
カーボンリムーバル総研⑧ カナダのCDR/DACの政策・産業の動向
1. カナダにおけるCDR/DAC産業の概要
カナダは豊富な再生可能エネルギー資源と地下貯留容量を誇っており、炭素除去(CDR: Carbon Dioxide Removal)技術、特に大気中CO2直接回収技術(DAC:Direct Air Capture)の有望な拠点として注目されています。

例えばアルバータ州などでは大規模な地質貯留(Geological Storage)に適した場所が多く存在し、吸収したCO₂の長期的な貯蔵に適しています。こうした天然資源の優位性に加え、政府の積極的な政策支援もあり、カナダは今後CDRの技術革新と商業展開の両面で世界的にも注目に値するとも言えます。
Carbon Removal Canadaのレポートによると、同国のCDR産業は2050年までに30万人以上の雇用を創出し、GDPにして1,430億カナダドルの貢献をもたらす可能性があると予測されています。*1
*1 https://carbonremoval.ca/wp-content/uploads/2023/11/CRC_ResearchReport_Ready_for_Removal.pdf
2. CDR/DAC関連政策の概要
CDR政策の概観
カナダ連邦政府は、CDRを国家の長期的な脱炭素戦略の一環と位置づけており、同国の気候目標(2030年の温室効果ガス排出量を2005年比で40~45%削減、2050年までのネットゼロ達成)に向けた重要な手段としてCDRを活用する姿勢を明確にしています。政府はCDRの商業化と市場形成を支援するため、複数の政策的取り組みを導入しています。
具体的には、CDRサービスの政府調達(最低1,000万カナダドル、2030年まで)や、DACを含むCCUSプロジェクトへの最大60%の投資税額控除制度などが挙げられます。これらは「Greening Government Strategy*2」(2050年までのネットゼロを達成する為に、連邦政府自身が取るべき行動やコミットメントを纏めた戦略)やグリーン成長戦略の一環として実施されており、国内CDR市場の育成と政府自身のネットゼロ目標の達成を両立させる意図があります。

政府によるCDRサービスの調達
2024年10月、カナダ政府は2030年までに最低1,000万カナダドル相当のCDRサービスを調達することを表明しました。これは「Greening Government Strategy」の一環であり、政府自体のカーボンニュートラル化とともに、国内のCDR市場を形成・育成する狙いがあります。*3
CCUS向け投資税額控除制度
連邦政府は、DACを含むCCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)プロジェクトに対して投資税額控除(Investment Tax Credit)を導入しています。これにより、企業がCCUS関連プロジェクトへの投資を行いやすくなる環境が整備されています。なお、特定の条件を満たした場合、この投資税額控除は最大で資本支出の60%まで適用可能とされています。*4
*2 https://www.canada.ca/en/treasury-board-secretariat/services/innovation/greening-government/strategy.html
*3 https://www.canada.ca/en/treasury-board-secretariat/news/2024/10/government-of-canada-commits-to-purchase-carbon-dioxide-removal-services-to-green-government-operations-and-achieve-net-zero-emissions.html
*4 https://www.clearbluemarkets.com/knowledge-base/the-development-of-canadian-carbon-capture-protocols
カナダのDAC政策
一方で、DACは従来、CCUSの一形態として包括的に扱われてきましたが、近年ではDAC固有の課題や可能性に対する理解が深まり、DAC単体を対象とした政策支援が拡充されています。
その象徴的な動きが、2025年に制度化予定の「Federal Offset Protocol for Direct Air Carbon Dioxide Capture and Geological Storage(DACCS)」です。

