハッハッハッハッ!!」
     
    王が、豪快に笑い出した。
     
    その笑い声は、謁見の間全体を揺らすほどの大音量だった。近衛兵たちが驚いて顔を見合わせる。セシルとエレナは呆気に取られ、コトは尻尾をピンと立てて固まっている。
     
    「愉快! 実に痛快だ!」
    王が玉座から立ち上がる。その巨体が、トモミたちに向かって歩み寄ってきた。
     
    「巨額の借金を己の力で完済し、あろうことか残金全てを国に寄付しおって! 挙句の果てにはアンデッドの群れまでぶちのめすとは! 素晴らしい! 実に素晴らしいではないか!」
     
    「え……あ、あの……」セシルが困惑する。エレナも杖を持つ手を下ろし、きょとんとした表情だ。
     
    「特に其方! 太陽の拳!」王がトモミを指差す。トモミは「あたい?」と自分を指差し返した。
     
    「あの『過剰回復拳(オーバーヒール・インパクト)』とやら! あれはどうやるのだ!? 生命エネルギーをアンデッドにぶち込むなど、余も50年戦場に立ったが、聞いたことがないぞ!」
     
    「あー、あれはよ……」トモミが頭を掻く。その表情は、まるで少年のように無邪気だ。
     
    「なんつーか、あたいの師匠がよ。『拳ってのは、壊すだけじゃねぇ。守るためにもあるんだ』って言っててよ。だから、守りてぇって思ったら、なんか身体が勝手に動いたんだ」
     
    「……素晴らしい」王の瞳が、戦士のそれに変わる。かつて戦場を駆けた、純粋な武人の眼差しだ。
     
    「其方は、真の戦士だ。余も若い頃、そのような拳を目指したものよ」
    「へへ、爺さんも話が分かるじゃねぇか」
    「ガハハ! 気に入ったぞ、小僧……いや、小娘か!」
     
    王とトモミが、がっしりと握手を交わす。その光景を見て、セシルが深い溜息をついた。
     
    「……類は友を呼ぶ、とはこのことですわね」
     


     
    しかし。
    笑いが止んだ瞬間、空気が一変した。王が「王の顔」に戻る。BGMが止まるような、静寂。トモミたちは、その変化を敏感に感じ取った。
     
    「……さて」王が再び玉座に座る。その表情は、先ほどまでの豪快さが嘘のように、厳かだ。
     
    「余が其方らを呼んだのは、実は別件でな」
     
    「別件……ですか?」エレナが尋ねる。
     
    王は頷き、傍らの文官に目配せをした。文官が地図を広げる。
     
    「北の廃都――『ネクロポリス』を知っているか?」
     
    「ネクロポリス……」セシルが眉をひそめる。エレナも、その名に聞き覚えがあるようだ。
     
    「かつて栄華を誇った都市国家だ。しかし100年前の「古の魔女の件」で滅びた後、たびたび我が国と「魔王国エクリプシア」との間で争奪戦が続いた。現在では廃墟と化している。そこで最近、不穏な動きがあるとの報告が入った」
     
    「不穏な動き、とは?」
    「……魔王軍の残党、ネクロマンサーどもが、何やら実験を行っているらしい。詳細は不明だが……」
     
    王が、地図の一点を指差す。
     
    「『かつての勇者の遺体』を利用した、禁忌の儀式だと」
     
    その言葉に、一同の表情が強張る。
     
    「勇者の……遺体?」
    「ああ。50年前のネクロポリスでの戦い。魔王と相討ちになった勇者の遺体が眠っている。それを蘇らせ、魔王軍の傀儡にしようという企みらしい」
     
    トモミは拳を握り締め、エレナは杖を強く握る。
     
    「……余は、其方らにこの調査を依頼したい。報酬は弾む。どうだ?」
     
    「やるぜ」トモミが即答する。その瞳には、迷いがない。
     
    「死人を弄ぶような野郎は、あたいが許さねぇ」
    「ふむ。やはり其方は、余の見込んだ通りの戦士だ」
     
    王が満足そうに頷く。そして、立ち上がりかけたトモミたちを、その声が止めた。
     
    「――待て」
    「?」
    「其方らは行け。だが……」
     
    王の視線が、一人の少女に注がれる。
     
    「セシル・フォン・ローゼンバーグ。其方は、残れ」
     
    その言葉に、全員が凍りついた。
     


     
    4,別れの序曲
     
    「……陛下?」
     
    セシルが、震える声で尋ねる。王は厳かに頷いた。
     
    「其方を、王立図書館の“新館長”に任命する」
     
    「え……」
    「先の図書館長――魔王軍と通じ、私腹を肥やしていたあの愚か者は、太陽の拳が成敗してくれた。しかし、奴が残した爪痕は深い。使途不明金だけで実に7億Gにのぼる負債が、図書館の帳簿から発覚しておる」
     
