
踏み越えてくる人からは離れていい。安全な相手を選ぶという方法
誰かと話していて、なぜかどっと疲れてしまう。
そんな経験はないでしょうか。
せっかく自分の話を聞いてもらおうと思ったのに、いつの間にか話題をすべて持っていかれてしまった感覚。
言葉を交わしたはずなのに、自分の本当の思いは伝わっていないような、どこか取り残されているような寂しさ。
そんなふうに感じるとき、私たちは「自分が我慢すれば波風が立たない」と、小さな違和感を置き去りにしてしまいがちです。
「私が言いたかったのは、そういうことではないのだけれど」
「少しニュアンスが違う気がする」
胸の奥にそんな違和感を覚えながらも、笑顔で相槌を打ち、「そうですね」と相手の言葉に自分を合わせてしまう。
それは、靴の中に入った小さな小石を見て見ぬふりをして歩き続けるようなものです。
その場はなんとかやり過ごせても、別れて一人になった帰り道、どっと重い疲労感が押し寄せてくる。
自分ではなく、相手の期待する自分を演じ続けてしまったことに気づき、深い虚しさを感じるかもしれません。
相手との関係を波立たせないための優しさや配慮から、つい相手のペースに合わせてしまう。
しかし、自分の形を歪めてまで対話をし続ける必要があるのでしょうか。
相手との間にある違いを尊重し、無理に一致させようとしない。
この連載を通して伝えてきた「境界線を引く」という営みは、相手も同じようにあなたの境界線を尊重してくれてはじめて成り立ちます。
あなたが寛容であろうとする姿勢を「隙」や「弱さ」と捉え、無遠慮に距離を詰めてくる人も世の中には存在します。
自分と他者の間にしっかりと線を引くことは、自分の中に無断で他者を踏み込ませないための静かで確かな強さです。
ただ、過去に何度も傷つけられてきた人や、自分の領域を守ることが許されない環境で育ってきた人は、その強さを最初から持つことが難しい場合があります。
過去の経験から、自分を守る境界線が揺らぎ、どうしても相手の侵入を防ぐのが難しくなってしまっていることがあるからです。
私自身も以前は、相手の言葉をすべて受け止めることこそが誠実さだと信じて疑いませんでした。
たとえそれが、求められていないアドバイスや、「あなたのためを思って」という言葉で包まれたコントロールであっても、途中で遮ることはいけないことだと思い込んでいたのです。
相手の話を最後まで聴き通さなければならないという義務感に縛られ、自分の心が悲鳴を上げているのに、その場から離れることができない。
そして、相手から投げ込まれた言葉を家にまで持ち帰り、一人になってからも何度も反芻しては傷つくということを繰り返していました。
悲しいことに、世の中にはそうした境界線の揺らぎを無意識に見極め、特定の相手にだけ土足で踏み込んでくる人たちがいます。
そのような相手に対しては、まず近づかないこと。
そして、少しでも違和感を覚えたら、静かに距離を取ることが自分を守るための大切な方法です。
また、一見すると親身になって聴いてくれる「良い人」のように感じる相手でも、注意が必要です。
「あなたのためを思って」という善意の言葉とともに求められていないアドバイスを重ね、こちらの感情を侵食してくる。
もしそのように感じたなら、あなたはそれ以上、自分の大切な話をする必要はありません。
途中まで聴いてもらったからといって、最後まで話しきらなければいけないという義務もありません。
相手は純粋な善意から言葉を紡いでいるのでしょう。
しかし、それが結果としてあなたを苦しませているのなら、そっと距離を置く方が安全です。
途中で話を切り上げることに、申し訳なさを感じる必要はありません。
自分を責めたり、「私自身の問題なので」と理由を一人で引き受けたりする必要もないのです。
ただ一言、「今日はここまでにしますね」と伝えるだけで、十分に対話の席を立つ意思は示せます。
これは、相手がカウンセラーのような「聴くプロ」であっても同じです。
あなたは自分の感覚を何よりも大切にしながら、対話の相手を自由に選び取る権利を持っています。
では、安心して話せる安全な相手かどうかは、どのように見極めればよいのでしょうか。
もし、相手の言葉にすれ違いを感じたなら、少しだけ勇気を出して、次のような言葉を伝えてみてください。
「すみません、私が言いたいのはそういうことではなくて……」
「少しニュアンスが違う気がして……」
あなたが言葉を訂正してみたとき、相手がそれをどう受け止めるか。それが大きな試金石になります。
あなたの言葉を言い返されたように受け取り、不快感を示すようなら、その人はあなたの言葉よりも自分の解釈を優先しています。
逆に、あなたの訂正を大切に受け止め、「受け止め方が違っていたね」と素直に耳を傾け直してくれるなら、あなたの言葉は本当に大切にされているということです。
「最初から一度もすれ違わない相手」を探す必要はありません。
すれ違った時にこそ、相手がどんな姿勢で向き合ってくれるかに目を向けてみてください。
本当に安心できる相手と相対した時、私たちの体や心は正直に反応します。
無意識に入っていた肩の力がふっと抜け、呼吸が深くなる。
緊張せず、飾らず、必要以上に自分を良く見せようと構えることなく、自然体のままでいられる。
次に何を言おうかと頭の中で焦って言葉の準備をする必要もなくなり、沈黙が訪れても、それが心地よい温度となって二人の間を包み込んでくれます。
自分の内側にある脆くて柔らかい部分をそのままテーブルの上に置いても、決して傷つけられないという確かな感覚。
間違ったことを言っても許される。
一度口にしたことを「やっぱり違った」と訂正することもできる。
あなたの弱さや失敗も含めて、ただそこに在るものとして尊重してくれる空間です。
長い人生の中で、そのような相手がたった一人でもいれば、人は安心して呼吸をし、生きていくことができるように思います。
もちろん、そのような相手には簡単には出会えないかもしれません。
だからこそ、自分をすり減らす相手からは離れていいのです。
あなたは、自分の心を守り、安全な相手を選び取っていい。
まずは、あなた自身が安心して安全でいられる場所と相手を選ぶこと。
それを人生の何よりも優先してよいのだと、忘れないでいてほしいと思います。
連載『答えを急がず、言葉を紡ぐ』
第3章:答えを急がない対話の技術 - ⑮
【連載・記事一覧は以下】