
とびきり親切な宇宙人と、地球のカピバラ温泉
はじめに
最近、YouTubeやTwitterでカピバラの動画を見るのがすっかりお気に入りになっていて、カピバラくんたちが温泉に入ったり、草を食べたりするのを見て、ほっこりしております。動画見てるだけでもかわいいけど、いつか実物を見に行きたいな、触ってみたいな。そんな風に思う毎日であります。
でも、ふと考えると…南米の故郷にない温泉に入るカピバラくんたちって、本当に幸せなのかな…?そんな問いから、少し書いてみることにいたしました。
日本で温泉に入るカピバラくんと、故郷南米のカピバラくん
日本の動物園にいるカピバラくんたちは、飢えや天敵に困ることはなくて、温泉に入って、飼育員さんやお客さんにかわいがってもらって、たっぷり餌を食べて…のほほんと暮らせて、ほんとに幸せそうですね。 でも、今日本にいるカピバラくんたちは、すでに何世代も経っていて、故郷であるパンタナールの湿原や、大好きな川のことを完全な忘れてしまっているでしょうね。 いや、忘れるどころか、そもそも存在すら知らないでしょう。動物園は餌もあって温泉も入れてすごく快適だろうけど…でも、それって本当に幸せなのかな?
パンタナールで暮らす野生のカピバラくんたちは、ジャガーやカイマンに捕食される恐怖に怯えたり、飢えや怪我で辛い思いをしたりすることが普通でしょう。でも、大河で泳いで、草を食べて、群れで身を寄せ合って日向ぼっこして…そんな風に野生の本能の通り自由に生きること、それこそが 「普通」 であって、幸せかどうかなんて、カピバラくんたちが考えるとは思えませんよね。
じゃあ、一体どちらが幸せなのでしょう?
そもそもカピバラが幸せかどうかなんて、人間の基準で勝手に決めつけようとしてるだけなんじゃ?
人間に置き換えると?
ある時、地球文明よりも高度な文明を持つ宇宙人が地球にやってきたとしましょう。この宇宙人くんたちはとびっきり親切な種族だったので、地球の有様を見て、こう言うでしょう。
「えっ?地球の人って、戦争、テロ、災害、病気、貧困…まだそんなことに苦しんでいるの?それは可哀想に…。よし、僕たちの星に連れ帰って、大切にしてあげるよ。なあに、お礼はいらないよ、明日から何不自由のない生活が待っているんだから、気にしないで!」
こうして、地球のいくばくかの人たちが、UFOに乗せられて宇宙人の母星に連れて行かれてしまいました。さすがにそうなると地球の人も、ん?ちょっとおかしいぞ?地球に戻れないのか?と、考えはじめるでしょうね。
でも、宇宙人くんたちはどこまでも親切です。
「心配しないで、僕たちの星は広いし、技術は君たちより進んでるから、 もちろん衣食住の心配なんかしなくても大丈夫だよ。あ、でも、君たちの科学力では、僕たちの文明にすぐ慣れることはできないだろうから、一定のエリアで住んでもらうことにするね。もちろん外に出ると何か事故の危険があるかもしれない、そんなことがないように、係の者がちゃんと警備してくれるから、心配ないよ。」
「えっ?これじゃ動物園のカピバラと同じじゃないかって?うーん?カピバラと動物園っていうのは…君たちが温泉に入れて可愛がっていた哺乳類のことかい?まあうん、同じと思うけど…でも、君たちもカピバラくんに同じように、良かれと思ってやってたんじゃないの?」
故郷のことなんてすぐ忘れる?
地球の人たちはちょっと困りました。何不自由なく暮らせるとはいえ、そりゃ困りますよね。しかし、そこはさすがの地球人。どうしても地球に帰りたい!と言い出す人たちも出るでしょう。宇宙人くんたちは相変わらずとても親切です。
「えっ?地球に帰りたい?いやぁ、幸せなここの生活を捨ててそんなことするのは、正直オススメしないけど…けど、どうしてもというなら、地球まで送って行ってあげるよ。もちろん、 残りたい人はずっとここで暮らしてもいいよ。」
ある地球人はこう言いました。
「私はここに残ります。私の家は戦争の爆撃で跡形もなくなり、家族も皆死にました。いまさらあんな地獄に帰りたいと思いません。」
戦争で家族を失った人の話を聞いて、地球人たちの中でも、うーん、そう言われると、地球に戻るよりここにずっといた方が、地球で苦労するよりいいかも…と考える人たちがいても、おかしくはありませんよね。結局、地球に帰る人、そのまま残る人は、それぞれ半々くらいになるでしょうかね?
それから
さてそれから、異星で暮らす地球の人たちはどうなるでしょうか?
数十年くらいの間は、地球のことを覚えている世代が新たに生まれてきた世代に、自分たちの故郷は地球であること、この星に連れてこられて何不自由なく暮らしているけど地球に帰った人もいること…全てを伝えていくでしょうね。宇宙人は相変わらずとびきり親切なので、「地球移民記念碑」 「地球の歴史・文化・思想展示館」「二つの種族の栄光ある邂逅を祝した記念日」 とかを作ってくれて、地球のことを忘れないようにしてくれて、帰りたくなったら、いつでも地球まで送ってあげますよ、とまで言ってくれます。
しかし、さらにそこから何世代と経ち、何百年と過ぎると、「かつて地球人だった種族の子孫たち」 は、記念碑や展示物を見てこう思うでしょう。ふーん、地球って星から僕たちはきたのか。戦争?殺し合いのことか?そんなものが多い星だったのか。いやだねえ。この星では殺しなんて聞いたこともない。 本当に幸せで住みよい場所なのに、なんで祖先は、わざわざ地球というところに帰りたいと思ったのかな?
現代の我々にとって
私たち現代の日本人は、何百年も昔のご先祖について、例えば戦国時代の人たちがどう戦争をしていたかを教科書で知っていても、その精神性にシンパシーを覚えることはかなり少ないでしょう。
あるいはもっと昔のことなら?人間のご先祖はサバンナで石器を使う動物だった…でも、 その故郷に帰ろうと思う現代人も、まずいないでしょう。
いま、人間が動物園の動物にしていること、それは、「親切な檻の中で、 快適で、何の不自由もない暮らしを提供すること」。 もちろんそれ自体が悪いと言っているわけではありません。けれど、「自分たちが檻の中にいることさえ知らない」状態は、本当に幸せと言えるでしょうか。
あるいは、そもそも、 私たち自身も、すでにカピバラくんたちと同じ境遇なのかもしれません。故郷のサバンナを忘れ、都市生活を「普通」と思い、安全と自由のどちらかを選ぶなら、迷わず安全を選ぶであろう我々現代人。宇宙人のペットになるまでもなく、自ら率先して檻の中を選んでいるのかもしれませんね。何が本当の幸せなのか、幸せの定義とはそもそもなんなのか…もちろん、ここで簡単にこうだよ、と決められるものではないけど…
でも、現代の人にとって、幸せは 「自由」 よりも「慣れ」で決まる側面が大きいとしたら?慣れという巨大な「檻」。巨大で完全な檻には、そもそも気づくことすらできないのか? あるいは、スピノザ的にいうと、檻の完全性に気がついてこそ、真の自由があると考えるべきなのか?
温泉にのほほんと入るカピバラくんの動画で癒される。あれっ、でも、南米に住む野生のカピバラくんは、温泉なんて入るわけないよな…。そんな違和感から、長々と駄文を書いてしまいました。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。