このプロトコルは、DACによって空気中から除去されたCO₂を地質学的に安全に貯留するプロジェクトに対して、公式なカーボンクレジットを発行可能とするものであり、DAC技術の商業化に向けた大きなインセンティブとなることが期待されています。自然資源省による技術開発支援と併せ、具体的な政策概要を以下に記します。
自然資源省による技術開発支援
2024年11月には、カナダ自然資源省(Natural Resources Canada)がCarbon Engineering社に対し、代替エネルギーによるDAC向け動力源の開発支援として500万カナダドルの資金提供を行いました*5。これに加えて他5社に対しても更に合計750万カナダドルの提供を発表しており、これにより、より環境負荷の少ないDAC技術の実用化が期待されています。*6
Federal Offset Protocol for DACCS
2025年初頭、カナダ環境・気候変動省(ECCC)は「DACおよび地下貯留(DACCS)」に関するオフセット・クレジット制度のドラフトを発表しました。空気中から直接CO₂を除去し、地下貯留するプロジェクトに対して、カナダのグリーンハウスガス・オフセット制度に基づき、クレジットを発行することとしています*7。本年3月にはパブリックコメント期間が終了しており、制度化が近づいています。
*5 https://www.canada.ca/en/natural-resources-canada/news/2024/11/government-of-canada-takes-strides-to-advance-decarbonization-of-heavy-emitting-industries-in-british-columbia0.html
*6 https://www.canadianmanufacturing.com/manufacturing/minister-of-energy-and-natural-resources-announces-5m-for-carbon-engineering-ulc-304817/
*7 https://www.canada.ca/en/environment-climate-change/services/climate-change/pricing-pollution-how-it-will-work/output-based-pricing-system/federal-greenhouse-gas-offset-system/protocols/direct-air-carbon-dioxide-capture-geological-storage.html
3. 注目すべきプレイヤー
カナダには、DAC専業のスタートアップは未だ多く存在しませんが、その中でも世界的に名を知られているCarbon Engineeringの存在があり、また、Deep Skyという新たなDAC事業者も登場しております。近年では、これらの企業を支える投資環境も活性化しており、Whitecap Venture PartnersやBDC Capital、OMERS Ventures、Breakthrough Energy Catalystといった著名なVCや戦略的投資家がカナダのDACプロジェクトに資金を提供しています。カナダにおけるDACスタートアップは、比較的早期段階から多額の資金調達に成功しており、VCの流動性の高さと政策的後押しが相まって、産業全体の成長が加速しています。
Carbon Engineering(カーボン・エンジニアリング)
ブリティッシュ・コロンビア州スクワミッシュに拠点を置くCarbon Engineering社は、世界でも最も初期からDAC技術の研究開発を行ってきた企業の一つです。同社のパイロットDACプラントは2015年から稼働を開始し、1日あたり約1トンのCO₂が除去可能です。

そんなCarbon Engineeringは、DACスタートアップで初めての大型Exitを2023年に発表。11億ドル(約1,600億円)で米国の石油・ガス大手、Occidental PetroleumにM&Aされました。
現在はOccidentalの子会社である1PointFiveと提携し、同社のDAC技術の商業化と大規模展開を進めています。この提携により、1PointFiveはCarbon Engineeringの技術を活用し、年間最大50万トンのCO₂を除去する能力を持つ世界最大規模のDACプラント「STRATOS」の建設をテキサス州で開始しました。このプラントの開発にはブラックロックも出資し、2025年中頃の稼働開始が予定されています。*8
Deep Sky(ディープ・スカイ)
モントリオールを拠点とするDeep Skyは、カナダ全土での大規模なDACプラントの開発を目指す事業者です。2022年にHopper(オンライン旅行会社)の共同創業者Fred Lalondeらによって設立され、DACおよび海洋回収(DOC)技術の商業化を加速させる取り組みを展開しています。同社は自社独自のDAC技術を保有するのではなく、外部の革新的技術を持つスタートアップと提携し、それらの技術を評価・導入したうえで、商業プラントの設計・建設・運営を行うプロジェクトデベロッパーとしての役割を担っています。