    「な……7億G……!?」セシルの顔から、みるみる血の気が引いた。
     
    「その財政再建と債権管理を、其方に託したい。これは、国益に関わる重大事だ。其方の頭脳と、ローゼンバーグ家の威光があれば、必ずや成し遂げられるだろう」
     
    「お、お待ちくださいませ、陛下! わたくしとトモミたちの借金は、とうに完済しておりますわ! なのになぜ、わたくしが赤の他人――いいえ、前館長の尻拭いをさせられなければなりませんの!? そ、それに……わたくしは……」
     
    セシルが言葉に詰まる。その瞳が、トモミたちを見た。
     
    「わたくしは……仲間と……」
     
    「セシル・フォン・ローゼンバーグ」王の声が、謁見の間に響く。それは命令であり、王としての責務だった。
     
    「其方は貴族だ。ノブレス・オブリージュ――高貴なる者の義務を、忘れたか?」
     
    「…………」セシルが、唇を噛む。
     
    トモミが、一歩前に出た。
    「おい、待てよ爺さん。セシルも一緒だろ? あたいたちは仲間なんだぜ?」
     
    「仲間、か」王が、トモミを見る。その瞳には、哀しみのようなものが宿っていた。
     
    「……小娘よ。戦とは、そういうものだ。仲間が散り、別れが訪れ、それでも前に進まねばならん。其方も、いずれ分かる日が来る」
     
    「ふざけんな!」トモミが叫ぶ。その声は、謁見の間を揺らした。
     
    「あたいは、仲間を置いていかねぇ! セシルも、エレナも、コトも、イウムも! みんな一緒だ!」
     
    「トモちゃん……」エレナが、涙ぐんだ瞳でトモミを見る。コトも、イウムも、黙ってトモミの背中を見つめていた。
     
    「……其方の気持ちは分かる。だが、これは王命だ」
     
    王が立ち上がる。その巨体が、圧倒的な存在感を放つ。
     
    「セシル・フォン・ローゼンバーグ。其方は、この国のために働け。それが、貴族の務めだ」
     
    「…………はい」セシルが、静かに頭を下げた。
     
    その瞬間、トモミの表情が歪む。エレナが杖を握り締め、コトが尻尾を下ろす。
     
    「セシル……」
    「……ごめんなさい、トモミ」セシルが、顔を上げる。その瞳には、涙が浮かんでいた。
     
    「わたくしは……貴族ですもの。国のために働くのが、わたくしの義務ですわ」
    「でも……」
    「大丈夫よ。アンタたちなら、きっと大丈夫」
     
    セシルが微笑む。その笑顔は、どこか寂しげで、しかし決意に満ちていた。
     
    「アンタは強いもの。誰よりも」
     
    「…………ッ」トモミが、拳を握り締める。その拳が、小刻みに震えていた。
     
    「……分かった」
     
    トモミが、搾り出すように言う。
     
    「でも、必ず帰ってくるからな。そしたら、また一緒に飯食おうぜ」
     
    「……ええ」セシルが頷く。その瞳から、一筋の涙が零れた。
     


     
    謁見の間を出たトモミたちは、無言で城を後にした。窓の外には、北の空に不吉な雲が広がっている。まるで、これから訪れる戦いを予感させるように。
     
    「……行くぞ、みんな」トモミが、拳を握り締める。
     
    「セシルの分まで、あたいたちが頑張るんだ」
     
    「うん……」エレナが頷く。
     
    コトも、イウムも、黙って頷いた。
     
    物語は、「遊び」から「戦争」へと変わろうとしていた。
    そして――トモミたちの新たな戦いが、今、始まる。
     


     
    ――続く――

     
     
    AI×人間が生み出す物語の極致へ。少年時代の友との空想を原典に、AIの論理的創造力を借りて執筆する『双生のイクリプス』著者。クロノトリガーや幽白を愛する世代に刺さる、矛盾のない「超本格」を目指しています。あの頃のワクワクを、より深く、より鮮烈に届けたい。

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