
繰り返すつまずきは直そうとしなくていい。まず自分の「輪郭」として眺めてみる
私たちは人生のなかで、くり返し同じ失敗や、似たようなつまずきを経験することがあります。
たとえば、こんな経験はないでしょうか。
大切に思っている相手なのに、ふとした言葉のすれ違いや些細な失敗で、相手をひどくがっかりさせてしまった。
相手のためを思って、良かれと願って行動したはずなのに、その思いが裏目に出て、かえって相手を深く傷つける結果になってしまった。
あるいは、心の中ではずっと「これを伝えたい」「それは嫌だと断りたい」と思っていたのに、相手の反応やその場の空気が怖くて言い出せないまま時間だけが過ぎ、気づけば修復できないほどに関係が崩れてしまっていた……。
こうした出来事は、思い出すたびに胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、苦い記憶として心に残ります。
「またやってしまった」という過去の失敗は、私たちを何度も落ち込ませ、新しく前に進もうとする足を引き止めてしまうことがあるでしょう。
ひどくショックを受けた出来事なら、夢に出てきてうなされたり、ふとした瞬間に記憶がフラッシュバックしたりと、心が深くえぐられるような思いを抱えることもあるかもしれません。
「もう二度と同じような失敗をして、苦しい思いをしたくない」
そう願うのは、とても自然なことです。
その痛みから解放されたいという思いから、私たちは失敗しないようにと人間関係において過度に気をつけたり、うまくできなかった自分自身を強く責めたりしてしまうこともあるでしょう。
一人きりの夜、「なんで私はいつもこうなんだろう」と頭を抱え、「どうしてほかの人と同じように『普通』にうまくやれないんだろう」と自分を情けなく思うことがあるかもしれません。
「少し立ち止まって考えればわかることだったのに、どうして気がつかなかったのだろう」「なぜあんな大事なサインを見落としてしまったのだろう」と、過去の自分を何度も何度も問い詰めてしまうようなことも。
自分を責めるその心は、決して悪い動機から来ているわけではありません。
誰だってつらい思いはしたくないですし、少しでも良く生きたい、目の前の人との関係を改善したいと願うからこそ、一生懸命に自分を律しようとしているのかもしれません。
相手を大切に想う気持ちがあり、関係をより良くしたいという祈りのような願いがあるからこそ、上手に立ち回れない自分に失望してしまうのです。
ただ、つまずきや失敗の原因のすべてを「自分が悪いからだ」「自分の努力が足りないからだ」と抱え込んでしまう前に、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいことがあります。
それは、つまずきによってもたらされるのは、決してネガティブなことばかりではないということです。
繰り返されるつまずきを静かに見つめることは、自分自身の「輪郭」を理解することに、深くつながっているからです。
(ちなみに、つまずきの原因のすべてが自分のせいではないということについては、今後の記事で少しずつ紐解いていきます。)
私たちがまだ小さかった赤ちゃんのころ、どうやってこの世界と、自分自身の存在を理解していったかを考えてみてください。
赤ちゃんは、目の前にあるものに手を伸ばし、触ったり、掴んだりしながら「これが自分の手だ」という身体の感覚を確かめていきます。
手や足をバタバタと動かしながら、時には転んだり、何かにごつんとぶつかって泣き出したりしながら「ここから先は硬い地面だ」「ここは冷たい壁だ」「これ以上勢いよく進むと痛いんだな」と、自分と世界との間にある物理的な境界線を知り、私たちは少しずつ安全な歩き方を学んでいきました。
大人になった私たちの、人間関係における「つまずき」も、これとまったく同じではないでしょうか。
他者とぶつかり、すれ違い、痛みを伴う失敗を繰り返しながら生きていく。
それは、あなたが他者という広大で予測のつかない世界に手を伸ばし、自分と他者との間にある見えない境界線を、一つひとつ確認しているプロセスだと言えます。
あの言葉選びで相手が離れていってしまった。
あの我慢が、結果的に自分自身を壊してしまった。
その一つひとつの痛みを伴う経験は、あなたが他者と深く関わろうと果敢に手を伸ばしていった証です。
そして同時にそれは、「私はこういう接し方をされるとひどく傷つくんだな」「こういう距離感だと、息苦しくなって自分らしくいられないんだな」という、あなた自身の形を教えてくれる大切なサインでもあるのです。
つまずきを通して浮かび上がってくるあなたの「輪郭」は、他の誰とも違う、あなただけの固有の形です。
時に「なぜ普通にできないのか」と自分を責めてしまうかもしれません。
しかし、そもそも社会が求める「普通」という正解の枠に、自分という固有の形を無理やり押し込もうとすること自体に無理があるのかもしれません。
あなたのその傷つきやすさや、つまずきやすいポイントは、決してあなたが間違っているわけではなく、それ自体があなたの形そのものです。
無理に削って丸く直そうとするのではなく、「私はこういう輪郭をしているんだな」「ここが私の弱くて柔らかい部分なんだな」と、まずはそっと眺めてみてほしいと思います。
自分の傷つきやすいポイント、自分の「輪郭」とも言える部分をしっかりと知ることができれば、私たちは自分を守るための具体的な行動を選べるようになります。
「ここから先に行くと傷つく」とわかっていれば、無理にその痛む場所に近づかないようにする選択ができます。
自分の形に合わない苦手な人からは静かに距離を置いたり、息苦しくなるような場所からはそっと離れたりして、自分自身の心を守ることができるようにもなるでしょう。
そして、もしまた同じような場面でつまずいてしまったときには、「私はまた失敗した」と厳しくダメ出しをする代わりに、こう考えてみてほしいのです。
「私はこのことに対して、人一倍敏感で、だからこそ人一倍気を張って頑張ってきたんだな」と。
これまで、いびつに思える自分の輪郭を見られないようにしながら、誰かのために、あるいは関係を壊さないために必死に頑張ってきた自分に気づいてあげてください。
まずは「よく頑張ってきたね」と、自分自身をたっぷりと褒めて、ねぎらってあげてほしいのです。
他者との関係に苦しみ、悩み、それでも諦めずに対話へと進もうとしているあなたは、心の底に「他者を大切にしたい」というあたたかい思いを、しっかりと持っていると思います。
そして、そんな他者を本当に大切にするための第一歩は、まず自分自身を大切にすることから始まります。
人生におけるつまずきや失敗を通して見えてきた、不器用で、でも一生懸命な自分自身の姿。
その「輪郭」を否定せずに大切に見つめ、愛おしく想うこと。
そこから初めて、無理をして背伸びをしない、自分も他者もすり減らさない新しい関係性が、静かにスタートしていくはずです。
連載『答えを急がず、言葉を紡ぐ』
第1章:行き止まりの正体(なぜ人間関係でつまづくのか)- ①
【連載・記事一覧は以下】