設立以来、同社は約1億3,000万ドルの資金を調達しており、2023年にはWhitecap Venture Partners、Investissement Québec、BDC Capital、OMERS Venturesなどから7,500万ドルのシリーズA資金を獲得しています。また、2024年12月にはBreakthrough Energy Catalyst(ビル・ゲイツ創設)から4,000万ドルの助成金を受け、アルバータ州で建設中のDAC試験施設「Deep Sky Alpha」の開発を推進中です。この施設は2025年春の稼働を予定しており、複数の革新的技術を比較検証し、商業化に向けたスケーリングを図ります。 *9
さらに、2024年11月にはロイヤル・バンク・オブ・カナダ(RBC)およびマイクロソフトとオフテイク契約を締結し、今後10年間で1万トンのCO₂クレジットを供給することが決定。将来的に最大100万トン分のクレジット購入オプションも含まれています。*10
同社は多くの技術スタートアップと提携しており、それぞれの技術を組み合わせて、年間数十万トン規模のCO₂除去を目指しています。提携企業には以下のようなDACスタートアップが含まれます:
Mission Zero Technologies(英):Deep Skyと協力し、ケベック州にて年間250トンのCO₂を回収するプラントを建設予定。比較的早期からの戦略的パートナーであり、長期的な商業展開を見据えた協力が進められています。
Airhive(英):地球由来の鉱物を活用した低エネルギー型DACユニットを開発中。Deep Skyとは非拘束的なMOUを結び、技術評価フェーズでの協力を実施中です。
ReCarbn(独):手頃でスケーラブルなDACソリューションを提供。Deep Skyとは実証プロジェクトの構想段階で提携関係にあり、現時点では探索的な協業にとどまっています。
Carbon Atlantis(独):2025年にケベックで年間260トンのCO₂除去能力を持つユニットを展開予定。Deep Skyとの協力はMOUに基づくもので、共同での実証および拡張の可能性を検討中です。
このように、Deep Skyは単なるテクノロジープロバイダーではなく、複数の最先端企業との連携を通じて、カナダを世界のDACインフラの一大拠点とする戦略を着実に進めています。
*8 https://www.1pointfive.com/news/1pointfive-holds-groundbreaking
*9 https://www.deepskyclimate.com/blog/deep-sky-secures-40m-grant-from-breakthrough-energy-catalyst-to-scale-direct-air-capture?utm_source=chatgpt.com
*10 https://www.deepskyclimate.com/blog/deep-sky-announces-founding-buyers?utm_source=chatgpt.com
4. カナダと米国のCDR/DAC政策の違い
CDRおよびその中でも特にDACに関する政策について、カナダと米国ではその支援規模やアプローチに顕著な違いがあります。
米国では、インフレ抑制法(Inflation Reduction Act)を含む大規模な気候政策の一環として、CDRおよびDAC技術に対する政府資金の投入が活発です。特に、45Q税額控除制度を通じて、DACを含むCO₂除去に対して最大1トンあたり180ドルのインセンティブが提供されています。また、ARPA-Eなどの政府機関やDOE(エネルギー省)からも、スタートアップや研究機関への直接的な助成や資金提供が行われています。さらに、米国にはClimeworksやHeirloom、CarbonCapture Inc.など多くのDACスタートアップが集積しており、政府支援と民間投資の両面で活発な動きが見られます。
これに対し、カナダではCDR/DAC政策は近年急速に整備されつつある段階であり、CCUSに対する投資税額控除(最大60%)や政府調達によるCDRサービス購入、Federal Offset Protocolの導入などが主な施策となっています。スタートアップの数や政府資金の総量では米国に及びませんが、地下貯留に適した地理的条件や再生可能エネルギーのポテンシャルを活かしつつ、今後の商業展開を加速させるための基盤整備が進んでいます。
このように、米国は政策・資金両面でより積極的な支援体制を構築しており、カナダはそれに追随する形で独自のアプローチを模索している状況です。
カナダは、豊かな自然条件とともに、政策・資金・産業の三位一体によるCDR技術の実装・拡大に向けた動きを本格化させています。今後も政策の整備や民間投資の進展により、CDR/DAC分野での国際競争力を高めていくことが期待されます。