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闘魂こめて大空へ!母の葬儀で読売巨人軍の応援歌を流した話【♯創作大賞2026・♯エッセイ部門】

    母を大空へ見送る日、
    まさか読売巨人軍の応援歌
    「闘魂こめて大空へ」が流れるなんて、
    誰が想像しただろう。

    でも今振り返れば、
    あれほど母らしい旅立ちはなかった。

    少し笑えて、
    やっぱり泣ける。

    そんな、たった一度きりの
    お葬式のお話です。

    2021年11月。
    母は、がんが再発し
    自宅でわたしに見守られ
    静かに息を引き取った。

    その日は、
    日本プロ野球セ・リーグの
    クライマックスシリーズ。

    居間のテレビからは、
    読売ジャイアンツが
    東京ヤクルトスワローズに敗れ、
    今シーズンの終了を告げる
    アナウンサーの声が流れた。

    巨人の今シーズンが終わった、
    ほぼ同じ時刻に、
    母の人生も静かに幕を閉じた。

    「最後まで巨人と一緒なんだね。」
    思わずそうつぶやいた。

    こんな最期を迎える人は、そうそういない。

    でも母なら、妙に納得できた。

    だって母は生涯巨人の人だったから。
    「ファン」という言葉では足りない。
    人生そのものが巨人だった。

    若い頃は長嶋茂雄に夢中になり、
    その後も何十年と巨人を追い続けた。

    シーズンが始まれば、
    年間20試合近く東京ドームや遠征へ通う。

    観戦した日は応援で声を枯らし、
    帰宅するとお風呂に入ってから
    2人で「さぁ!見直すか!」と
    言いながら缶ビールを開ける。

    そして、さっき見てきた試合を
    TVの録画でもう一度最初から見る。

    詳しく言うとCS放送のG+で
    試合前の選手が
    ウォーミングアップしている場面から観る。

    「最後のHEROインタビューが
     何で内海なんだよ。
     どう見ても坂本ちゃんだろう。
     3安打の猛打賞なのにさぁー。
     よく見てみよう!」
      
    「最高の試合だったね。
     長野さん交代で坂本ちゃんが2塁で
     さぁ涙するとこ早く見てみよう!」 

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    2012年9月13日 母の巨人日記より
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    2012年10月7日 母の巨人日記より

    過剰なまでの坂本勇人ひいきには
    驚くが母は真顔でそう言った。

    試合のない日も、
    CS放送で練習風景を眺めている。

    守備やバッティング練習にも余念がない。

    晩年のお気に入りは坂本勇人。
    観戦の日は必ず坂本選手のユニフォーム。
    タオルも坂本。
    バッグにも坂本。

    どこから見ても
    「今日は応援に行きます」という
    格好だった。

    負ければ監督采配にダメ出し。

    打てない日はテレビに向かって、
    「だから初球を振るんじゃないの!」

    ホームランが飛び出せば、「よーし!」

    オレンジ色のタオルをぶんぶん振り回し、
    拍手は近所に聞こえるくらい大きかった。

    我が家には、 
    季節の音のように巨人戦が流れていた。
     
    母が亡くなり、
    葬儀社との打ち合わせが始まった。

    担当の方が静かな穏やかな口調で尋ねる。

    「お別れの際、 
     故人がお好きだった曲を
     流すこともできます。
     ご希望はありますか?」

    最近は好きだった音楽を流す人も
    多いらしい。

    演歌だろうか。
    歌謡曲だろうか。
    クラシックだろうか。
    ほんの数秒考えて、答えは決まった。

    「……これしかありません。」

    私は打ち合わせしていた居間の棚から
    CDを1枚差し出した。

    『闘魂こめて』読売巨人軍の応援歌だった。

    担当の方が目を丸くした。
    「えっ!巨人の応援歌…ですか?」
    「はい。母なら絶対これです。」

    きっと担当の方も、
    お葬式で『闘魂こめて』を
    流したことはなかったと思う。
     
    式場の入り口には、
    思い出の品を並べるスペースが用意された。

    そこへ運び込んだのは、
    坂本勇人サイン入りのユニフォーム。
    応援タオル。
    ジャビットや坂本勇人の人形。
    帽子。バッグ。フォト集。
    オレンジ色の応援グッズなどなど。

    気付けば、
    小さな巨人ミュージアムが
    出来上がっていた。

    遺影の母は、
    いつもの笑顔でこちらを見ている。

    「いいじゃないの。」
    そう笑っているようだった。

    そして、お別れの時間。
    花の香りが漂う静かな式場。
    数人のすすり泣く声だけが聞こえる。

    その静寂を切り裂くように、
    力強いイントロが
    式場を超え前面の道路にまで
    聞こえるように流れた。

    「闘魂こめて~大空へ~♪」

    一瞬、親族全員の肩がビクッと動き
    時が止まった。

    そして次の瞬間。

    母の姉(叔母)が吹き出した。
    基本的には厳かで
    笑ってはいけない場所なのに。
    我慢できなかったそうだ。

    泣きながら笑う人。
    笑いながら涙を拭く人。

    「ああ、お母さんらしいね。」
    「最後まで巨人だね。」

    その言葉が、あちこちから聞こえた。

    不思議だった。
    読売巨人軍の応援歌なのに。

    球場で流れるはずの歌なのに。
    その日は誰よりも母に似合っていた。

    長嶋を追いかけ、巨人を愛し、
    東京ドームへ通い、帰宅して録画を見返し、
    坂本のユニフォームを着て
    応援し続けた人生。

    その人生の最後に流れる音楽が
    『闘魂こめて』なら、
    それ以上にふさわしい曲はない。

    母はきっと、「闘魂込めて大空へ」と
    共に旅立っていった。

    悲しいのに笑ってしまう。

    笑っているのに涙が止まらない。

    そんな葬儀は、あとにも先にもきっとない。

    母が亡くなって、4年が過ぎた。

    今でもテレビから巨人戦中継が
    聞こえてくると、
    つい母の声を探してしまう。

    「あー、だからそこは
     送りバントじゃないって。」
    「坂本ちゃん、今日は打つわよ。」

    もう聞こえるはずのない独り言が、
    不思議と耳の奥で再生される。

    人は亡くなっても、
    好きだったものの中で
    生き続けるのかもしれない。

    オレンジ色のタオルを見るたびに。

    東京ドームの歓声を聞くたびに。

    そして『闘魂こめて』が流れるたびに。
    私はいつも、母を思い出す。


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    お母さん、いつもありがとう🍀


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